28話 夏霰

「他に質問がないようなら決議を取ろうと思うのですがよろしいですか?」


 なずなが生徒総会を閉めるべく発言する。これで後藤が何もせずに決議に入れればいいのだが。


 ここまでの二人で、僕は随分と精神をすり減らしている。一時は稲荷がいなければ切り抜けられなかっただろう。


 当の稲荷は未だに講堂の天井付近で浮いている。一応関わった以上見届ける気のようだ。


 視界に出たり入ったりするから意外と鬱陶しいのだけれど。


「ないようですので決議に入りたいと、」


「待て、まだ早い」


 ようやくお出ましのようだ。さっきまでの余裕そうな表情と打って変わって僕のことを睨んでいる。


「夏川、お前はある女子を脅しているのだろう?」


「……は?」


 小声ながら聞き返してしまった。僕が女子を脅している?


 いよいよ頭がおかしくなったのかと思ってしまう。何をどう解釈したら僕が女子を脅していることになるのだろう。


 これには教員を含め、講堂内全員が驚かされる。僕もその一人であるが。


「さっきも言ったでしょう? 僕は友達として当たり前の、それこそ誰でもするような付き合い方をしていただけですよ?」


「一人目で罪滅ぼしと言っていたな。お前はその女子に付きまとっているだけではないのか? 恩返しという形で拘束し自分の欲を満たしているのではないのか?」


 また大きなため息をこぼしてしまうところだった。講堂内はいよいよ混乱し、静寂などなくなった。


 誰しもが近くにいる友達と話し、僕に対しての意見を口にする。こっちとしては全くもって不愉快極まりない。


 ありもしないことで話題になるなどごめんだ。これにはアキ姉やすずなさんも憤り、意見しようとしているが僕がアイコンタクトで止めた。


 あくまでこれは部活創設のための論争であり、僕の弾劾裁判ではない。僕自身が解決しなければいけないことなのだ。


「逆に聞きますが後藤先生はどうしてそう思ったのですか? 特に僕のクラスの担当教科がある訳ではないですが」


 普通関わりがないのに内部を探ろうとするなど、そらこそストーカーの部類に入るだろう。


 ましてや大事な書類を破ってシュレッダーにかけるような奴だ。深く考えずに発言するのならこっちが先回りすればいい話だ。


「そういう噂を聞いたからな。しかも職員からな」


 さっきも言ったがたかが噂だ。なのにどうしてそれを根拠にしたがるのだろう。


「先生方の中でも噂話くらいはするでしょう。しかし事実と分からずにそれを押し付けるのは、それこそ職員としてどうなんですか?」


 僕の発言によってさらに講堂内が騒がしくなる。今の発言は良くなかったであろう。


 教師相手に挑発をしてしまった。これは負けるとまずいぞ……


 もう一度気合いを入れ直し、脳をフル回転させる。


「その口の効き方といい、証拠には十分だろう」


 またも暴論めいている。しかし強い口調とその態度から変な説得力というか強制力を感じる。


 これのおかげで自分が正しいはずなのに間違っているように感じてしまう。おそらくさっきの二人もこうして遣わされたのだろう。


「それに私は見たのだぞ? その女子と夏川が一緒にいて女子が走って逃げていくのを」


 これもまた虚言を……と思ったが何かが心に引っかかる。


 もしや今言った話は最初に冬美と出会った時のことではないのか? それなら後藤が言った状況も間違いではない。


 これを否定したら後藤は嘘の発言としてそれこそ本気で潰しにくるはずだ。


 しかしこれを認めると僕は負けを認めたようなもので……まずい、八方塞がりになってしまった。


「言い訳も出ないか。やはり先程の噂も本当なのではないか?」


 勝ち誇った顔で見下すように僕を見てくる。


 やめろ、そんな目で見るな。何とか言い返せないかと頭を働かすが先程の二人で頭は疲弊しきっている。そんな状況で良い返答がすぐに出てくる訳もなく、認めるような間が経ってしまう。


「もはや自白したも同然ではないのか? そんな奴に部活を作らせる訳にはいかないよなぁ」


 悔しいが言い返せない。生徒たちも後藤の言っていることを信じ始めているようで僕に対しての悪口さえ聞こえてくる。


 もう終わりなのか? また稲荷が助けてくれるのではないか? そう思い上を見るが、


「ここから先はわしは関われんよ。わしはただ見届けるだけじゃ」


 縋るような思いだったが希望が潰えてしまった。僕は項垂れるように下を向く。


「ただ忘れるな。お主にはわしを含め、仲間がついているということを」


 稲荷が言い終わると同時に僕のスタンドマイクが誰かに取られた。


「めちゃくちゃなこと言ってんじゃねえぞ!」


 ハウリングするほどの音量で叫ぶ、聞き覚えのある声に僕は顔を上げるとーー






「あんなやつ相手に何へこたれてんだよ。日向おまえがあんな奴に言い負かされることなんてないだろ!」


 金髪の髪、身なりを気にしている割に少し残念な顔。そしてその後ろに並ぶ見覚えのある顔の数々。


 カズ、そしてクラスメイトだった。中には一年生の頃の友達もいる。


「何人出てこようと事実なのだから変わらないだろう」


 カズたちの登場は読めていなかったらしく少し焦る後藤。しかし事実を証拠にしているために強気でいる。


「事実? お前が何を見たかは知らないが、日向はそんなことをするような人間じゃねえ! それは俺たちが証明するぜ!」


 よく言ってくれた。普段は女子の尻を追いかけているようなやつではあるがこの証言によって、少なくとも意見は二つに割れたはずだ。


 後藤が言う事実を信じるか、それを認めないクラスメイト達。ここからはもう、意見の殴り合いになった。


「だからなんと言ってもそいつは女子に酷いことをしたに違いないんだ。庇うとお前らも処罰の対象にするぞ」


「それがどうした? 俺らは成績不振で処罰なんて飽きてきてるんだよ。それよりも今すぐ発言を取り消して日向に謝れ」


 もはや生徒総会どころではない気もするが、薺は止めない。他の生徒会メンバーも誰も動かない。


 教師の中では止めた方がいいのでは? と話しているようだが行動に移そうとしていない。


 収集がつかなくなっている。早く止めないと部活を承認、なんて出来なくなりそうな熱の上がりようだ。


 しかし今僕が発言してもむしろ逆効果だろう。後藤に反撃されてカズたちの行動も無駄になりかねない。


「ちょっと貸して」


 横にいるカズの方から声がした。見るとカズからマイクを奪っている冬美がいた。


 熱くなっていた空気が一気に冷え込む。氷の女王の名は伊達ではないようだ。

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