27話 夏嵐

 さあどうしたものか。一般生徒に対しての回答を一切用意していなかった。


 見事に僕は後藤の策略にハマってしまったようだ。しかしながら逆に考えると普通に回答すればいい話なのではないのだろうか?


 別に受け流す必要もないのならきちんと説明するのがベストだと僕は考えた。


「図書室で本を読めばいい、との話ですが文学部の本文は文章を書くことです。あくまで本を読むのはインプットするため、と言えば納得していただけますか?」


 部誌のこともあるし今はこの回答がいいだろう。今頃冬美や桜木さんは驚いているだろうが、本来の文学部とはそういうものだ。


「で、でもっ! それなら図書室で活動するのは邪魔だと思います!」


 まだ食らいついてくる。後藤の奴に念押しされたかなにかだろう。


 生徒をいいように使うなんて最低だな、と心のうちに思いつつ返答する。


「図書室を使うことも考えましたが、井端先生と相談したところ校舎裏の倉庫を使ってもいいとのことなので現在はそこで活動しようと思っています」


 ここまで説明すればもう言えることはあるまい。倉庫の話は海人と冬美がちゃんと相談していることだし、嘘は言っていない。


 男子生徒は後藤の方を見て怯える様に下がっていった。後藤はというと驚いたような顔をして僕を見ていたが、途中から睨みに変わっていった。


 貧乏揺すりをし始め、目に見えて不機嫌になっていく。周りの目すら気にせず己の感情を表に出すなど小学生以下だろう。


 少なくとも僕はそう思ってしまう。


「他に質問者はいませんか?」


 なずながそう言うと静寂が講堂を包んだ。どうやら手回しをしていたのは一人だったようだ。


 とりあえず僕は一息ついた。焦らずにやったつもりだったのだが明らかに早口になっていた気がする。


 もうこれ以上、予想外のことが起きて欲しくないというのが本心だがそんなに穏やかに終わらせてくれるほど神は優しくないようだ。


 もう一人、男子生徒が手を挙げたのだ。


 生徒総会が終わったら稲荷伝いに出雲の首領ドンに文句を言ってやろう。


「部活を創設すると仰っていましたが、先日夏川君絡みで噂をよく耳にするのですがそれは関係あるんですか?」


 今度は緊張も怯えもない。単純に元から僕のことをよく思っていない人なんだと話し方や立ち居振る舞いから伝わってくる。


 しかしまあ、すごい質問をしてくるものだ。内面どころか関係ない話ではないのだろうか。


「そもそもその質問の意図がよく分かりません。部活を作るにあたって噂の内容が関係あるかどうかなんて考えれば分かることなのではないですか?」


 そもそも噂なんてそんな詳しく知らないし。


「そう言うのなら関係あるとして捉えます。そしてもう一つ質問です。その噂が本当なら夏川君が部活を作れるような状況ではないのではないのですか?」


 どういうことだろう。噂を詳しく知らない僕からすると何を言っているのか分からない。


 僕が分からないと悟ったのか、その男子生徒は薄ら笑いを浮かべて続ける。


「今現在、夏川君は三股をしている。という噂のことなんですけどどうなんですか? 本人の口からちゃんと説明して下さいよ」


 僕は一体なんのことを言っているのか分からずに固まる。講堂の中もざわめきだす。


 僕が三股をしている? 何をおかしなことを言っているんだろう。


 しかし生徒たちの注目が集まってしまった以上、形勢逆転してしまった。僕は今現在、いきなり崖っぷちの状況だ。


 ここで回答を間違えれば文学部どころか停学だって有り得る話ではないのだろうか。


 必死な考える。この場を収められて、なおかつ状況をひっくり返せないかどうか。本当にまずい、何も浮かんでこない。


 周りが何も見えなくなり、暗闇に一人でいるような感覚に襲われる。どうしよう、このままじゃ間違いなく負ける。


 必死に頭を回転させても何も思いつかない。ただ違うと弁解をするしかないのか、そう思って口を開こうとすると、


「おぬしよ、なんだかまずいようじゃのう」


 神の衣装を身にまとった稲荷が講堂の天井から僕を見下ろしていた。


「そういう時はの、思い返すのじゃ。おぬしが関わった人間には関わるだけの理由があるのだろう?」


 そう言われて言うべきことが見えた。


 いつもはふよふよと浮いているだけで役に立たない神だと思っていたがこの場面での、その助言は僕が冷静さを取り戻すのには十分だった。


 僕は深く息を吸い込み、


「はあぁー」


 特大のため息をかましてやった。


 これには誰しもが驚いたようで、生徒会のメンバーですら目を丸くしている。


 これでいい、悪いイメージも付けずに僕に注目が集まった。


「そんな嘘混じりの噂なんて誰が信じるんですか?」


「少なくとも俺は信じてますよ? たとえ嘘だと夏川君が言っても」


 やはりこの生徒は僕のことが嫌いらしい。後藤もいい所に目をつけるではないか。僕が嫌いなら嫌な質問でさえスラスラと出てくるだろうと踏んだのか。


 やはり後藤は好きになれない。あとこの生徒も嫌い。


「僕が部活という名のハーレムを作ろうとでも? 馬鹿馬鹿しい。そういう妄想は小学生の頃に卒業してくださいよ」


 目いっぱいの皮肉を込めて、後藤を見ながら言う。これで僕の姿を見て話を聞いている人ならば何かがおかしいと感じたはずだ。


「なっ……」


 僕が苛立っていることを感じとったのか男子生徒は少しだけ縮こまるように一歩下がった。


 ここまで来れば僕の流れに持って行ける。


「そんなに説明が欲しければしますよ。一人は僕が迷惑をかけてしまったから罪滅ぼしをしているだけ、もう一人は文学部を作るにあたって色々と助けてもらっていただけ、」


 この生徒が言っていた三人とは冬美、桜木さん、すずなさんのことだろう。


 だから僕はありのままの事実、僕と彼女らに何もないことを証明すべく続ける。


「最後に至っては姉の後輩なだけ。これのどこが三股に当たるんですか?」


「……」


 男子生徒は黙る。僕はその態度が気に入らずさらに追い打ちをかける。


「それに噂を根拠に部活創設に意義を立てるなんてどういう考えだったんです? それは本当に、部活創設の説明に対する質問と関係があるのですか?」


 僕は後藤に向けて言うようにした。いくら生徒を焚きつけるにしても噂が適当すぎるし、策がなさ過ぎる。


 それに自分は何もせず傍観を決め込んでいるのも気に食わない。


 男子生徒は、


「……そこまで言うのならその言葉を信じます」


 と言って身を引いた。


 当の後藤は爪を噛んで僕を睨んでいる。もはや陰険なオーラがダダ漏れしていている。


 これで後藤の策は潰したはずだ。あとは本人が出てくるのを待つとしよう。

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