26話 夏楸

 僕や生徒会メンバーば笑うのには理由がある。


 確かにカンペは破られた。しかしながら僕は書類を作る時に全部のコピーを取り、写真にも収めている。


 たった一枚の紙を破っただけで勝ち誇っているような大人に負けるはずがない。


 その証拠に詰めの甘さが露呈してしまっているわけだ。僕とアキ姉達は机にお弁当を広げ、生徒総会の最後の確認をしていく。


 僕のためにできるだけ長く会計報告をして時間を作ってくれるそうだ。その後おおよそ二十分ほど耐えれば強制的に多数決にもっていけるとの事だ。


 説明には十分ほどもかからない。もし仮に何も異論がなければ即決まるのだが、絶対に後藤は意見してくるだろう。


 そうなれば自然と口論になるだろう。そこでいかに生徒を味方に付けられるか。それが一番の問題だ。


「でも日向くんの人望なら言い負かされたとしても過半数は取れそうな気がするけどね」


「でも後藤のことだから生徒を脅して賛成させないっとことも有り得るんじゃないかな」


 何があるにしろここ一週間でやれる限りの準備をしてきたのだ。自信を持って望もう、そう強く思った。


 お弁当を食べ終わり、身なりを整える。僕は文学部代表ということで生徒の席ではなく、生徒会近くに待機することになっている。


 知っている顔が近くにいるのは結構安心できるものだ。少しでも緊張をほぐすべく人を手のひらに書いて飲み込む。


「日向くんって格好古臭いよね」


「え、緊張したらやるものじゃないの?」


「うーん、やらないかな」


 思わぬところでカルチャーショックを受けてしまった。これがジェネレーションギャップというものか。


 まあ、同学年なのだけれど。


 肩の力も抜け、僕はカンペのコピーを持って教室に戻る。ようやく決戦が始まるのだと思うと嫌でも緊張しそうになる。


 もう一度書類に目を通し、横をチラッも見るとじーっと桜木さんが僕を見ている。


 頑張れ! と目で訴えている気がする。前髪のせいで目は見えないけれど伝わってきた。


 海人が声でクラスメイトが廊下に並び始める。僕は一足先に講堂へ向かう。


「気合入ってるねー」


 と、英語科の佐藤先生。佐藤先生もまた、僕の味方をしてくれるようだ。


 それどころではなく、各教科で僕のことを知っている先生はみんな僕に笑顔をくれる。


 どれだけ職員室で後藤は嫌われているのだろう。と、疑問に思うほどだ。


「お、さっきぶりー」


 僕の待機場所には菘さんが待ち構えていた。さっきぶりというか五分ぶりなのだが。


「頑張ってね! あんなやつ、泡吹かせて倒してやれ」


 泡吹かせて倒したら僕は退学になりそうなんだが……


 まあ冗談はさておき、こんなにも応援されると緊張どころか安心してしまう。


 僕の味方をしてくれる人はいる。この事実があるだけで心の持ちようが違う。


 少しばかり自信を持つと、一番初めのクラスが講堂に入ってきた。いよいよ、戦いが始まる。


 全クラスの確認が取れると議長役のなずながマイクを通して声を出す。開会の宣言がなされ、昨年度の予算報告が始まる。


 会計報告は一方的に読み上げるだけなので生徒たちはつまらなそうにしている。というか生徒総会自体、面倒くさいと思っている生徒が多いだろう。


 僕もその一員だったのだから。けれど今は心臓が喉から出そうなほど緊張している。


 あれほど大丈夫だろうと思っていだけれど、いざ始まると薺の真面目な声や雰囲気で嫌でも緊張させられる。


 こうして待っている時間は一秒が一時間に感じるほど長く、心の糸がどんどん張っていく。


 後藤はどうなのかと思い、探してみる。後藤は議長席の近くにいる。


 いつでも意見できるように先回りされている。そしてチラチラと僕の方を見てニヤけている。いつ見ても嫌なものだ。


 生徒総会は順調に進み、いよいよ僕の出番まであと少しになった。時間は残り十五分と生徒会メンバーのおかけで予想よりも少ない時間だ。


 みんなの努力を無駄にしないためにもこの十五分を大切に、かつ丁寧に進めていこう。


「報告は以上です。なにか質問がない場合、このまま先に進めたいと思います」


 薺の進行によって最後の会計報告が終わる。


「特にないようですので次に移ります。夏川くん、よろしくお願いします」


 口調は丁寧だが、目で頑張れと押してくれる。僕は立ち上がると後ろからも聞こえない声援を受けた気がした。


 夏の平原で温かい風に押されるように僕はマイクの前に立つ。


「生徒総会が長くなり、お疲れでしょうが少しばかり話を聞いてください」


 大きすぎず小さすぎず、ちょうどいいボリュームでハキハキと喋る。噛むことは絶対にしてはいけない。


 今のところ掴みはいいだろう。


「僕から話すことはそう多くありません。ただ文学部を承認していただきたいのです」


 要件は単刀直入に分かりやすく。


「理由としましては、過去に存在していた文学部の復元と活動の再開を図ろうと考えたからです」


 この市立肆季しき高等学校には約十年に文学部が存在した。その文学部が出していた部誌が新聞に載るなどして有名だったらしい。


 しかし時代と共に本を読む人は少なくなり、廃部に追い込まれた。そんな部活を復興させたい、なんて理由なら誰もが疑問を持たずに納得するだろう。


 生徒や先生を騙すようなことになってしまうが、部誌を読んだところ圧倒されるような内容に感動したため、復興させたいのは少しばかり考えている。


 と、まあここまでは順調だ。後藤も僕のカンペを破り捨てたはずなのにこんなにもスラスラと言葉が出てくるのが不思議なようだ。


 ざまあみろと言ってやりたいところだがまだ戦いは始まってすらいない。


「この時点でなにか質問がある方はいらっしゃいますか?」


 薺が全体に向けて問いかける。何もなくこのまま進めようかと思っていると、


 一人の男子生徒が手を挙げた。


 僕や生徒会メンバーは一瞬驚いたが平静を装う。男子生徒はマイクの元までやってくると震えた声で、


「あ、あの。本を読むだけなら図書室で休み時間に読むだけでいいのでは……?」


 明らかに何かに脅えている様に質問をしてきた。おそらくは後藤になにか言われたのだろう。


 ここで質問しなければ成績を落とすだとか、あらぬことを職員室で吹聴するだとか。いかにも後藤がやりそうな事だ。


 少しまずい。後藤ならば嫌っている生徒もいるし質問を躱すだけでいいのだが、一般生徒となると真面目に回答しなければ株を落とすことになる。


 ここからはカンペに頼らず、自分の頭を使うことになってしまった。

 

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