25話 秋時雨
目覚めの良い朝。そしてあまり来て欲しくなかった朝。
ついに生徒総会当日になってしまった。昨日早く寝たために結構な早起きだった。
時計は六時過ぎを指している。洗面所に向かうとアキ姉が顔を洗っている最中だった。
「ん、おはよー」
まだ眠そうなアキ姉はそう言うとリビングに行き、朝ごはんの準備をするようだ。
僕も顔を洗い目を覚まさせる。今日に至っては頭が冴えていないと戦いようがない。
頬を両手で叩き、気合を入れる。しっかりと目が覚めたことを確認し、リビングに行く。
アキ姉のことだから朝からカツ、なんてこともあるかと思ったが流石になかった。普通にロールパンである。
特に会話をすることもなく、黙々と朝ごはんを食べる。アキ姉も今日のことを心配してくれているのだろうか。
僕としてはいつも通りでいいのだが。
朝の支度を終わらせ、少し早いが家を出る。外には当然のように冬美が立っている。
「おはよう、日向君。いよいよ今日ね」
冬美も今日、部活が承認されるかもしれないという事だけは知っている。冬美なりに緊張しているのか楽しみにしているのか、なんだかソワソワしているように見える。
僕としては冬美にはあまり生徒総会に出て欲しくないと思っているのだが。部活のことで教師と揉めていると知ったら悲しむのだろうか。
「おはよ、上手くいくといいな」
冬美は少し不思議そうに首を傾げたが、自分なりに解釈をしたようで聞き返してこない。
もしかしたら全部読まれてるかもしれないな。
◇ ◇ ◇
学校近くまで歩いてくると冬美と僕は距離を開けて歩いた。前のような失敗をしないためにもこれでいいのだ。
それに部活が承認されればこうして隠すようなこともする必要がない。
やはり今日の生徒総会が今後を大きく左右すると今一度理解した。
教室に入るとまだ人も少なく、僕は席について頭の中で何度も確認する。説明すべきこと、やってはいけないこと、避けるべき質問など。
時間が過ぎるのは早いもので、いつの間にかホームルームが終わっていた。
海人が僕の方を見て手招きしている。何事かと思って海人の元へ行くと、
「なんか後藤の奴、今日凄い機嫌悪いからいいかもな」
海人はそう言うとダルそうに歩いていった。
一体何がよさそうなのか。むしろ逆ではないのだろうか?
まあ、海人が言うことだ。八割近くは適当に喋っているような人間だし、今の言葉は頭の片隅にでも留めておこう。
何かしら意味はあるのかもしれないが僕には理解できなかった。
生徒総会は午後からなので一限、二限と授業が過ぎていく。正直、身が入っているかと聞かれれば首を横に振らざるを得ない。
仕方ないだろう。今日の僕は色々と気が気でないのだから。
「顔色悪いけど大丈夫?」
三限が終わった頃、桜木さんが心配そうに声をかけてくれた。言われて気づいたが脂汗をかいているようだ。
緊張し過ぎているなと自分でも分かったつもりではいたが想像以上のようだ。
「うわ、汗までかいてるよ……ありがとね桜木さん。気づかなかったよ」
「ううん、あんまり気を負いすぎないでね。少なくとも私は応援してるし、きっとクラスのみんなも応援してると思うよ」
「ありがとう。でも暴徒たちはどうかな?」
桜木さんのおかげで冗談を言えるくらいには緊張がほぐれた。
それに桜木さんも笑ってくれたため、僕の心はようやく普段通りに戻った。そんなに気張っても頭が固くなるだけ、と先日に聞いたことを思い出した。
ようやくその意味が理解でき、余計な力を抜いて望むことにする。
四限が始まると、
「ふうー、飛んでくるのも一苦労じゃのう」
と窓の方から聞こえてきた。思わず横目で確認すると、緋袴に白い着物を着ていて頭に冠のようなものをつけている稲荷が流れるように漂ってきた。
初めて見る神らしい格好に気を取られていると僕と目が合った。一週間ぶりに見る稲荷の姿に僕は特に何も思わなかった。
特に思い入れがあった訳でもなし、ここ三日は忘れていたほどだ。
「おぬしではないかっていきなり酷いことを言うのう」
忘れていたのは本当だし。それに何をしにどこへ行っていたかなんて気になりもしない。
「本当にわしが神なのか心配になるくらいの言いようじゃのう。悲しくなってくるわい」
僕は午後のために緊張はしなくとも集中はしなくてはいけない。出来れば邪魔はして欲しくない。
「分かった、わしの負けじゃ。これ以上はわしのここがもたんわい」
逃げるように飛んでいってしまった。何か僕がいじめたみたいな光景だが断じて違う。
正論を言っただけだ。って僕は誰に言い訳をしているのだろうか。今は集中して授業を受けないとな。
「まあ、頑張るのだぞ」
壁の向こうから稲荷の声がした。なんだ、ひねくれていながらも応援はしてくれているみたいだ。
その後は特に何も起きることもなく、授業が進んでいった。
四限が終わり、僕はお弁当を持って生徒会室に向かう。最後の最後、ご飯を食べながらでも確認しておきたいことが山ほどある。
心配性なのかもしれないがやはり安心できないのだ。生徒会室の鍵は空いていて中にはーー
「なんだ夏川弟か。まあいい、待っていたぞ」
「なんでここにいるんです?」
後藤が生徒会室に腕を組んで仁王立ちしていた。なぜここまで間が悪いのだろう。
まるで宣戦布告でもするような目で後藤は僕を見ると、
「最後の忠告だ、大人しく身を引け」
「嫌、と言ったら?」
僕は緊張していたのか持っていた書類を落としてしまった。床に散らばる書類。
その一枚を後藤は拾い上げると、
「問答無用で叩き潰す。出る杭は打たれると言うだろう?」
勝ち誇ったような顔で書類を破り、生徒会室にあるシュレッダーにかけた。
これでカンペはなくなり、証拠も隠滅された。後藤は紙が完璧に粉々になるのを確認してから生徒会室を後にした。
僕が書類を拾おうと腰をかがめているとアキ姉や
「これは……ひどいね」
やはり廊下までは来ていたようだ。僕が紙を落とした時に廊下にも一枚、飛んでいったときに微かな物音がしたのでいることは分かっていた。
「しかしまあ、粗暴さが裏目に出たというかって感じだね」
アキ姉がそう言うと僕や菘さん達の顔が明るくなる。
確かにあの雑さには救われたのかもしれない。
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