24話 秋明

 部員が集まり、生徒会も味方してくれてからは早かった。体感的にも実際に過ぎるのもとにかく早かった。


 その証拠にいよいよ明日が生徒総会の日なのだから。


 結論から言うと後藤のやってきたことの証拠は掴めず、部活創設ができるだけの準備しかできなかった。


 そして今、生徒会室にいる僕である。


「日向くん、あんまり力になれなくてごめんね」

 

 すずなさんは申し訳なさそうにそう言った。僕としても生徒会のメンバーには顔も上がらないほど色々なことを手伝って貰った。


 過去の部活の書類やら、質疑応答などの本番の練習にすら手を貸してくれた。過去の書類に至っては数年どころか十数年前の物まで探してくれた。


 生徒総会が終わったら生徒会メンバーにご飯を奢らないといけないくらいには協力してもらっている。


「そんなことないですって、菘さんにも色々と助けられましたから」


「それにしてもあんなに雑そうな後藤先生が何も証拠を残していないなんてね。意外というか奇跡というか」


 確かにそうだ。あんなに粗暴に振舞っている後藤が何一つ物的証拠を残していないのは想定外だった。


 稲荷にも何か聞こうと思い、鍵のかけられた倉庫にも行ったがもぬけの殻だった。というかここ数日、稲荷の姿を見ない。


 出雲にでも帰ったのかと思ったが神棚があの倉庫にある限りどこかに行くことはないだろう。


「今は全校生徒に向けてのことを考えよう。いくら後藤とはいえ全教師の前では下手なことはできないはずだから」


「確かに。じゃあ日向くん、もう一回リハしよっか」


 カンペを暗記する勢いで僕は練習をしている。もうすぐ日が暮れるというのにアキ姉達は優しいな。


 僕なら面倒くさがって帰るだろうから。


 明日に向けての練習は最終下校時間まで続いた。






 ◇ ◇ ◇





 練習が終わり、生徒会メンバーと共に校門を出る。なずなは会計書類の見直しがあるそうで許可を貰って残るようだ。


「つくづく真面目人間だよねー、あいつは」


 菘さんが伸びをしながらそう言った。薺は生徒会の中で唯一の男ということもあり雑念を消すために仕事に集中しているのでは? と言う噂も聞いたことがあるが違うだろう。


 僕らとは違って本当に真面目なのだろう。


「まあそれが薺君のいい所なんだから、妹として誇っていいんじゃないの?」


 とアキ姉。


「妹って言ったってたった一時間ちょっととかの差ですよ? ほぼ誤差ですって」


 まあ、そこは確かにそうだろう。誤差といえば誤差の部類に入るだろう。それにしても菘さんと薺は双子の割に真反対みたいな性格をしているよな。


 やはり双子だからといって似ているということはないんだな。


 そんなことを話しながら歩いていると家に着いた。菘さんの家も同じ方面だったようで玄関前で別れを告げた。


 こうしてアキ姉と一緒に帰るのはいつぶりだろう。冬美とならここ最近多かったのだが思い出せない。


「ただいまー」


「誰もいないって」


 誰もいない家にただいまと言うものなのだろうか。


「いいの。家がおかえりって言ってくれる気がするから」


 いいらしい。人に好かれて人を好いているアキ姉らしい発想だった。


 僕は全く言おうとも思わない。アキ姉がいれば半ば強引に言わされるだが。


 稲荷もいるくらいだし家にも何かが宿っているかもしれない。これからは小声でも言うことにしようかな。


「ご飯作るからちょっと待っててー」


「りょーかーい」


 部屋に戻り、着替えてから書類の確認を始める。ここで何か不備があっては明日の自分が辛い思いをすることになる。


 それを重々理解した上で念入りに確認する。後藤に言い負かされるのだけは絶対にしたくない。


 明日使うつもりのカンペを含め、数枚の紙全てがちゃんとある。これで一枚ないなんてことが起きたらシャレにならない。


 忘れないうちにクリアファイルに入れてカバンに入れておく。これでもう安心、とまでは言えないがひとまずの安息だ。


 ご飯ができるまでの間、僕はベットに横になり天井を見つめる。ここのところ考えっぱなしだったため、何も考えずにただ上を見る。


 ボーッとして思考を放棄するのもたまにはいいものだ。


「日向ー、できたよー」


 一階から母のようなアキ姉の声が聞こえてきたために、僕は起き上がる。


 リビングには香ばしい匂いと共に丼に入ったカツ丼が置いてある。そして僕のだけ器を含めてとんでもない量だった。


 普通の一人前を五杯ほどの量で食べ切れるとは思えない。験担ぎにも程がある。


「これ食べて明日は勝つよ!」


「勝つ以前に食べきれないんだけど……」


 験担ぎで食べきれない場合は勝てるのか、新たな疑問が生まれてしまった。大方カツだけ食べればいい気もする。


「「いただきます」」


 僕とアキ姉は一心不乱にカツ丼をかきこむ。何を隠そうアキ姉も肉料理は好きなのだ。


 とても女子とは思えない豪快さだがもう見なれた。というかすき焼きの日などはもっと凄い。


「日向、明日は大丈夫そう?」


「とりあえず緊張はしてるけど大丈夫だと思う」


「いきなり生徒総会だもんね、私も初めての時は緊張したなー」


 今や月に一度は全校生徒の前に立っているアキ姉である。緊張なんてしなくなったのだろう。


 羨ましい限りではあるけれど、今回に関しては少しは緊張感を持たないとまずそうだ。表面上は口論だが内では殴り合いなのだから。


「ほら、肩の力抜いて。そんなに強ばってたら生徒を味方に出来ないよ?」


 今回の生徒総会で僕がすることは主に三つ。


 最初に生徒を味方につけ、部活創設を少しでも可能に近づける。


 その後、後藤が絡んできたら躱し続けて時間いっぱいまで耐える。そして多数決で勝つ。


 ただそれだけなのだが思ったよりも大変そうなのが不安の種だ。


「できるだけこっちも長引かせるから残った時間は頑張ってね」


「うん、反撃はせずにそれっぽいことを言って誤魔化すよ」


 形は質疑応答でも、生徒から喧嘩していると捉えられるのは印象が悪くなってしまう。


 なので僕はあくまで優しく、として振る舞うつもりだ。


 これで少しは僕が優勢になると生徒会のみんなとで考えた。


「無理な質問がきたらその時は僕がその場で考えるけど……きっと受け流してみせる」


「それだけの自信があれば大丈夫だよ。日向ならやれる、そう信じてるよ」


 そう言うとアキ姉は自分のカツを一枚僕のところに乗せた。


 くれるのは嬉しいのだが僕はもう、有り余るご飯によってお腹が満たされていて限界なのだ。


 載せられたものは仕方がないので僕はカツを頬張る。甘めに味付けされたカツはもはや味を楽しむ余裕がなく飲み込むので精一杯だった。

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