Ring a Bell ークリスマス・イブの夜ー

香月 優希

Ring a Bell ークリスマス・イブの夜ー

 クリスマス・イブだなぁ、と砂矢香さやかは思った。

 いつもは無機質な気さえする都会の街を、イルミネーションが華やかに彩っている。

 そんな中、彼女が出かけてきた理由は、恋人とのデートのためではなく、LANCEのライブのためだった。

<なんだかなぁ>

 別に不満はないが、やはりこんな日に、一人でふらふらしている自分を思うと、砂矢香はなんとなく寂しく思った。

 せっかく、そろそろ今年は誰かと過ごせそうだ、と思ったのに。

<そりゃ、イベント狙ってライブやればいいじゃんって言ったの、私だけど>

 本当は洋之ひろゆきに、二人で過ごそうか、と言ってほしかったのだ。

 下げた小さな紙バックの中には、心ばかりのクッキーが、クリスマスらしくラッピングされて入っている。もし渡せなくても自分で食べればいいと思い、用意したものだった。

 お互い、とりわけ用事がなくても電話をするようになって、どのくらい経つだろう。

 彼がどういうつもりで、ふと思い立っては電話をくれて、遠くでも近くでもライブが終わるたびに短いメールをくれるのか、 砂矢香は最近、少し考えていた。

<やめよう、くだらないわ>

 そう、軽く流すべきなのだ。と砂矢香は思った。


 ライブ会場は、外の寒さとはうって変わって、いつも以上の熱気に溢れていた。

 プレゼントを手に、そわそわして集まってるファンもいる。

 そしてライブもまた、イブと今年ラストが重なって、一層の盛り上がりだった。

 クリスマスということで、メンバーがサンタの帽子などかぶって出てきたものだから、それだけでいつもの後半戦のような賑わいだ。

 背が高く天真爛漫な洋之には、ギター以上に似合ってる気がして、砂矢香は客席の端で、ドキドキしながら見つめていた。

 ライブの時は本当に、どんな事も越えて幸せになれる。洋之と仲良くなってからは、最初に比べて変わった事も多く、戸惑うことも多かったが、この時間は、いつも変わらず自分を幸せにしてくれた。

 今年最後のLANCEのライブが終わると、外では、この後のメンバーとの交流や打ち上げを待って、遠くから来たであろうファンも混ぜると、かなりの人数が集まっていた。

<帰ったほうがいいかも>

 だけど自分だって、一応プレゼントを持ってきたのだ。クリスマスに約束をしている間柄でもないし、それを渡すくらい、問題ないだろう。

 そう思ってしばらく外れでうろうろしてみたが、なんだか気圧されて、結局、砂矢香はとぼとぼと駅に向かった。


 25時をまわっても、洋之からのメールはなかった。

 いつもなら、このくらいの時間までには、何かしら届くのに。

<今年最後だもん。打ち上がってるんだわ>

 わかっていながら、帰りに通ってきた"クリスマス一色"な空気を引きずって、砂矢香は少し、切なくなった。

 机の上には、渡せなかったプレゼントが、ちょこんと乗っている。

<あれは、明日食べればいいや>

 ライブのことでも思い出しながら、もう寝よう。

 せっかく楽しんできたのに、落ち込んではもったいない。だって、やりとりがなかった頃は、いつもそうしてたんだもの。

 けれど、布団に入ってもなかなか眠れず、もうじき26時になろうかという頃、砂矢香はやっと、諦めたように意識を眠らせた。


 夢の中で、心地よい音楽を聴いた気がした。

<メール…?>

 だったら眠い、放っておこう…としたものの、音楽は止まらなかった。

<電話だっ>

 気付いて枕もとの携帯を取ると、洋之の声が聞こえた。

『寝てた?』

「ん…、あ、おつかれさま」

 条件反射で答えた挨拶に、洋之が笑った。

『話、出来なかったな。ごめん』

「ううん。打ち上げは?」

 洋之の声は、ちょっと低めで、耳触りがいい。砂矢香は嬉しくなりながら、布団の中で、その柔らかい声が聞きやすいように、身体の向きを変えた。

『さっきお開きになって、今帰ってきたんだ』

「そっか」

 何時なんだろう、と砂矢香は思った。カーテンの向こうは、まだ暗そうだ。

 どこか寝ぼけたまま、打ち上げでの話を聞いていると、その声だけで、ぬくぬくと心が温まる。ひととおり話して落ち着くと、また眠気が襲ってきた。

「じゃあ、またね」

 もう眠気に勝てない、と思って、砂矢香は言った。受話器の向こうの洋之も、眠たそうだ。

『ああ。あ、…ええと、明日って、お前どうなの?』

「えっ?」

 明日明日…ぼやけた頭で考えてると、憮然とした声で、洋之が言った。

『じゃなくて、もう今日だ。クリスマスだよ』


 寝ぼけていた頭が、ようやく稼動しはじめて、砂矢香は慌てた。

「休み。週休だから」

 ドキドキする心臓の音が、聞こえそうだと彼女は思った。

『だよな。だから、その、そう思ってさ』

 洋之の声は、少し弾んでいた。嬉しそうでもあったし、照れてるような気もした。

『どっか、行こうぜ』


 カーテンの隙間から、うっすらと明るくなって来ているようすがわかった。

 砂矢香は電話機をしっかりと握って答えた。

「うん」

 クリスマスプレゼントも、用意してあるんだよ。続けようと思って、砂矢香は黙った。

 いいや。あとで驚かそう。

 ドキドキしながら時計を見ると、もうすぐ6時。

 それより、着ていく服を考えなくちゃ。

 今日はずっと夢見てきた、クリスマスなのだ。


 どうか、とびきりの一日になりますように。


 ──Merry christmas !


<2006年11月26日 初出>

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