3.爽玖《さく》、21歳side



たしか大学1年の夏休み。

その日もみどりは首元を汗で光らせながらやって来た。

SEXをした後、ただ疲れて寝たふりをしていた俺に

碧が独り言のように話しかけてきた。


『…昨日、女の子に、告白されたんだ…

一度は断ったんだけど、彼女いないならって

返事はまた今度にされて…』


俺は自分の彼女になかなか別れを切り出せず…

別れたい理由も原因も口に出せずにいた。

だから、碧が彼女と別れたり付き合ったりしても

何も言えなかった。

碧には碧の大切な世界がある。

素敵な碧に見合う、素敵な彼女。

愛する人、愛される人、これからの未来を

碧が幸せに生きていく為の世界。

そこに、俺がいていいのか分からない。


『……』


『まぁ…今度もはっきり断るつもりだけど…』


『…ふぅーん…』


『あ、えっと、爽玖、俺と……』


『……』


『付き合ってよ』



頭では碧の為に付き合う事は良くないと思い

心では自分を守る為に臆病になる。

それは奇しくも同じ結論で。

こんなに身体を碧に支配されうえに

嫉妬したり、不安になったり、

これ以上、僕の心臓は耐えられないだろう。

碧が今、'女の子'よりも俺を選んでくれた事が

こんなにも嬉しいから余計…

碧がいつか'女の子'を選んだら

僕はもう友達にも戻れない。


友達に戻れないなら、

これ以上、碧に支配されたら俺はどうなる??


怖くなって、碧と連絡がとれなくなった。

碧がいなくても僕は生きていけるか、

試したかった。

お互い、踏み外してしまった道は

誤りなのか、正解なのか。

進めないのか、進めるのか…


会わなくなって3年経った頃、

碧が彼女と幸せそうに歩いている所を

偶然見かけてしまった。

碧は話しかけてくる彼女に優しく微笑んでいた。

それがやっぱり碧の世界なのに……

落ち込むってこういう事かって程落ち込んだ。

ストレス解消か、もしくは自分の健康とか、

どうでも良くなってタバコも吸い始めた。

タバコによって荒ぶる胸を落ち着せても

自分の気持ちは誤魔化せなくて。


いっきにあの頃の自分が蘇る。

ただ、何も考えずに…ただ会いたくて。

友達としてでも会いたくて。

碧に連絡をした。


僕の部屋に入った碧の様子は以前と変わってなくて

溜まってるかなんて軽く聞いてくるぐらいで…

碧はまだ…僕の身体、男の体に興味が…?


僕達はうまくやっていけるんだろうか。

毎日会いたいと思い、恋しく思う分、

碧からの気持ちも期待していいんだろうか。


「爽玖……好き」


「……男なのに…?」


「爽玖だから…」


「……会って無かったのに…?」


碧から好きと言われて、

泣きたくなるくらい苦しくて嬉しい。

嬉しいのに、喜んではいけないんだろう。

期待してはいけない。

僕達は、男同士で友達だから。


「爽玖は爽玖だから……

変わった所も、変わらない所も、…好き。

…付き合ってよ…」


'付き合う'とか分からないのに…

前は碧との関係が崩れて日常がひっくり返ったのに

今、その言葉は2人を繋ぎ止める

魔法の言葉のように聞こえる。

自分の顔が笑えてるかも分からないまま

碧の唇に自分の唇を押しつけて抱き付くと、

碧も強く抱きしめてきた。

…踏み外したと思っていた道、

そもそも踏み外したわけじゃなかったと

そんなふうに思えたら…

硬く抱きしめ合いながら訊ねた。


「…付き合うって何…?

また、こうして俺が誘って、碧が来て…」


「ああ。会える時は教えて」


「…いつも俺から…」


「え?いつも俺が押しかけてただろ。

爽玖の予定なんか割と無視して…会いたくて…

迷惑じゃなかった?」


「付き合うっていうのは……」


「爽玖。爽玖に無理して欲しくない。

……俺って自分の事言うけど、

それならそれでいいけど…

可愛いからって女扱いしてるわけじゃないし

俺って言ったって僕って言ったって

爽玖が可愛いのは変わらないし」


「なっ……」


悩みの核心を突かれて息が止まった。

いや、ただでさえ顔も見れない程

強く抱きしめられているのに、

更に息が止まる程強く抱きしめられた。

…碧には僕が考えてる事が分かるのか…?

ズカズカと人の気持ちに入って来そうで

入って来ないから、

自分の気持ちでこんなにも迷ってしまう…

……じゃあ…碧の気持ちを

なんで僕は分からない?分かろうとしてない……?


「爽玖。爽玖が可愛いよ。

……好きだから、凄く、そう思うんだと思う」


抱きしめてくる力が軽くなると同時に

真っ直ぐに大きな瞳で見つめられる。

僕も…、真っ直ぐに見つめ返した。


「…興味…本意、とか…

性欲だけで抱かれたくない…

…僕は、それだけじゃないから…」


「うん。興味本位とか、性欲だけなら

こんな気持ちにはならないし、

爽玖をあんなに抱けないよ…」


「…なんで…僕を…あんなに溶け合うみたいに…

僕がされたいような抱き方を…碧は出来るの」


「…なんでって………好きだからだよ。

…爽玖が、されたいような抱き方っていうのは

初めて聞いたけど……嬉しい」


「……ッ…」


「……こう?」


「ッ…」


「…爽玖がエロいんだって…」


僕のTシャツを捲り、

下腹辺りを碧のエロい手が這う。

…エロいのは碧なのに、僕がエロいと言う碧。

そういえば、それは当初から言っていた。


『いや……エロいな、と思って…』


『なんだよその概念…ちょっと…おかしいって』


「…その、昔から碧の概念、間違ってるって…

マジで碧…お前がエロ過ぎだからッ…」


『おかしくないだろ…爽玖の肌…

見た目も…触り心地も…反応も……凄い…』


「……間違ってないってば…

爽玖の肌は……まぁ、俺が、でも爽玖が、でも

エロくてもエロくなくてもどっちでもいいけど」


Tシャツやパンツの奥へと碧の手が入ってくる。

やっぱり碧の手には敵わない。


「……ッ…なんでこういう時だけ良く喋るッ…」


「それは爽玖もッ…あーもう、

爽玖には、いつも伝えたいんだよッ

話せない時とか、ホント辛い。

この3年とか、…ホント辛かった。

ただ、無理矢理思い出さないようにしたり…

もう、我慢したくない」



僕達は、何を我慢していたんだろう。

何を考え過ぎていたんだろう。


開けている窓から風が少し強めに入ってきて、

さっき吸ったタバコの匂いがかき消されたようで

碧から少しだけ汗の香りがする。

…碧の香りに煽られ高揚する中、

唇を深く重ね、舌も深く絡ませながら

お互いにお互いの服を脱がしていく。

お互いの殻を取っていくような…

早く繋がりたくて、

以前のように碧に早く抱き尽くされたくて、

少し荒めに脱がし、脱がされ、繋がった。

繋がれば繋がったで、やっぱり碧とのSEXは

底が見えない欲を貪る行為。

…立ちながら、…椅子で、ベットで…

何度も欲を吐き出した後、

二人でシャワーを済ませ、服を着て部屋に戻った。



…僕達は、付き合っていく、んだよな…

服を着て、床に座って碧と向き合うと

急に恥ずかしさが込み上げてくる。


「……あ、喉乾いた?よね。何か…飲み物持って」


「…爽玖……俺以外とエッチしないで……」


「……は?」


立ちあがろうとした途端、

碧が恥ずかしそうにモゾモゾと話しだした。

聞こえなかったわけじゃないけど、

ビックリして聞き返してしまった。


「…は?って……爽玖…

だって!俺達付き合うんだから!そうだろ!?

…浮気は許さないからな!」


以前の浮気させているような、しているような、

罪悪感を感じていた以前とは真逆で甘い束縛。

……凄く、付き合っている、感覚。


むず痒くて、こそばゆくて、

返事がなかなか出来ずにいたけれど

…これからは、素直になるんだ。僕は。


「……ぁ…当たり前だろ。するわけ無いだろ。

碧も、したら、駄目だからな!」


「うん」


立ちあがろうとしていたのに、

恥ずかしいから誤魔化す為に

ジュースを取りに行こうとしたのに、

腕を掴まれて力強く引き寄せられたから

碧の上になってしまった僕。

そんな僕を碧が強く抱きしめながら首元に囁く。


「うん」


…味わった事の無い、甘い雰囲気。

僕も、碧の首に顔を埋めて囁いた。


「うん」


お互い返事を繰り返しながら硬く抱きしめ合った。

照れて笑ったり…それを隠したりしながら。




---end---

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SCENT【短編】汗もタバコも香水も… けなこ @kenako

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