Hope For The Future

「この景色もこれで見納めか」


 俺は城塞中央の見張りやぐらから、辺りの景色を眺めていた。


 標高差のある東の山々と、西の大河に挟まれたアコードーヴ。

 自然の要害に囲まれた城塞都市だ。


 しかし今見えるこの景色から、先日の大激戦を想像するのは難しい。

 戦いの痕跡こんせきがあるとすれば、俺の放った炎の跡くらいなものだ。


 救援に駆けつけてくれた仲間達も、既にここを引き払っている。


「この城塞にはひと月以上滞在していたのだな」

「今思うと、あっと言う間に過ぎた感がありますけど」

「そうだな。本当にあっと言う間の一か月だった」


 シュヘイムは本拠であるダンケルドへ。

 ミランダは公都ポートブリオへ。

 クロヴィス王太子とベンは、商隊と共に行商へと旅立った。


 そして以前の俺を知るというクリスティン。

 彼女は第四騎士団と共に国境近くの都市へと引き、そこに駐屯している。


「ヒースさんはやっぱり、メルドランに向かうのですか」


 アイザック戦で共闘したクリスティン・ブレイズという女性剣士。

 彼女の話では、俺は一時期彼女と行動を共にしていたらしい。


「そうだな。準備が必要だとは思うが、いずれ向かうつもりだ」


 彼女の話はフェルディナンド公の情報とも一致していた。

 それが意味するのは、俺がメルドランの一領主だったという事実。



 メルドラン王国アーウェン領領主、ヒース・フレイザー辺境伯。

 それが元々のヒースだった。



「ヒースさんは何かの理由で命を狙われ、故郷を追われたのですよね」

「どうもそうらしいな」


 クリスティンの話は仲間達にも包み隠さず全て伝えている。


「やっぱりヒースさんは、悪い人なんかじゃなかったわけですね」

「うーん、それはどうだろう。どんな事情にせよ、過去の俺に命を狙われる理由があった事に違いはない。善人かどうかはわからぬ」

「いいえ。そんな事ありません」

「なぜそう思う?」

「だって以前のヒースさんを知るクリスティンさんやそのお仲間が、命がけで助けに来てくれたのですよ? 悪人を助けるような人達ではありませんでしたし」

「まぁそれはそうかも知れないが」


 クリスティンの話では、直前まで俺と一緒にいたわけでは無いと言う。

 かなり長い期間一緒に過ごしていたようなのだが、俺が故郷を出奔しゅっぽんした当時は別の場所におり、その噂を聞いてから単独で俺の行方を追っていたらしい。


「クリスティンさんの事が気になりますか?」

「以前の俺を知る人物なのだ。気にならないと言ったら嘘になる」

「まぁ──そうですよね」


 彼女は少しだけ沈黙した後、こう切り出した。


「──では、私達の今後についてはどう思っているのですか」


(当然、そういう話になるよな)


 もちろんその事についてはずっと考えていた。

 だが、それはあくまで俺だけの考えに過ぎない。


「トレバーから今まで旅して来て──そして今回特にはっきりわかった事がある」

「わかった事ですか?」

「ああ。それはシンテザ教一味から目を付けられているのが、俺とフィオンの二人だけだという事だ」

「それで──何が言いたいのですか」


 ベァナの厳しい視線が注がれる。

 それはつまり、俺が言わんとする事を理解しているという事だ。


(だが事実は事実)


「避けられる危険は避けるのが最善の手段だ。みんなは──」

「ヒースさん」


 俺の言葉をさえぎりながらも、ベァナはあくまで冷静だった。


「城塞の北門が壊される直前、ヒースさんは自分を犠牲にして私達を助けようとされてましたよね」

「ああ。より多くの仲間を助けるには、あの時点ではそれが最適解だった」

「ですが幸いなことに、結局みんな無事でした」

「ああ、本当にな」

「ヒースさんは、それをなぜだと思っていますか?」

「そうだな。運が良かったのだろうな。あの時──」

「違いますよ」


 はっきりと言い切るベァナ。


「それは絶対に違います」

「いや。あの時ミランダ師団長やシュヘイム団長、ベンやクリスティンが来てくれなかったら、間違いなく城塞は陥落していた」

「ええ、そうかも知れません」

「だったら──」

「運では無いじゃないですか。助かったのは──仲間が助けてくれたからじゃないですか!」


(仲間……)


「結局あの時来てくれた人々は、皆さんヒースさんの身を案じて集まってくれたんです。それを運だなんて」

「あれはフィオンが俺達の事を助けようと、自分の身を呈して──」

「ええそうです。そして、そのフィオンちゃんだって仲間なんです。ジェイドに首輪をめられ苦しんでいたところを、私達で必死に助けた大事な仲間じゃないですか! 彼女がいなかったら、私達が今こうして話をする事も無かったかもしれないんですよ?」


(確かにそれはそうだ)


 あの危機的状況は、当事者の誰一人が欠けても切り抜けられなかった。


「だからもう、一人で戦っているつもりになるのは辞めてください。ヒースさんの事は本当にすごい人だって思ってます。でもねヒースさん。そんなヒースさんですら一人で何でも出来るわけではないんだって、もうそろそろわかってくれてもいいんじゃないですか!?」

「ああ──本当にその通りだな」


 陥落直前の城塞で、最も弱音を吐いていたのは俺だ。

 そして俺はその時、自分に出来ない事は諦めるしかないと思っていた。



(俺は本当に──ダメな奴だな)



 言い換えれば、仲間の力を全く当てにしていなかったという事。

 つまりそれは傲慢ごうまん以外の何物でも無い。



「あとこれも覚えておいてください」

「ああ」

「ヒースさんの最大の強みはヒースさん個人の力なんかじゃない。自分に本気で味方をしてくれる人を、貴方自身が増やしていける所にある。私はそう思ってます」

「ありがとうなベァナ。ちょっとだけ気が楽になったよ」

「じゃあ決まりですね」

「ん、何がだ?」


 厳しい視線のベァナはもう、そこにはいない。

 いるのは心から嬉しそうな──機嫌が良い時の彼女だった。



「ヒースさんの力は仲間の力。まさかたった二人で旅に出るなんて事、もう言いませんよね?」



 不覚を取った。



 村を出る直前の村長との会話を思い出す。


(彼女は一度心に決めた事は、意地でも譲らないだろう──)


 またしても俺の退路は塞がれてしまった。


「ああ──もう言わない」

「今の言葉、みんなも聞きましたよね!?」

「みんな?」


 後ろを振り向くと、そこには仲間全員の姿があった。


「しかと聞き届けました!」

「ききましたです!」

「武人に二言は通用せぬぞ?」

「わたくしのヒース様なんですから、そんなの当然ですわ」


 そして四人の陰に隠れ、一人だけおとなしくしている相棒の姿が。


「フィオン……」


 彼女は悲しそうな顔を俺に向ける。


「にぃにの言ってた事はよくわかるよ。ボクやにぃにが狙われているせいで、みんなを危険な目に遭わせてしまっているって」

「いや、それはその──」


 言葉が詰まる。


 今更取り繕ろうとしても無駄だ。

 彼女は自らを取り巻く状況を的確に把握出来ている。


 だからこそ、あの危機的状況を打破する為に行動したのだから。


「でもね。ボクはみんなと一緒にいたい。にぃにと一緒に出かけたあの頃も楽しかったけど──今はもっと嬉しいんだ」

「そうか……ごめんな。俺と二人ではそんなに楽しく無かったか」

「ううん、そうじゃない。前も同じくらい楽しかったよ」

「では、なぜ今のほうが?」

「だってにぃに、みんなと旅している今のほうがもっと楽しそうなんだもの。だからボクも嬉しいんだ」



(もう、自分の気持ちを押しとどめるのは止めだ)



 彼女の言う通り、仲間達との旅は楽しい。


 決して楽な旅ではない。

 元の世界なんかより、それは何倍も困難な道だ。


 便利な道具も無ければ、充実した設備も無い。

 それらは全て、自らの力で乗り越えなければならない。

 大変だからこそ工夫をする必要があるし、仲間達全員で協力しなければならない場面も沢山ある。


 しかし自分達の力で乗り越えるからこそ、大きな達成感を得られるのだ。

 そして、その達成感を共感してくれる仲間がこんなにいる。




 これが──楽しくないわけが無いではないか。





    ◆  ◇  ◇





「ヒース殿、本当にお世話になりました」

「いやこちらこそ。エリオット団長が指揮官で無ければ、これほど快適な滞在は出来なかったでしょう」

「そう言って頂けるのは素直に有り難いのですが──ヒース殿のご助力が無ければ、フェンブルは更なる危機的状況に陥っていたでしょう。重ねて御礼申し上げます」


 結局、フェンブルのクーデターは失敗に終わった。

 パトリック大公の危機に際し、トーラシアが援軍を送ったのだ。


 フェンブルとトーラシアは元々良好な関係にある。

 特にパトリック大公とフェルディナンド公の治世になってから、その関係は顕著に現れていた。

 実質トーラシアお抱えとなっている魔導士ティネを、大公の要請に応じて送り出したのもそういった背景があったからだ。


(北部方面師団は最も拠点が遠いはず。だが、最も早くに到着した)


 クーデターの鎮圧に、ミランダの部隊が一役買っていたのは間違いないだろう。

 自身も大任を帯びていたはずなのに、再び大きな借りが出来てしまった。


「ただ今回の内乱による影響は大きく、フェンブルが今までの体制を維持するのは難しいでしょう」


 そう話すのは唯一の大公妃となったソフィア妃だ。


「私もすぐにここを発ち公都に向かわないといけないのですが、私宛の書状の中にこれが──」


 それは二通の手紙だった。


「これは──」

「一通はティネからで、もう一通はフェルディナンド公からのものです。特に急ぎではないそうなので、旅の途中にでもお読みいただければと」

「承知いたしました。ありがとうございます」


 手紙は後でゆっくり読む事にし、一旦衣嚢ぽけっとに仕舞う。


「メルドラン北部を目指すとお聞きいたしましたが、どのようなルートで向かわれるのですか?」

「まずは第四騎士団が駐屯しているカールベスに向かおうと思っています。メルドラン西部は比較的安全とお聞きしましたもので」

「第四騎士団──そうですね。ダニエラ王妃は東部の主要都市を抑えているようですが、北西部でしたらその影響は限定的かも知れません。ですがくれぐれもお気を付けを──」

「ありがとうございます。ソフィア様」


 そして話題は俺自身の話に。


「私はメルドランの王女ではありましたが、フレイザー辺境伯家については最近再興された貴族家という事しかわからないのです。祖国の事情にも関わらず、何もお役に立てず申し訳ありません」


 戦いが収束した後、俺の事情は主要な人物に全て説明している。

 辺境伯を直接知るクリスティンという存在が現れたからには、隠し通すのはもはや不可能だと判断したからだ。


「いえ。その存在が確かにあるという情報だけでも助かります」

「ただ、もしかするとなのですが──」

「はい」


 そこで口をつぐむむソフィア。

 そして彼女は、最初に言いたかったものとはおそらく別の話題を持ち出した。


「いえ──もしあなたが誰かの助けが必要になった時には、アルフレッドを捜してみてください」

「アルフレッド? 第二王子ですか!?」

「はい。彼はあなたが何者であったとしても、きっと助けになってくれるでしょう」

「にわかには信じがたいお話ですが──」

「彼は少し風変わりな所もありますが、基本的には正しい判断が出来る人間です。現在逃亡中だと聞いていますが、ヒースさんの噂は当然、彼の耳にも入っていると思います」

「そうですか──ですがなぜ、その第二王子が私の助けになると?」

「二人ともダニエラ王妃に追われる立場という事も理由の一つですが、一番の理由は──性格でしょうかね」

「性格、ですか」

「ええ。アルフレッドもまた、困った人々を放って置けないタイプの人間なんです。まあ彼の場合、ヒースさんとは違って目立つ行動は取りませんけれど」

「それは──きっと私なんかより、ずっと賢い方なのでしょうね」


 ソフィア妃に笑みがこぼれる。


もっとも、今助けを必要としているのはアルフレッドのほうかも知れませんが──その時はどうか彼をお願いいたします」

「承知いたしました」

「ああ、そうです……どうかこれをお持ちください」


 ソフィア妃はそう言うと、腰のベルトから短剣を取り外す。


「これは──」

「メルドランを出る際、護身用にと渡されたものです。王家の紋章が入っておりますので、これがあれば私とやりとりをした証になるかと」

「そんな大切なものをお譲りいただくわけには──」

「いえ。私は既にフェンブルの人間です。今の私にはもう必要ありません」


 ここで断るのはおそらく失礼に当たるのだろう。

 それに彼女には黒鷹や銀狼という、強力な剣が味方にいる。


「そういう事でしたら、有り難く頂戴いたします」

「そもそも私、剣術は苦手なんです。一度も使った事が無いのですよ」


 彼女は笑顔を絶やさぬまま、俺の横にいたベァナに話しかけた。


「ベァナちゃん、ちょっとお話良いかしら?」

「はい。ソフィア様」


 そうして少し離れた場所でいくつかやり取りをする二人。

 話の内容は聞こえなかったが、随分と打ち解けた様子であることは誰の目にも明らかだった。


 話が終わるったソフィア妃は、俺達全員に別れを告げる。


「みなさんの旅の無事をお祈り申し上げます」


 優雅に会釈をした後、彼女は南門に待機する馬車へ向かった。





    ◇  ◆  ◇





 アコードーヴを後にしたのは翌日の朝。


 主だった面々には既に挨拶は終わらせている。

 しかし挨拶しきれなかった多くの団員達が、俺達を見送ろうと北門付近に集まってくれていた。


 中には日々の巡回の中で、色々と良くしてくれた団員の姿もある。

 彼らの姿を見た娘達は名前を呼びながら手を振り、別れを惜しんでいた。


 そして、別れの余韻が続く馬車の中。


「それでヒース殿」

「なんだセレナ?」

「大体のプランは考えているのだろう?」

「そうだな──まずクリスティンという剣士に詳しい話を聞いた後、基本的には大山脈沿いに北へ向かう事になるだろう」

「やはりダニエラ王妃を警戒してか?」

「それもあるのだが──出来ればドワーフの王国を訪ねたいと思っている」

「ドワーフ王国だと? 確かヤース老師の話では、彼らは人族を嫌っていると聞いたのだが」

「ああ。だが、おそらく世界の謎を最も良く知る種族が彼らなのだ。出来る事なら直接話を聞いてみたい」


 ヤース老師の話ではドワーフとエルフ、そして神々と言われる古代の人類は、元々同じ種族だったらしい。


 では獣人や人はどういう存在なのか?

 グリアン人とはどんな民族だったのか?

 魔法協会とシンテザ教の戦いとは?


 いくつかの仮説は立てたものの、決定的な証拠は何もない。


「夫の行く道を支えるのは妻の務めです。わたくしがヒース様をお支えしますので、セレナさんは遠慮なく実家にお戻りになられて結構でしてよ」

「どうやらシアは未だに理解していないようだが──そもそもこの馬車はアーネスト商会所有のものだ。私と一緒に行きたくないのであればここで──」

「えーと──今何かおっしゃいましたかしら!!」

「はいはいお二人とも! みんなで一緒に行くって決めたんですから、不毛な議論はそれくらいにしてくださいね!」



 いつからだろう。

 こんな他愛も無い会話が、これ程心地よいと感じるようになったのは。



「ねぇ、にぃに」

「なんだフィオン?」

「遠出出来てうれしい?」


(遠出……)


 それは元の世界の俺が、いつかシロとしてみたいと思っていた目標。

 だが結局、元の世界で叶える事は出来なかった。


「そうだな。まさかこんな形で実現するとは思わなかったが」


 フィオンは尻尾を振りながら話を続けた。


「ボクね、たまに夢を見るんだ」

「夢?」

「うん。にぃにはずっと元気なままなのに、ボクだけ体の言う事が効かなくなってね。匂いはするんだけど、周りが何も見えなくなって、不安でたまらなくて──」


(!?)


 それは俺と過ごした最後の日々。

 そして彼女もまた、その事を覚えていたのか。


「だからこうしてまた、にぃにと一緒にいられて嬉しいんだ」


 それは俺が望んだ未来。

 もしかすると、シロ自身もそう望んでいたのかも知れない。


 そして元の世界の未来では無かったが、こうしてこの世界で叶っている。


「ああ。俺も本当に──」


 そこで俺は疑問に思う。



(元のヒースが望んでいた未来とは、一体どんなものだったのだろう?)



 俺が知るこの世界の俺は、命を狙われ逃亡中の身であった。

 元の世界の俺とは比較にならない程、深刻な状況に置かれていたのだ。



(であるならば……元の俺にも強い願いがあったはず)



 この旅は、俺が望んでいた未来を知る旅になるだろう。



「そう言えばヒース様、あのとれびしぇ……」

「トレビュシェットな」

「それです! あの飛距離を求める方法を黒鷹の団員さん達に教えられていましたが、あれは──」

「物ってのは投げると放物線ていう曲線を描くんだけど、射つ角度と最初の速度、あとは重力加速度さえ分かれば──」

「……ふむふむ。それが数学というものなのですね……面白いね、プリムちゃん!」

「んー。わたしはおもしろいより、おいしいほうが好き」



 人目をはばかり、たった一人で逃亡の旅を続けていたヒース。

 それが今では仲間達に支えられ、幾度もの窮地を乗り越えられるまでになった。



 俺は仲間達と旅を続ける。



 そして俺のこの旅が

 仲間と共に歩むこの1シーンこそが──





 俺自身が望んでいた、未来であった事を信じて。





……

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