相棒
(早くフィオンを探しに行かねば)
メルドランの一団を除き、ほぼ全ての友軍と話は済ませている。
彼ら──メルドラン第四騎士団は、今の俺が知る集団では無い。
だが救援に駆け付けてくれたのは事実だ。
早めに礼をし、すぐにここを発つ予定だったのだが──
「ヒース殿への面会希望者がいるのですが」
「第四騎士団の方ですか?」
「いえ。アルシアの商隊と一緒だった方のようです」
「アルシア? 行商人のベン以外で知り合いはいませんね」
「そうでしたか。まぁちょっと風変わりな方でしたし、お断りしますか?」
(風変わり?)
何か引っかかる。
「どんな方かわかりますか?」
「それがあり得ない事に『自分は協会の支部長だ』などと仰っておりまして──」
(間違いない、オーギュストだ!)
「すぐ行きます! 会わせてください!」
◆ ◇ ◇ ◇
「やっと来たかー。随分と待たされよったぞ、ヒース殿」
「まさか協会の支部長が自分の町を離れるだなんて思いませんよ」
「普通の支部長ならそうだろうよ! じゃが──わしじゃぞ?」
「ええ、確かにそうでした」
相変わらず気取らない口調のオーギュスト。
聞きたいことは沢山あったが、そこは支部長から先に説明があった。
「ヒース殿の事じゃし、各支部に連絡したのが儂だっていうのは大方予想していたのじゃろう?」
「はい。実はこちらからも外部に連絡しようとしたのですが……」
「そもそもあの機能は支部長クラスの権限がないと使えぬからのう。それに使い方を知る者もごく僅かじゃ。そう思って儂から連絡を行った」
「そこまでは私も予想していたのですが」
最大の疑問は──
「ヒース殿が危機的状況にあるのを、儂がどのようにして知ったのか、じゃな?」
「はい。それだけはわかりませんでした」
「そりゃ簡単な話じゃ。ちょっとこっちに来てくれぬか」
オーギュストの後に付いて行くと、そこには一台の馬車があった。
護衛だろうか。
馬車の
「よっ、お兄さん。久しぶり!」
「君は確か──ニルダか!?」
「あたしの事覚えててくれたんだね、うれしいわぁ! また今度一緒に飲みに行くべ……行こうよ!」
「あ、あぁ。機会があったらな。それよりその馬車は?」
「支部長、扉開けて構わないんだよね?」
「ああ構わぬ。じゃが、そーっとな。そーっと」
「んじゃ、ここは兄さんに任せた」
ニルダに促されるまま扉を開くと……
馬車の椅子の上で少女が眠っていた。
白い髪からかわいらしい耳が覗き、時折尻尾がちょこんと動く。
(フィオン!?)
叫んだわけでも無いのに、俺の存在に気付いたのか。
彼女はその目をゆっくりと開ける。
「あっ、にぃに……ごめんね、ボクまだ疲れて動けなくて」
よく見れば服も髪の毛もボロボロだ。
そしてそこで初めて悟った。
フィオンの残した手紙の意味を。
─────
ボクのせいで、みんながこまるのはいやです。
だからまちをでて、みんなをたすけます。
ボクはだいじょうぶ。おわないでください。
─────
彼女は自分の居場所が無いと感じて逃げ出したのではない。
「ああ、ああ──思う存分、休んでくれ」
「ごめんねにぃに。そうさせてもらうね」
彼女は外に助けを求めるために町を出たのだ。
軽い寝息とともに再び眠りに付くフィオン。
俺は彼女の頭をそっと撫でた。
(フィオン──シロ。本当にありがとう)
起こしてしまうかもと思ったが、それも杞憂だったようだ。
その寝顔はとても安らかなものだった。
◇ ◆ ◇ ◇
ボクが町を飛び出してから丸二日。
何も食べていないし、全然寝ていない。
本当につらい。
ボクはみんなと一緒に居たいし、旅も続けたい。
でもボクのせいでにぃにやみんなが困っているんだから、なんとかするのはボクの役目だ。
そう思って一番最初に頭に浮かんだのが、フェルメのおじいちゃんだった。
難しい事はよくわからないけれど、他の町の人と連絡と取れるような人がいるとしたら、多分あのおじいちゃんしかいない。
にぃにの今までの話から、それだけはボクにもわかった。
それに、あのおじいちゃんなら絶対に助けになってくれる。
そんな確信があった。
──でも。
(もう動けない──)
昨日沢山の魔物と戦ったのと、跡を付けられないように森の中を通って来たのが原因だと思う。
さすがに限界だった。
二日間くらいなら、ずっと走り続けられると思ってたのに。
(ちょっとだけ……ちょっとだけ休んでから……)
眠るつもりなんて無い。
そんな事をしてジェイド達に見つかったら、絶対に捕まって……
(……)
◇ ◇ ◆ ◇
「フィオンさん。そろそろ起きないと間に合わなくなりますよ?」
「はっ!? 誰っ!?」
どうやらボクは眠ってしまったようだ。
声のした方を振り向くと、そこには黒いローブを着た男の人が立っていた。
「大丈夫ですよ。嗅覚遮断を付与した認識阻害を講じていますので、ジェイドの部下達でもそう簡単には見つけられないでしょう」
(ジェイドの仲間じゃないって事?)
「あなたは誰?」
「まぁ少なくともフィオンさんの敵ではありません。むしろ私の敵はジェイドのほうですので」
もし捕まえるつもりだったのなら、ボクが寝ている間にそう出来たはずだ。
ボクはひとまず、話を聞く事にした。
「相当お疲れのようでしたので、一時間程はそのままにしていましたが──急がないとアコードーヴが陥落してしまいますからね。申し訳ありませんが、起こさせていただきました」
「ううん、助かったよ。本当はボク、眠るつもりなんてなかったんだ」
もしこのまま眠り続けていたら、この人の言う通りになっていただろう。
そういう意味では、ある意味恩人だ。
怪しい人には違いないけれど──
今のボクには、他に頼れる人が誰もいない。
「ボクは今から急いでフェルメの町に行かないといけないんだ。でも──もう二日くらい何も口にしていなくて、それで──」
ボクがそう言うと、ローブの人は黙って背嚢から竹筒を取り出した。
「まぁ私なんぞから差し出されたものなど、お嫌かもしれませんが──」
「ううん、そんな事無いよ? この竹筒は、お水?」
「ええ」
「飲んでもいい!?」
「あなたがお嫌でなければ」
ボクはすぐに木の栓を抜いて、水筒の水を一気に飲んだ。
「お、おいしい……」
「それは良かったです」
それは本当にただの水だった。
でも長い間何も口にしていないボクにとって、それは今まで飲んだどんな飲み物よりも美味しかった。
「それと──どうしても力が出なくなったら、これを」
ローブの人はそう言うと、葉っぱで
「開けてもいい?」
「ええ、どうぞ」
葉の
「……土?」
「違いますよ。チョコとかいう食べ物です」
「これが食べ物!?」
「まぁ私も最初はちょっと抵抗があったのですが──それが結構おいしいんですよ。日持ちもしますし、後でお食べになっても大丈夫でしょう」
「ボク今からまた走らないといけないので、今食べる」
急がないといけない。
そう考えたボクは少し怪しいと思いながらも、その欠片を口に入れた。
「あっ、甘い……おいしい」
見た目との印象が全然違った。
ちょっと苦味も感じるけれど、今のボクにとってはとても有り難かった。
「それは良かったです。溶けやすいので、必ずその葉で包んでしまってくださいね。でないとドロドロになってしまいますので」
「ありがとう、ローブの人!」
フードに隠れてあまり表情はわからない。
けれど、なんとなく微笑んでいるような気がした。
(それにしても──)
「あの──なんでボクの事を助けてくれたの?」
「まぁ信じて貰えるかはわかりませんが──昔ヒースさんにお世話になった事がありまして」
「にぃにの事知ってるの!?」
「ええ。私は彼のお陰で、今でも辛うじて人を続けられているんです。ただそれは──本当に苦しい、自分自身との戦いの連続ではあるのですが──」
ローブの人はそう言って、自分の胸の辺りを右手で強く掴む。
本当に苦しそうだ。
ボクはなんとなく、この人が嘘を付いているわけではないと感じた。
「そのチョコはですね──ヒースさんと別れる直前、半ば強制的に渡されたメモを元にして作ったものなんですよ。これで我慢しろって」
「そうなんだ」
「ええ。ですが、こうしてあなたも私もそれで助けられているわけなので、ある意味これも彼のお陰なんでしょうね」
ローブの人が話を続けた。
「時間が無いのでしょう? 認識阻害が効いているうちにお行きなさい」
「一緒には行けないの?」
「私が、ですか?」
「うん。ボクを助けてくれた人だって、みんなにも伝えたいんだ」
ローブの人はちょっと驚いているようだ。
「フェルメに行っても私は何も役に立たないでしょう。むしろお邪魔かと」
「そんな事ないよ!」
「いえ、実際そうなのです。それに──そもそも私の脚ではあなたには付いて行けませんよ?」
「ああ、そっか。急ぐからそれは困るかな──」
ボクが少し悩んでいると、ローブの人が話を続けた。
「やはりあなたもあの方のお仲間という事なのですね……お気持ちだけ、有り難く受け取っておきましょう。一刻も早く向かったほうが良いかと」
「そうだね……うんわかった。ありがとうね、ローブの人!」
途中疲れて、何度もくじけそうになった。
そんな時は、貰った水筒の水で元気を取り戻した。
途中辛くて、無理かなと思ってしまう事もあった。
でもそんな時は、あの不思議な食べ物を少しだけ頬張った。
おいしかった。
でもそれだけじゃない。
食べ物を分けてくれたローブの人や、その作り方を教えたにぃに。
そして今まで出会った、みんなの顔が思い浮かんだ。
こんなつらい世界にだって、やさしいものはまだ沢山ある。
(ボクは一人なんかじゃない!)
どんなに辛い目にあっても、みんなが付いてる。
そう思えたから、頑張れたんだ。
◇ ◇ ◇ ◆
次の日の夜。
ボクはなんとか無事、フェルメの町に辿り着いた。
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