たからもの
城塞側への指示も
あとは作戦を決行するのみ。
「概要の最終確認をさせてくれ。まずベァナによる
「問題ありません」
「よし。次に水魔法隊だが、壁が発動し始めた時点で即座に詠唱開始してくれ。難易度2の者はアクアを、難易度3以上の者は俺が教えたマッシヴウォーターを敵の頭部付近に向け詠唱し、なるべく早く壁内を水で満たす。これも問題無いか?」
「「「はいっ」」」
結局メルドラン隊からは五名もの水魔術師を派遣してくれた。
魔法使いの数からして、おそらく全員寄越してくれたのだろう。
後でしっかりと礼をせねばなるまい。
「最後にエリオット団長、城塞のほうは?」
「問題ありません。既に普通の石塊で試射済みですからね」
「了解です──それでは皆、マナ消費量を考えるとチャンスは一度だけだ。その点だけ肝に銘じて欲しい。いくぞ!」
「「「はいっ!」」」
すぐにベァナが詠唱に入った。
── ᛚᚨ ᚲᛖᛗ ᛞᛖ ᛚᚨ ᚣᚨᛈᚱ ᚲᚨᛃ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᚨᛚ ᛏᛁᛟ ᛞᚨᚢᚱ ──
詠唱を終えると、すぐに壁が
怪物が異変を察知して壁を攻撃するが、今のところビクともしない。
順調だ。
すぐにシアやニーヴ達、水魔法使いが詠唱を開始した。
── ᚣᚨᛈᚱ ᚨᛚ ᛚᚴᚣᚨ ᚠᚨᚱ ──
── ᚣᚨᛈᚱ ᚨᛚ ᛚᚴᚣᚨ ᚠᚨᚱ ᚲᚨᛃ ᛚᚴᚣᚨ ᛈᛚᛁᚷ ──
マッシヴウォーターは俺が考案した魔法だ。
通常、水魔法による攻撃は水温を凍るまで下げ、氷塊として敵にぶつける。
だが俺は水温を下げる文言を削除し、水量を増やす文言を追加したのだ。
仲間達以外には『古文書に載っていた魔法』として共有した。
というのも自作魔法は大変危険で、大事故を起こし易いとされているためだ。
実際俺も、そういった記述をいくつかの文献で見かけている。
そういった事情もあり、太古の昔に使われていた魔法という事にしている。
不本意ではあるが、魔法にそれっぽい名称を付けたのもその為である。
水が出始めたタイミングで、城塞から壺が飛んで来た。
この距離まで届く唯一の兵器──つまり
セレナが壺に疑問を持ったようだ。
「わざわざ壊れやすい壺を使っているという事は、中に秘密があるという事か?」
「そうだ。多分簡単に割れるだろうから、中身もすぐに見れると思うぞ」
水がまだ溜まっていなかったため、一つ目から地面に当たって割れた。
それを異質なものと判断したのだろう。
怪物は落ちた壺に何度か攻撃を加える。
「ん? 白い粉の塊のような──小麦粉か何かか?」
「いや、そんなありふれたものではない。この世界では、まだ貴重品の部類に入るだろう」
「貴重品? うーむ、思い浮かばぬな」
「まぁ見ているうちにわかると思うぞ。俺も最初に作った時には、まさかこんな使い方をするなどとは思わなかったがな!」
水は順調に溜まり、怪物の腹部の三割程度の高さまで来ていた。
しかしそこから先がなかなか溜まらない。
怪物がかなり激怒していて、溜まった水を外にまき上げながら壁を強打しまくっているのだ。
(うーむ。そこまで考えが及ばなかったな──)
「なんだあれは? 泡? もしかして──あの白い粉は石鹸か!」
「正解だ。エリオットの部下達に頼んで、水に溶けやすいよう粉末にしてもらっている。時間が勝負だからな」
「しかし……我々の馬車にはあれほど大量の石鹸は無かったはずだが?」
アーネスト商会で制作した石鹸は、今では旅の必需品だ。
しかし世間にはまだそれほど流通しておらず、旅先で入手出来ない。
「アルシアの商隊に譲ってもらったのだ。行商用に積んでいたようでな」
「なるほど、それは運が良かった。しかし、もし彼らがいなかったらどうするつもりだったのだ?」
「その時は──俺達が持って来たものを全て投入するしか無かっただろうな」
セレナが安堵の溜息を漏らす。
「ベンが来てくれて本当に良かった。そんな事になったら、毎日ストレスを抱えて発狂しそうになるだろうからな!」
(一度上げた生活レベルは、そう簡単には落とせないよな)
怪物が予想以上に暴れているせいか、発生する泡も大量になってきた。
怪物も壁も良く見えなくなってくる。
そのせいだろう。
気付くのが遅れてしまった。
「ヒースさん! 防護円壁が!」
泡に隠れて見えづらかったが、壁の一部に亀裂が──
(先程より早過ぎる!)
俺はすぐに詠唱を開始した。
── ᛚᚨ ᚲᛖᛗ ᛞᛖ ᛚᚨ ᚣᚨᛈᚱ ᚲᚨᛃ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᚨᛚ ᛏᛁᛟ ᛞᚨᚢᚱ ──
俺が作り出した防護円壁が、ベァナの壁を包むようにして出現する。
ベァナが維持していた円壁は、程なく四散して消えて行った。
「お疲れベァナ。
「はい……でもなぜこんなに持たなかったのでしょう? 魔法ってその効果の強さについては誰が唱えても一定のはずなのに。やっぱり私の才能が……」
「短絡的に物事を考えるのは良くないぞ、ベァナ。そういった偏った考察を重ねていった結果が、この世界の間違った魔法認識を形成してしまったのだから」
「でも今回はちゃんと結果も出てしまいましたし──」
「結果を導き出す要因は一つだけじゃない。壁に問題があったのではなく、むしろ敵のほうに問題があったと考えるのが妥当かもしれないぞ」
「敵に問題ですか」
およそ150kg以上という強力なパンチを繰り出すシャコは、むしろ抵抗の少ない空気中のほうがその力が弱くなるという。
何かでちらっと読んだだけなので、なぜなのかまでは覚えていない。
だが環境によって結果が変わるのであれば、この危機的状況下であの怪物が本来の力を発揮したとしても不思議はない。
「とにかく後は任せてくれ。そろそろ目的が達成出来たのではな──」
防護円壁が弾け飛んだ。
◆ ◇ ◇
「詠唱中断してすぐに退避っ!!」
怪物が今までないくらいに暴れ始めたのだ。
壁の出現から一分も経たずして、それが一瞬にして破壊された。
幸い誰にも怪我は無いようだ。
だが怪物はその場で暴れるだけで、襲って来る事は無い。
「あの怪物、なんで追って来ないんでしょうか」
「確かに。なぜだろうな」
元々移動の遅い怪物だったが、素早く動けないわけではなく、むしろ自らの意志でゆっくり移動していたようにも見えた。
そして今では、その場所から離れようとしない。
終わりは
「急に動きが弱まって──」
ついにはピクリとも動かなくなった。
近付くのは危険なので、団長にトレビュシェットの稼働を要請する。
操作にも大分慣れて来たのだろう。
数発後には石塊が怪物に直撃した。
「魔物の体が──」
脚が壊れた模型のように外れ、地面に落ちていく。
「エリオット団長、もう投石は大丈夫です。奴はもう死んでいます」
「わかりました」
石塊による攻撃は直に収まり、ベァナから疑問を受けた。
「死んだ魔物は分解されるはずですが、なぜそうならないのですか?」
「ゴブリンやトロールにも分解されないものがあるだろう?」
「はい。骨や歯、毛といったものはその場に残ります」
「あれも外骨格という名の骨なのだ。普通の骨とは組成が異なるはずだが」
「頭や羽だけ残った虫の死骸、という事ですか──」
「そうだな」
セレナからは別の疑問を投げかけられた。
「それにしても奴の死因がわからぬ」
「簡単に言うと──溺死だな」
「溺死だと!? たったあの量の水でか?」
「ああ」
「体の半分も水に浸かっていなかったではないか」
「そう。だがあの怪物にはそれで充分だった。気門が
「気門? それは?」
「昆虫類は腹部に空いた穴から呼吸を行っている。だから口を塞いでも意味は無く、呼吸を止めるには気門を塞ぐ必要があるのだ」
「なるほど。つまり
「昆虫も雨で流されたり、水溜まりに落ちたりする事がある。だが彼らはその身に
昆虫の撥水性は微細な毛などによって起こる、界面張力によるものだ。
「石鹸は界面活性剤とも呼ばれていてな。布や毛などに浸透しやすく、また油分を乳化する働きもある。あの怪物は気門から石鹸水を大量に飲んでしまい、それで溺れたって事だ」
「いやはや、正直話の半分もよくわからぬが──よくこのタイミングでその知識を活用出来たものだな。毎度ながら本当に感心する」
「たまたま前の世界で厄介な虫を中性洗剤で退治した事があってな。ニーヴの一言と──怪物の見た目でそれを思い出した」
「中性洗剤?」
「ああ。石鹸のようなものだよ」
結果的にあっけない幕切れにはなったものの、正直一つでもパーツが欠けていれば、とんでもない被害を出していたであろう。
正攻法で倒せる相手では、決して無かった。
(しかし……なぜ奴はその歩みを止めた?)
それに途中、自身の体を気にする動きを見せていたのも少しひっかかる。
だがそれも、今はもう全て終わったこと。
怪物は倒れ、仲間達は無事生きている。
俺達は敵に勝利したのだ。
◇ ◆ ◇
「あの怪物を──本当に倒してしまいましたよ、あの人は!」
ヘルマンは当初、上司の話を大げさ過ぎると感じていた。
しかし任務は最後までやり通す信念の持ち主である彼は、認識阻害の魔法を駆使してヒース達の戦いを最後まで見届けた。
「とにかく驚きの連続でした! 城塞から飛んでくるえげつない飛距離の兵器や、見た事もない水魔法。それとあの大量の泡──あれは一体なんだったのでしょう!」
自身も研究者の端くれである彼は、ヒースが繰り出す奇想天外な行動に釘付けだったのだ。
「これはもう早く帰投して、あれやこれや報告しなければなりません!」
喜び勇んでその場を後にしようとした彼だったが──
「ところで」
彼は重大な事実に気付いた。
「ジェイド様は今
◇ ◇ ◆
城塞の周囲にいた魔物は程なく殲滅された。
それも各地から駆け付けてくれた友人たちのお陰だ。
「アイザック……」
そしてこの戦いの発端となったアイザック王子。
目の前の死骸が元の王子なのかはわからない。
だがその骸の前では、実の姉であるソフィア妃が立ち尽くしていた。
そんな彼女が独り言のように呟く。
「あの──彼の遺品があるかも知れません。探させていただけませんか──」
「それは問題無いとは存じますが──この外骨格は既に支えるものが無いため、いつ崩れるかわかりません。私がお探ししましょう」
非道な行いを重ねてきたとしても、肉親である事に変わりは無い。
そんな彼女に俺がしてあげられるのは、これくらいなものだ。
重そうな見た目とは裏腹に、それらは軽々と持ち上げられた。
キチン質のようにも見えるが、硬さはその比では無い。
「ん? これは──」
不思議な事に、腕の数本が何かを包むように並んでいた。
その中央には──
「少し焼き焦げがあるようですが、何かの袋がありました」
袋が焦げていたのは、メルドラン勢による炎魔法によるものだろう。
あれだけの攻撃を受けたはずなのに、布製の袋は原型を留めている。
「これですね。中身を取り出しても良いでしょうか」
「お願いします」
地面に向け袋を傾ける。
中から出て来たのは、綺麗なガラス玉だった。
ソフィア妃の表情が瞬時に変わる。
「これは!? 私達が弟にあげた……」
ソフィア妃はそれらを一つ一つ、大事に拾い上げた。
まるで──彼との思い出を拾うように。
「こんな気持ちをまだ持っていたというのに、どうして──」
全て拾い上げた彼女は、その宝物をそっと胸に抱いた。
人目も
彼女の願いと悲しみは、
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