虚々実々

 怪物の近くに到着した。

 そこでは所属の分からなかった北西の集団が、近辺の魔物や目の前の怪物と戦いを繰り広げていた。


「ヒース殿、あの鎧はメルドランのものです」

「メルドラン!?」


 しかしその戦いぶりからして、敵の増援というわけでは無さそうだ。


「アイザックが率いていた集団とは関係無さそうですが」

「ええ。そもそもアイザックが率いていたとされる第三騎士団は、今ではもう影も形もありません。彼に最後まで従っていたのは盗賊崩れの連中だけです」


 この地に集結した他の三部隊は、全て俺の危機に応じて集まってくれた人々だ。


(メルドランの軍勢が、俺の危機に援軍を?)


 俺が知る現役のメルドラン人と言えば、ダニエラ王妃とアイザック王子だけ。

 彼らが援軍を寄越すイメージなど全く湧かない。


「今はタイミングが悪そうですね。少し様子見てから合流しましょう」


 メルドランの軍勢は、なかなかに連携の取れた一団だった。

 前衛の兵士達は巨大な盾を掲げ怪物の移動を阻害。

 盾には防護系の魔法が掛けられているようで、鎌による攻撃もなんとかしのげているようだ。


 そしてその間に弓や魔法による攻撃を行っていたのだが──


「ヒースさんのお話通り、矢は全く通りませんね。傷一つ付けられていない」

「ええ。あとは火魔法ですが──」


 火魔法を使える魔術師が複数人いるのも驚きだった。

 これまでトーラシア及びフェンブル各地を旅してきたが、火魔法を使用出来る魔法使いはティネしか見ていない。


「あれは火球ボライドですわね。難易度は3ですが、わたくしの使う難易度4の氷柱アイシクルより強力──なはずなのですが」

「あまり効いていないようだな。外骨格に当たる直前に炎が霧散むさんしてしまっている。単眼の巨人キュクロプス同様、魔法が無力化されるのだろう」


 ここからは遠くてよく見えなかったが、火魔法を唱える魔法使いの中に、一人だけ剣士風の女性を見かけた。


(専任の魔法使いではないのか)


 少し気になり、暫く様子を見る。

 そして彼女の燃えるような赤髪が大きく揺れた瞬間だった。




<クリスティン>




 久々に心に浮かんだあの感覚。


(名前? 俺は彼女を知っているのか!?)


 女性剣士に見覚えは無い。

 彼女は魔法攻撃は効かぬと踏んで、腰の剣を抜き戦線から飛び出す。


 だが驚いた事に、そのには見覚えがあった。


あれは俺のものと同じ、メルドラン剣術師範の証!)


 彼女の動きには一切の迷いが無い。

 かなりの手練れのようだ。


「あの剣士はっ!?」


 セレナが驚きの声を上げる。


「知っているのか?」

「以前カークトンで戦った、ヒース殿を追っていた女性剣士だ」

「あの時の剣士が彼女だったのか」


 その時聞いたのは、セレナを打ち負かす程の剣豪だという話だった。

 確かに目の前の彼女の動きは、明らかに一般兵のものではない。

 カマキリモドキの両腕から繰り出される攻撃を避けつつ、腕や足の節目を正確に当てに行っている。

 しかし攻撃がまともに当たっているのに、怪物には傷一つ付けられていない。


「キュクロプスの時は近接戦でもある程度手ごたえはあったのだが、こいつはちょっと無理そうだな」

「そうだな──この固い外骨格をどうにかしないといけないか」


 怪物の強みや弱点について考えをまとめる。

 女性剣士の動きに余裕があったため、特に手出しはしなかったのだが──


 その余裕が一瞬にして消え失せた。


「あっ!?」


 カマキリモドキは昆虫を模した怪物だ。

 つまり怪物の胸部には三対、手も含め全部で六脚の足がある。


 怪物は器用に真ん中の脚を使い、女性剣士の脇腹に蹴りを入れたのだ。

 不意を突かれ、防御態勢も取れずに飛ばされる女性剣士。




「クリスっ!!」




 彼女の綽名あだなを無意識に叫んでいた。

 防護障壁プロテクションを即座に詠唱する。





── ᛚᚨ ᚲᛖᛗ ᛞᛖ ᛚᚨ ᚣᚨᛈᚱ ᚲᚨᛃ ᛚᚨ ᛢᛚᛞᚨ ᚨᛚ ᛏᛁᛟ ──





 詠唱が完了したのは鎌が振り下ろされる直前だった。

 魔法障壁に鎌が叩きつけられ、大きな音を立てる。


「その声は!? 若様!!」

「いいから早くそこから離れるんだ!」


 さすがに手練れの剣士だけあり、素早く退避行動を取る女性剣士。

 怪物からある程度離れた所で、俺は防護障壁を解除した。


「お助けいただきありがとうございました若様。何処かに身をお隠しになられているものだとばかり思っておりましたが──なぜフェンブルの城塞などに?」


 この様子だと、やはりの知り合いなのだろう。

 だが今はそれを確認している場合では無い。


「事情は後でゆっくり説明させて欲しい。それで、少し相談があるのだが」

「はい若様、なんなりと!」

「貴殿は火柱フレイムの魔法は使えるか?」

「きでん?……はい、使えますが……」

「少し手伝って欲しい事があるんだ」



 現状で思い付く怪物対策はこれしかなかった。



 それは単眼の巨人キュクロプスを倒した際と同じもの。

 酸欠によって敵を窒息させる方法だ。





    ◆  ◇  ◇





「まさか防護障壁プロテクションを破壊するとは──」


 結局、単眼の巨人キュクロプスと同じ方法は通用しなかった。

 あの堅牢な防護障壁が、怪物の強力な鎌で破壊されてしまったのだ。


(どうすればいい……)


 障壁はものの数分で破壊された為、マナが枯渇したわけではない。

 だがもう、同じ時間障壁を維持する程のマナは残っていないだろう。


 女性剣士──やはりクリスティンという名で正しかったようだが──

 彼女のマナも枯渇寸前らしい。

 仲間の兵士からマナ補給を受けながらの詠唱だったが、本職の魔術師で無いというのによくこれだけの時間耐えられたものだと感心する。


 その後彼女は何度か俺に話し掛けようとしていたようだが、結局は複雑な面持ちのまま仲間達の元へ戻って行った。


(すまぬ。邪険にするつもりは無かったのだが──この状況では仕方が無い)


 頭を切り替え、あらゆる対策をひねり出す。


「プリム、銃のほうは?」

「だめです。まだ赤いままで、なにもはんのうしません」

「そうか──」


 頼みの綱の古代兵器も、まだ使用不可なようだ。

 エネルギーパックは一つしか無く、リチャージ可能かどうかも現時点では分からない。


 そこにエリオットからの報告が入る。


「ヒース殿。遠投投石器トレビュシェットの準備が出来たようですので、一時退避願います」

「わかりました」


 エリオットに依頼した兵器のうち、バリスタについては既に試している。

 結果はボルトが弾かれてしまい失敗に終わった。


 あとは今回初稼働するトレビュシェットだが──


 城塞方面からハンドボール大の石塊が飛んでくるのが見えた。

 一投目は、怪物の数メートル後方に落下する。


「飛距離的には十分だが──」

「流石にこの距離では、正確な射出は難しいようですね」


 その後も石塊は敵の近くには着弾するものの、直撃までには至らない。

 一度だけ怪物の正面に石塊が飛んで来た事もあったが、それはえ無くカマキリモドキの鎌によって粉砕されている。


(これも有効打にはならないか)


 幸いだったのは怪物の動きだ。

 おそらく一切負傷などしていないはずなのに、それはなぜか自分の左半身を気にしながらゆっくりと移動していた。

 お陰でこちらも安全な距離を取れるのだが、城塞には確実に近付いている。

 いつまでも時間を掛けるわけには行かない。


(剣も魔法も効かぬし、障壁も壊される。一体どうすれば……)


 そんな中、ニーヴから提案があった。


「あのー、ヒース様。ちょっと思い付いた事があるのですが」

「おお。なんでも大歓迎だぞ」

「呼吸を止めるのでしたら、あの怪物の顔全体を塞いでしまうとかはダメなのですか?」

「うーむ──残念ながら防護障壁プロテクションはある程度の大きさの動物がいる場所には展開されないようなのだ。一度試した事があるのだが、どうしても隙間が生まれてしまう」

「そうでしたか。いい案だと思ったのですけれど……」

「いや。方向性としては間違っていないと思うぞ。ただあの怪物は昆虫を模して造られたようだからな。そもそも口から呼吸しているわけでは──」



(口から呼吸……そうだった!)



「ニーヴありがとう。一つ案が浮かんだ」

「ほ、ほんとうですか!?」

「ああ。君のお陰だ。うまく行くかどうかはまだわからないが、試してみる価値はあるだろう」





    ◇  ◆  ◇





「エリオット団長。攻略にはいくつかの準備が必要です。どれ一つ欠けても成功出来ませんので、どうにかして工面くめんしていただきたい」


 俺はまず、城塞側で必要となるものについて伝えた。


「ええと──それは交渉が必要ですね。加工についてはなんとかなるでしょう。容器についてですが──陶器製の壺ならすぐに準備可能かと思われます」

「壺ですか──確かにある程度固さがあり、しかも壊れ易いというのが良いですね。それで行きましょう! あとは水魔法を使える団員なのですが──」

「魔法を使える団員は他の騎士団に回されてしまうので、うちには治癒魔法を使える者くらいしか在籍していないのです。申し訳ない」

「そうでしたか。うーん、シアとニーヴだけではかなり厳しいな──」


 シュヘイムもミランダも、指揮下の部隊に魔術師はいない。

 アルシアはいまだ、商隊の安全を確保する為戦闘中だ。


(黒鷹騎士団にいないとなると、後は──)


 俺が困っていると見て、エリオットが助け船を出してくれた。


「わたくしがメルドランの部隊に交渉して参りましょう。正式なご挨拶もまだでしたし、これも良い機会ではないかと」

「そうしていただけると有り難いです」


 例のクリスティンという女性剣士が部隊の指揮を執っているようなのだが──


(俺の事情説明とか、ややこしい事になりそうなんだよな)


 そういう意味でもエリオットが気を回してくれて助かった。




 それだけ気遣い出来るなら、貴族社会でもうまく立ち回れると思うのだが。





    ◇  ◇  ◆





「ベァナの第三──管理魔法の難易度を教えてくれないか?」

「つい最近5になりました!」

「そうか、それは非常に助かる」

「何か詠唱するのですか?」

「ああ。実は防護魔法プロテクションの派生魔法を詠唱して欲しいんだ。詳細はこのメモに一通り書いてあるのだが、特に詠唱時のイメージと手の動きについてはしっかり読んでおいてくれ」

「私があれを使うのですか!? マナは持つのでしょうか?」

「トレバーの時ほど長時間キープする必要は無いので、おそらく大丈夫だ。厳しくなるようだったら、俺がマナ供給をするから安心してくれ」

「あっ、あの供給って、あの」


 ベァナは何か勘違いしているようだ。

 幸いな事に仲間達には聞こえていない。


 俺はそれとなく小声で補足する。


「あ、いや。普通のだから、普通の」

「ああっ、そうですよね! 普通のですね!」


 何をもって普通とするかは所説あるが、伝わったようなので問題ない。


 落ち着きを取り戻したベァナに、一つの疑問が浮かんだ。


「そう言えば先程ヒースさんの防護障壁は途中で壊されてしまいましたよね? 障壁の強度は誰でも同じはずですが、私のマナ量であれだけの時間持つかどうか──」

「大丈夫。今度はあの半分程度の時間で終わらせるつもりだ」

「そんな短時間で大丈夫なんですか!?」

「俺の予想が正しければだけど、ね」


 今回の作戦は、元の世界の知識を応用したものである。

 この世界で通用するかどうか。

 現時点では全くもって不明だ。



(だがこの世界の生物に、元の世界との大きな差異は無い)



 つまり相同器官があるなら、それはきっと同じ役割を持つに違いないのだ。


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