友/生命

「お初にお目にかかる。われはアルシア王国第一王子、クロヴィス・アルシウスだ」

「まさか王太子自らがご参戦下さるとは──恐縮至極にございます」

「いやいや、堅苦しいのは辞めにしようではないかエリオット団長。王太子とは言っても吹けば飛ぶような弱小国家。偉そうに振舞ったが故に、目を付けられてしまっては父王にどやされてしまうからな!」


(随分と気さくな王太子だな)


 クロヴィスと名乗る彼は、王子とは言ってもエリオットよりも年齢が一回りは上の、いわば中年に差し掛かかった頃合いの人物だった。

 体系はややぽっちゃりとしていて、このような戦に率先して出向くようなタイプには見えない。


 ただ彼の態度からしても、狙いが魔物に乗じた侵略でない事は確実だ。

 あいさつ代わりにいくつかの話をしたクロヴィスが、この度の参戦の経緯についてエリオットとやり取りする。


「それにしても到着が遅れてすまぬ。なにせ団員数の少ない騎士団故にな──途中で義勇軍と合流したものの、魔物の対処にてこずってしまったのだ」

「とんでもございません王太子殿下。殿下の率いる軍の存在に、我らがどれだけ勇気付けられたことか──」

「そう言ってもらえると、ここまで来た甲斐があったものよの」

「ところでクロヴィス殿下。大変失礼な物言いだとは存じますが、確か貴国の軍は派兵をご辞退されたとお聞きしておりまして──」


 その言葉を聞き、何か思い出した様子のクロヴィス。


「おお、その件じゃ! それで、くだんのヒース殿というのは?」

「わたくしでございますか?」


 気さくに見えても相手は王族だ。

 念のため丁重に対応をする。


「おお、貴殿が! 我がアルシアの救世主!」


(救世主??)


「ええと──一体どういう事でございましょう?」

「我の旧友からな、どうかアコードーヴに向かって欲しいと懇願されてな」

「旧友、ですか」


 アコードーヴに知人がいて、その知人を助けたかったという事だろうか?

 思いついた事を次々話すタイプなようで、ちょっと話が見えない。


「うむ。折角であるし、ここに呼んで参ろう」


 王太子は側付きの者に人を呼びに出した。


「アルシアは長い事、交易面などでフェンブルに優遇してもらっている。だから我は此度の戦いに派兵するよう、なんとか父王を説得をしていたのだ。しかし──」

「フェンブル内部の体制に問題があったと」

「うむ。既に途中まで進軍しておったのだが、そこで本国から派兵中止の連絡が来てな。引き返そうとした我を、必死で留めたのが我の旧友である──」


 そこに先程の側付きが、一人の男を連れて来た。


「彼だ」


 見覚えのあるその風貌──

 それはかつて共に旅をした、



「ベン──」

「ご無沙汰しておりますヒースさん。よくぞご無事で」



 それぞれの事情により、互いに別の道を歩んだ俺達。

 だが彼がいなければ、あのタイミングで村を出る事は無かっただろう。


「ああ。ベンも元気そうで何よりだ」


 そしてそれは、仲間達との出会いに繋がる大切な一歩でもあった。


 それを運命と呼ぶのであれば──

 この再会も、また。



「まさか、こんなに早く再会出来るとは思いませんでしたがね!」

「ああ。俺もだ」



 それは行商を続ける中で刻まれたものなのだろう。

 年輪のようなその皺を、彼は大きくたわませながら微笑むのだった。





    ◆  ◇  ◇





「救世主というのは、そういう事だったのですか」


 アルシアは俺達が下船したフェルコスの、更に東方にある小王国だ。


「はい。元々特産品の何もないアルシアでしたが温暖な気候であるため、菜の花の栽培だけは比較的盛んだったのです。まぁそれくらいしか育たない、貧しい土地という事なのですが──」

「だが、養蜂や石鹸の生産には都合が良い」

「そうなのです。特に菜種油は今まで食用や明かり向けの用途しか無く、しかもその用途ではトレバー産のオリーブ油には全くかないませんでした」

「しかし、その生産方法を直接お教えした記憶は無いのですが──」

「農場のお手伝いをしたお礼に、アーネストさんから教えていただきました」


 おそらくアーネストは、情報を秘匿ひとくし切れないと考えたのだろう。

 であれば早々に情報開示し、業務提携したほうが互いに利がある。


(相変わらず抜け目ないな、彼は)


 クロヴィスが話に合流する。


「実は今回の遠征には商隊も同行しておるのだ。今はまだ到着しておらぬが、商隊の馬車には石鹸もあるだけ積んで来ていてな。折角だから商売していこうと思っておる!」

「それは良いですね。まだそれほど流通していませんし、きっと高く売れるのではないかと」

「がっはは! それもこれもヒース殿のお陰だ。それにその恩人をこうして助けられたのだから、これで商売してもばちが当たる事はなかろうて!」


 彼は見た目通り、軍人気質の王族では無かった。

 商売の話になるととても楽しそうだ。


 ただ、このまま話を続けたい所ではあるのだが──

 こちらにも確認しなければならない事がある。



(南と西で見かけられなかったのであれば、残りは北側)



「すみません。一点お聞きしたい事がござい──」



 フィオンの行方について尋ねようとした時だった。




(この波動は!?)





    ◇  ◆  ◇





「なぁ。なんか随分と魔物の数、減った気がしねぇか?」

「ああ。さっきまで城塞前が魔物で埋め尽くされてたのに──」

「今じゃなんつうか、地肌が見えるくらいスカスカだよな」

「これもう、やべぇんじゃねぇか──」


(逃げたらいいじゃないですか。この陣の外で生き延びられるのでしたら!)


 実際に陣の外に出た者が何人かいたが、全員魔物に食い殺されている。

 ヘルマン自身は認識阻害の魔法があるため問題無いのだが──


(おそらくもうすぐなのですよ! 単なるむくろだったはずの王子の体が、もうこんなにも!)


 彼はジェイドの言付けを忠実に守り、アイザックを観察し続けていた。

 初めは疑心暗鬼であったが、今では興奮を抑えられずにいる。


(彼は死んでいるはずなのですよ? それなのに魔物が傷を負う度に骸は妖しく脈打ち、魔物の命が消える度に少しずつ大きく──)



 そして──その時はやって来た。

 以前よりも更に激しく、禍々しい波動が辺りに伝播でんぱする。



(ついに来ましたかっ!!)



 骸にヒビが入り、その中から出て来たのは──



(なんと──なんと気色の悪い怪物なのでしょう!!)



 それはカマキリに良く似た、黒く巨大な昆虫だった。

 元の体は抜け殻となり、着ていた服などと共に外骨格に貼り付いている。


 昆虫は頭部に鋭い顎を持ち、音を立てながらそれを交差させていた。

 体の両脇からは鎌のような腕が生えており、今はそれをゆっくりと上下に動かしている。


「おっ、おい──こんな魔物、今までいたか!?」

「あ? なん──」


 仲間の呼びかけに振り向いた男は、一撃でその首を刎ねられた。


「やっ、やめっ、あぁぁぁっ!!!」


 呼びかけた本人も逃げようとするが、腰が抜けて動けない。


「このっ、てめぇ! 気色悪いんだよっ!!」


 勇気のある一人のならず者が怪物に剣を打ち付ける。

 しかし外骨格に傷一つ付ける事も出来ず、簡単に弾かれてしまった。


 腰の抜けた男の体を昆虫の大きな鎌が捉える。


「ギャァァァァッ!」


 虫は男を鎌で器用に挟み込むと、そのまま自分の口へと運んだ。

 その様子を見た他の者達が一斉に逃げ出す。


蟷螂カマキリのような、オケラのような……)


 怪物は無理に追いかけようとはせず、襲ってくる者を中心に捕食する。

 しかし逃げ出した他の構成員達は、陣の外に出た途端、他の魔物に命を奪われていった。



(もう──ここまで観察出来れば十分ですよね! どう考えてもヤバイ怪物ですし、コントロールなんて絶対無理でしょうし!)



 ヘルマンは一つ目の任務の完了を確信し、すぐにその場を立ち去った。





    ◇  ◇  ◆





 北西方面から禍々まがまがしい波動が伝わって来る。

 そしてそれに遅れ、魔物や人の悲鳴も聞こえて来た。


「プリム、ここから確認出来るか?」

「あっ、あの──わ、わたしがうった人のからだが、われて──」


 私が撃った人?


「アイザックがどうしたんだ!?」

「なかから、おおきなむしが──ひとを」


 プリムの動揺具合が半端ない。

 これはかなり想定外の事が起きている証拠だ。


「すまんがちょっと銃を借りるぞ──なっ!? なんだ、こいつは!?」


 確かにその場所は、アイザックが立っていた場所だった。

 そこには彼のむくろがあったはずなのだが……



「これは──いや、こんな巨大ななど!?」



 スコープ越しで詳細は分からないが、それは明らかにに見えた。


 シルエット的にはカマキリに近いのだが──体全体が黒光りしている。

 色だけで言えば、各家庭に出没する厄介者。

 一般的に最も忌み嫌われている、あの虫と同じものだ。


(そういえば同じ祖先だったはずだな、あの二つは)


 そのカマキリモドキが、近くにいるならず者風の男たちを捕食している。

 歩く速さはそこそこだったが、鎌のような両手はかなり素早い。

 ならず者たちはカマキリモドキに食われるか、陣の外に逃げて他の魔物に食われるかの二択を迫られていた。


「これはかなりまずそうな雰囲気ですね」

「どういう事ですか?」


 俺はプリムに許可を取り、エリオットに銃を渡した。


「こっ、こんなおぞましい魔物、見た事がありません!」


 一通り確認すると、エリオットはプリムに銃を返却した。


「あれはやはり、ジェイドが召喚した魔物でしょうか?」

「いや、多分違うと思います。召喚には大量のマナと多くの魔術師が必要です。見たところ、彼が普段引き連れている獣人や部下の魔法使いは見当たりません」

「となると、あれが何なのかはわからないと──」


 シアに確認してもらおうかとも思ったが、それはめておいた。

 プリムが動揺するほどの凄惨せいさんな光景だ。

 たとえセレナであっても、平静を保つのは難しいだろう。


「少しずつ城塞に向かっているようですが、あの速度だと北西方面の集団が先に怪物と交戦する事になると思います。エリオット団長、どうなされますか?」


 この戦場の指揮官はエリオットだ。

 自らの軍をもって対処するのも、見知らぬ援軍をおとりにして静観するのも、全ては彼次第。


 エリオットは少し考えた後、こう切り出した。


「すみませんヒース殿。あの怪物の討伐を手伝って頂けませんか? あのような未知の魔物に対処出来る人物など、今の私では貴殿以外に誰も思い浮かびません。私はどんな形であれ、我々に味方してくれる人々に被害が及んで欲しくないのです」


 俺が頼まれたら断れない人間だという事を知っていたのだろうか?


(でもまぁ……言われなくてもそうするつもりだったしな)


「わかりました。ですが、あくまで慎重に進めさせていただきます」

「ありがとうございます!」

「おそらく普通の攻撃はまず効き目がないでしょう。一般兵は絶対に手出しをするなと周知していただけませんか」

「そうですね。団員に徹底させましょう」

「それと、その件でいくつか手配していただきたいのですが──」


 俺はエリオットにいくつかの兵器や物資の準備を依頼した。

 内容を把握したエリオットが、城塞に伝令を走らせる。


「それじゃみんな。毎度の事ですまないが、もう少しだけ付き合ってくれ。見た感じ、今度の相手も相当手強いと思う。気を抜くなよ?」


 仲間達を確認する。

 当然だとは思うが、皆その表情は厳しい。


 今までの魔物と違い、どういう経緯で出現した魔物なのかが不明なのだ。


(プリムによると『体が割れて』出て来たという話だが)


 俺の印象で最も近いと感じたのは寄生生物だ。

 この世界にも寄生木ヤドリギや線虫・回虫等、様々な寄生生物が存在する。


 だが人に寄生するタイプの魔物はどの文献にも書かれていなかったし、ここにいる誰もが知らないようだ。

 つまりこれは自然界に存在するものではなく、人為的に作られたものである可能性が高い。


(だが例え人為的に作られたとしても、あれもれっきとした生物)


 魔法と言う摩訶不思議な存在はあるものの、ここはゲームや小説にありがちな荒唐無稽な世界ではない。


 地形、気候、生態系。

 そのどれもが、ほぼ元の地球と変わらぬ関係を保っている。


 そして個々の生物達。

 それらの全てが自然の摂理に従って生を営んでいるのだ。



 生があるのなら、そこには必ず死も存在する。


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