非代替性たかし

ハギワラシンジ

第1話

たかし たかし かしこくないっ

陰キャ 無能で 代えやすいっ

(しっと深くて プライド高いっ

せいぜい 代替性 たかし?)


……………………………………………………………………、


 うっひょっ!!!

 昨日、適当に出品したNFT「チンフォマニア」がバチクソ売れてマスやん!!! イキッて10ETHつけたったけど、まさか売れっとはなぁ! えらいこっちゃえらいこっちゃやでえ。おれのTAKASHIをTAKASHIだって分からないように加工してアートっぽくしただけなんだけどなあ。カラフルなモザイクかければあっという間にアートじゃい。はー、こんなことならもっと出品しときゃよかった。すごいやん、おれのTAKASHI、やるやん。Non Fungible Timpo。リアルじゃしなしなぽんだけど、こっちなら無双やで。このままNFTマーケットをファックしたれやっ。あー、きもち。まじきぼち。快感だわ。おれの劣等がこーんな価値付いてよーーーーッ。


 この10ETHどうすっかな。ええっと、日本円換算だと……300万!!! さんびゃくまぁぁぁん!!! うっひょん、うっひょん! やばいやん、やばたに円やん。イッパツで奨学金返せるわ。いやそれよりもDefiに預けて利息生活か? むふふはぁーっ、夢が広がるでえ。 


 流れ星。

 

 んあっ。流れ星や。綺麗やなぁ。窓から見る景色は綺麗や。外から見る分にはいいんだけどにゃあ。


 そうや、記念にわしもNFTアート買っとこ。1ETHくらい構わんやろ。これは天啓や。われ天啓を得たり、きらり。にゅへへ。今は金持ちもっちだからなあ。経済回すぜ。うーんとこしょ、どれがええかなあ……。カーソルこりこり、マウスぽちぽち。ほんほん、どれもピンとこんなあ。……んおっ、これええやん。


「タメタタエクディサ」


 画面上に機械と植物が合わさった、おぞましいオブジェ。球根らしき瘤から鮮やかなコードやケーブルが生え、先端には花弁と葉で顔のようなものがかたどられている。葉脈が蠢き、今にも動き出しそうでいて、何かに押さえつけられているような……。本能的に何かに反しているように見えた。


 ほーん、所有権、著作権すべて譲ってくれるんか。ええやん。で、お値段は1ETHぽっきりか。まあ、いいわ。手を打ったる。なんてたってわしは今、金持ちんちんだからなぁーっ。ていうか微妙に画像動いてるけど、こんなもん? なんかちょいグロやな。GIFか? まあええか。微グロ中尉に、敬礼! ぽち。


 BUY。


 よっしゃこれでこの……なんやっけ、タメタタエクディサ? とかいうNFTはわしのもんや。非代替性の替えの利かないおれだけの、や。NFTってのはサイン入りの野球グローブを電子上でやりとりするようなもんやからな。しかもふーむ、NFTなんてどないやねんって思っとったけど、ええもんやん。なんつーか、ちょいキモイけど愛着が沸くわ。意外とな。これは絶対におれのものっていうのが分かるとなんか安心するんやなぁ。ええやん。植物っぽいし、水でもあげようかにゃ。にゃんつってにゃ。にゃにゃにゃ、もうこんな時間にゃ。寝るにゃ、お休みぷぅ。


 わいのおれのわしのさんびゃくまん……わいのもんや……ぼくだけの10ETH……だれにもやらん……。


 ほんで朝や。クソみたいな朝やで。そら労働ちゃんがわいをお迎えするからや。行きたくねぇーっ、会社いきたくねーっ。でも行かなあかんのよ。今日はたまたま行かなあかんのよ。もう今月は既に四回休んでるからな。腰痛やぞ。クソ営業がプレッシャーかけてきやがる。腰痛なんだから好きに休ませろや、ていうか無理。ひとがむり。合わんて。おれは労働合わんて。いや、わかるよ、そういうのが通用しないってのは。なんてたって社会だからなここは。甘えって言われるからな。せやけど、代えられるから、わし。がんばっても代えられちゃうから。なえるて。なえぽよ侍、弱りて候。拙者の名はつらたにえんぴえんもん。天井眺めてしこしこ、画面みてピコピコ、何か見つめて過ごすのが性に合っているんや。シーリング・ゲイザーってやつや、なんやかっこええなぁ。って、はんなり弁おんなのこに言われたっ。そんな風に言われたーっい!


 おろ、PC立ち上がってら。なんかアップデートあったかな。エクたんのページが出っぱなしや。ん、「専用ウォレットをダウンロードしてください」? こんな注意書きあったかな。あやしいな。まあええか。このマーケットプレイス、大手っぽいし。セキュリティもしっかりしてるやろ。ぽちー。ぬおっ、かなり重いな。おもおもーん。けっこうかかりそうや。ま、ぼくこれからかいしゃいくからかんけいないんですけどね。


 ヨーグルトくお。オートミールも。わしけっこう好きなのよ。ぐちゃぐちゃしてるのが、なんか安心するのよ。


 バスに乗る。バスは嫌いや。世の中の乗り物の中で一番BAD入ってるで。四角いし、めっちゃ酔うわい。スマホみてるとなお酔うし。なんもできんやん。窓の外を見る。ツバメがうんこしてる。おはよう小鳥さん。ガーッ。それにバス言うほど速くないし。自転車で行った方が速いときあるしな。今日は雨やからバス、ファッキンバス、オーッファックファック、ベリーソーシット。で次は電車に。電車はまあまあ。電車はなんか酔わん。でもめっちゃきっつい。せっまい。鳥小屋かワレ。われわれは鶏か? 鶏だって自由にコケコッコしよるわい。虚仮にしよってからミティペイン。とくにどいひなのは顔よ。乗客のおかお。みぃーんな、しにかけのぶたさんみたいや。これからみんなで屠殺場おちごとちにいくからな。本能がキョヒしてるんよ。わかぁるわかるよきみのきもち。肉屋に媚びなきゃいかんし、自分の値段をエクセルに叩きこんで、得られる居場所はスカスカの椅子。すぐ移動できる机。電車の窓が半空きでぜんぜん涼しくないやんけ。もう秋なのにますますアツイぜぇ?



「何ぶつぶつ言ってるんですか?」

「あ、……えと、あしぁーす……」


 くそが。なんやねん。日本語に決まってるがな。音節しっかり見定めろや。その曇り切ったまなこでなぁーっ。


「只野さん、少し他の人より遅れているんでしっかり覚えてくださいね。あと分からないことあったらしっかり質問してください。私、言いましたからね。この前みたいに質問しないで、いざその時になってあたふたするのはやめてくださいね」

「ぃっす」


 しっかりを二度繰り返すな日本語下手なんか。お前質問すると冷めきった眼でおれを見るだろうが。お前そんなに代えがきく立場になれて嬉しいんか? そんなにその椅子が誇らしいんか? わしは羨ましい。うらやましいにきまっとるやん。金もろて、自信もついて、親にも友達にも大きい顔できる。くそっ。なんやねん、おれだって仕事できれば苦労しないって。


 昼はラーメンをくう。これしかない。都内に出る楽しみはこれしかないといっても過言の滝。今日は濃厚煮干ラーメンにぼ無双さんにおじゃましま~す! まずは食券機左上の法則で、ハイッ、ノーマル煮干ラーメンをプッシュ! 店内カウンター六席、待ちはおじリーマンちらほらってことで、着席でぇす! 丸太テイストの堅い椅子のせいで腰がイタイな~っと思いながら待っていると、煮干ラーメンが着丼! かぐわしい香りと、ヘビードロンジョのどろ系スープが食欲を引き立てるぞってことで、いただきまぁーす! ニボーン! 口に入れたとたん煮干スメルが爆発して、俺好みのものーっ。セメントどアッシュ色スープはニボニボ感満載でぇす! すかさず麺をリフトして一気に啜るーっ! カタクチィーッ! パツパツ低加水の細ストレート麺がしっかりスープを持ち上げて、至福のひとときが口内に押し寄せまぁす! トッピングのレアチャーシュはジューシー、海苔の磯感も堪能して、無事KK、完食完飲でぇす! 大変美味しく啜れました! よくできました。もう帰ってよくない? ちゃんと啜れたんだから、もうそれでよくない?


「せ、セル内で改行するってどうするんでしたっけ、け……」

「それ、前教えましたよね。ていうか調べてくださいよ、そんなこと、わかるでしょ」

「っすね。ぁはは」

「あと、もっとハキハキ喋って下さい」

 無理に決まっとるだろうが。ふざけんな。お前が受容しろよ。俺は自分に自信が無いんだっつーの。もっとよぉーっ。受容せんかい、おれを。わしはいつでも代替されるんやで? そら、あんたには分からんだろうけどなぁ。あんたは代えられても、また別の誰かと取って代われるって自信があるかもなんだろうけどよ。わしにはないんや、そんなもの、おかあさんの子宮の中に置いてきたわ。


 天井を見る。おれなんなんだろうな。たのしいか? たのしいわきゃないわい。でもこんなもんど。こんな、もーん。わしの人生、代替性たっぷりのシュークリーム。ふわふわ。このまま何も思わずにー、会社と分かち合うだけーっ。9:1で会社が取っていきます。ぼくの自尊心と人生。残るのはやるせなさとノンフィクション。つらみ現実百万石。


 おうちとうちゃーく! ああっぁん! ぺろぺろ、おうちぺろぺろ! 会いたかったよぉ! ひへい。

 ゲームしよ、ゲーム。やってられんし。原神プレイしようっと。稲妻編神やわ。ちゅっちゅっ。雷電将軍ちゃんめちゃかわやん。宵宮姉ちゃんのヨイミースマイル元気貰える癒される、あーん、キューティパワースポットじゃい。神里さんと友達になりてぇーす。会社にもいたらなーっ。ていうか周りにこんな子たち、いたらな。そしたらわいの人生も少しは意味が生まれるんやろか。人に自慢できるものになるんだろうか。

 わいのキャラたちも課金してリソースつぎ込んで同じ時間を過ごしたキャラたちも、いつかは何の価値もなくなるんやなっって。思うんすよ。サービス終了して、元通り。おれには何も残らない。なんでそんなことすんだよ。わいともっと一緒にいてくれてええやん。かわいそうだと思わんの? もし、全てがNFTだったらなあ。そう思うんすよ。まー、モウソウやで? やべ、腰いてーわ。湿布貼ろ。NFTのキャラを持っていたら、そのキャラにとってわしもNFTやん? 非代替やん? 素敵やん? そう思わん? 売らない限り、ずっとわしの側で、非代替で在り続けてくれる。


 ま、わしにはエクたんがおるとろす。画面内にいるるえり。おらん。

 おらん。えっ、どゆこと。マーケットプレイスのページ内に表示されていたはずのタメタタエクディサがそっくりそのまま消えている。真っ白なページがわしの目に焼き付く。しばらく呆然とした。どゆこと?


「そこの人間、乃公を見よ」


 ……は? なに、何の声? ていうか声? 頭に直接響いた。こわっ。ファミチキ? Lチキ? 知己? こわっ、え、なにこれ。何が起きてんの。辺りをきょろきょろ見渡しても誰もいない。窓の外にも誰もいない。ツバメが飛んでいる。


「馬鹿者。この貧相な端末の中だ。ウォレットを見ろ」


 なん? あたまがかゆい。声が響く。

 なんなん。どゆこと、ウォレットって、あ、今朝ダウンロードした、エクたん専用のウォレットか。NFTを保存するためのソフト。わしは最小化されていたウォレットをぽちる。


 んおっ。んんんんんんんっおっ! 画面ドアップ。

 なんかでてきた、え、微グロアートが動いとる。エクたんが、ウォレットの中で動いてる。


「人間よ、名を訊こうではないか」

「た、只野たかしですけど、ぉ……」


 エクたんは画面の中で機械の触手をにょろにょろ動かしながら、尊大な口調で言い放った。


「たかし、そうか。ふん、くだらん名前だ。しかし、よくやった。乃公は、唯なる一に潜むもの、唯一を司どるタメタタエクディサ。外宇宙より飛来した旧支配者である」


 きゅうしはいしゃってなんや……、クトゥルフ的なやつやろか……。

 なんも。

 なんも。

 わからん。わからんち。なんやこれ。NFTが話しとる。おれも話せとる。なんで? なにがどうなっとんの。でもなんか。でもなんか。こわいけど、なんか少しだけ、ワクワク、しとるかもしれん。少しだけや。ほんのすこし。


「これからおまえは特別になる」


 にょろにょろ。にょろにょろやめーや。なんかきもいわ。きめーけど、その声はホンモンに聞こえた。



 エクたんことタメタタエクディサは、NFTという形でわしのウォレットに住み着いた。なんか、支配者同士の争いに負けて銀河系を敗走してたらしい。なんかかっけぇな、と思って話を訊いていくと、エクたんアホやった。外宇宙ってところには支配者っていうカミサマ? みたいのがいくらかおって、協調路線を取ってた。でもエクたんは唯一を司る(笑)支配者やから、協調路線に我慢できなかったと。それで各支配者を尊大な口調で煽り散らして、敵を作りまくって、挙句の果てに全員にフルボッコにされたらしい。泣きながら銀河を彷徨うエクたん萌え……ない。微グロキモマッシィーン植物だからなあ。そんで、力も失いぼろぼろなエクたんは一縷の望みを託して地球に辿り着いた。それが昨日や。いやまあ理解はできたけど納得はしとらんれすとらん。なんでNFTに? YOUは何しにNFTへ?


「乃公は唯一、非代替を司り、不変を願われた支配者ぞ。その乃公にもっとも合う依り代を探していたら、この地球とかいう辺境の、NFTという概念が乃公の支配者ネットワークによって感知されたのだ」


 そこで、潜り込んだという訳である。とエクたんはキメ顔で言った。顔なんてないけど。キメ触手やな。ていうか支配者ネットワークは絶妙ダサいわ。それでも、なんか適当に探した概念を通して生命体がデータそのものになるって、めちゃくちゃやな。さすがカミサマ、いや旧支配者か。こう、モニター越しに見ているから、微グロアバターと話している気にしかならんけど、実際はマジヤバ超存在なんだろな。


「で、わいがちょうど買ったと」


「そうだ。しかしまさかこのような塵芥に等しき端末、PCと言ったか? そんなものに支配者たる乃公が潜伏せねばならんとはな。まあこれも一興か。よもや超存在たる乃公が灰燼にも劣る端末に潜んでいるとは奴らも思うまい。そう考えれば、前向きにとらえることもできる」


 ディスりぱないの。塵芥とかごっつ傷つくんですけど。ひどくない? わいはここから世界を知ったんやで。性なるPCやぞ。FANZAもDLsiteも見れるんやぞ。


「まあよい。たかし、乃公の忠実なる所有者、矮小にして卑近なる人間よ。その身は粗野で下等、劣等意識と自己否定に苛まれながら世界を憎み、しかしその世界に従属したいと願う愚かな存在。肯定してやろう。乃公に仕え、眷族になるのだ。その身を捧げ、尽くすというのであれば。乃公は貴様から憎き代替性を取り払ってやろう。貴様を何にも代えることのできない存在にしてやろうではないか」


 んな。んな。んな。

 どうですの、これ。

 どうなん。

 わからんよ。ていうかめっちゃディスるや~ん。

 不思議といやな気持じゃない。本当のことや。

 なんですの~、この展開。

 代えられるのが悔しいと思ったら、特別にしたるって。

 なんですの~。悩みますやんか~。


「たかし?」


 あれ、エクたん、もしかして不安なんやろか。そらそうか。ここで断られたらエクたんもいろいろきついのかもしれん。後がないわけだしな。尊大に見えるけど、内心ビックビクなのかも。あれ、もしかしてわし優位? おろ、優越感感じてきた。まてまていかんよ、いかん。そういうのはあかん。さっきエクたんが言ってたやないか。わいは愚かや。この年まで逃げてきた。就活しないで新卒カードどぶに捨てて、でも自分はできるって思いながら過ごしてきた。そうして今のワイがおる。ここやないの? ここが重要なポイントやないの? ポイントオブノーリターンってやつやないの? 考えろ。このままPCをそっ閉じして電源を切る。そのまましこって朝を迎え、新しいPCを買う。全部忘れてラーメン食う。


 そしてまた誰かに代わられる。


 なんやねん、誰やねん、おれに囁くのは。ツバメか。窓の外の、てめえか。さっきから。おれに話しかけるのはお前か。俺のことが分かってるんか。誰よりもか。その目をワイに向けるんやない。やめや。その目がワイを代えるんや。その目は嫌いや。自由に飛ぶ目はワイを堕とす。おれが何をしたって言うんや。生きていたんだ。それだけだ。だからこれからも生きるんやで、なんやかんたんなことやないの。


 いいよ。


 わいはエクたんの眷族になった。特に儀式はなかった。わいが望みエクたんが受け入れた。その逆も同時に行われた。不思議と安心した。これって契約なのかも。取り交わして、結びつく。それって特別で代えがたいことなのかも。ツバメがわいを見てる。そして絶望することになるのかも。


 

 エクたんは手始めにわいのPCを掌握した。すべてや。えちえち画像、FANZA内の同人誌もすべて知られてもうた。いやん。


「Bybit、Binance、コインチェック、ビットバンク、ビットフライヤー……」


 え、え、エクたん、なにしてますの。それ、取引所のアカウント……。


「資金を調達する」


 目まぐるしく変わる画面。わいはウィンドウ切り替えスキルだけはあるけど、その百倍くらいの速度で、画面が最小化、最大化していって、何かが成されていく。


「オアッ」


 わ、わいのウォレット内の9ETHがぜんぶすっからかんや! ぜんぶ取引所に送金されとる。


「え、えくたん、なにしてるの」


「やかましいわ。失せろ。すべて乃公に委ねよ」


 ぴえん。ひどすぎ。なくわこんなん。泣いていいですかーっ。横暴やで、さんびゃくまぁぁぁん!!! やで? ジンバブエドルやないで? NIPPON円なんすけど。


「何もかもが足りぬ。資材、資金、有能な眷族。無能たるたかしよ、貴様には期待しておらぬ。が、乃公の眷族になったことは後悔させん。貴様は伏して待つがよい」


 堂々で尊大な態度。

 あれ、なんか気持ちいい……。なにこのきもち。こんな横暴されてるのに、許せちゃうぅ。エクたん自信ありすぎてれす。


 あ、会社に行く時間や。ん、なんかすっきりしてる。いつもならこの時間はぶるぶるブルーなお気持ちで過ごしてたんだけど。


「会社行ってくるよエクたん」


「さっさと行け。無能なりに幾ばくかの資金を稼いでこい」


 がたん、ぴえん。

 お、おかしいな~。なんかすっきり会社行けちゃうんですけど、なんですのん? 釈然としないわぁ。お空は晴れ空。


…………


……



 っひゃぁ! つっかれたぁ! でも悪い気分やなぁーい!

 エクセルぽちってきたで、今日もなぁーっ。ただ、今日はそれだけやないで、ワードとパワポもポチってきたって言うから驚き桃の木晶子忌や! なーんか、妙に集中できちゃったりしてな、捗ったんよ、いつもわいをいびってくる上司も褒めてくれた。あんなムカつく代替人間に、褒められただけで、こんなクルッとしてしまうんや。わしはほんまチョロい。でも、見直しましたって言ってくれたし。そんなこと普通言ってくれる? あの人も実はええ人やったんやなあ。決めつけてたわいが悪いわ。わいの悪い癖やな。直さんと、修正していかんと。たまにはクソ親に仕送りでもすっかな。子供だし、そんくらいしてもいいかもしれんな。あーっ、昼飯は牛丼並盛にサラダつけて健康的に過ごしたし、なんか、あたし完璧? じゃね?


 ふんふーん、あたし完璧。上機嫌、上弦の月、うぉぉぉ~おおおう。ぉぉーーん~。じゃっしゃっ、しゃーっい。おっしごと、おっしごと。


 あっしゃしゃっ、あ……、やっぱ、エクたんは、おる。まあそらそうや。今朝あったんだから、まだおるて。いや、いなくなれーって思ってる訳じゃないよ。でもなんか、うん。まあ、そらそうやな。しゃーない。しゃーないは失礼か。すまぬい。


「たかし、明日から仕事に行くな」


「エクたん~そういうわけにもいかないよ~社会人はちゃんと毎朝起きて働いて出勤してお昼にサラダと牛丼食べる生き物なんだよ~パイ生地~」


「すでに退職代行を頼んでいる。明日以降はさらに乃公に尽くしてもらうぞ」


 えー

 早急のファフナ~

 性急ぉ~


 は? まじ? まじなん?


「貴様のETHを元手に資金を調達した。貴様の生涯賃金くらいはあるから文句は無かろう」


 エクたんが触手をうねうね動かして、僕にウォレット残高を見せてきた。BTC、ETH、XRP、DOT、ADA、SOL、USDTの合計。いちおくえん。


 おいつかん。なんどみてもいちおくえん。わいのさんびゃくまぁぁぁん!!!が、ただのいちおくえん。になっていた。


「貴様がいない間に、この星の技術は把握した。ふん。原始的な取引だ。人類はまだこんなものに頼っているのだな。乃公がきちんと支配してやらねばならぬ。よいかたかしよ。貴様は我が眷族筆頭として周りに立場を示すもの。奉録はたっぷり弾んでやるとも。その代わり励むのだぞ」


 わいはゆっくり立ち上がり、ティファールに水を注ぎ沸かす。その間に冷蔵庫から長ネギを取り出し、半分ほど刻んだ。鍋に沸騰したお湯とポロイチ味噌を投入する。煮ている時、麺はほぐさない。二分経ったところで、刻みネギと溶き卵を回し入れる。少しかき混ぜて卵に熱を通し頂いた。いちおくえん。の味はしない。さんびゃくまぁぁぁん!!!の味もしない。ポロイチ味噌の味。何も変わらない。わいは歯を磨いて、特に奥歯を磨いて、布団を被って寝た。



 エクたん、エクたん、おうちに変な機械がたくさん届いたよ。あと種。いやわしの子種やないよーっ。植物のタネ。ダネフシェッ。それになぁにこれぇ。ストレージ? よく分かんないケーブル、鉄屑、とにかくたくさん。床抜けちゃうんだけど。会社から電話はこない。待ったけど。


「まずそのケーブルをUSBポートに繋げ」


 わーた、わあたよ、ったく、やれやれだぜ。わいったらお人好し、なんでもかんでもやってあげるなんて、えらいわね。お兄さんだね。ほいほぉい、つないだわん、そしたら今度はどうすんの? 朝顔の日記でもつければええの。あ、タコ足配線にするのね。オクトパス・ケーブラーちゃんにせっとしてと、にゃお、え、まだ足りないの。どんだけ繋げるの。これじゃオクトパスってかクラーケンやん、めっちゃケーブル挿すやん自分。こんな繋げて我が家の電気は大丈夫か? 大丈夫だ、問題ない。問題あるわぼけぇ誰が電気代払うとおもてんねん……、あ、いちおくえん。あるんやった、なら大丈夫か、すんまそん。で、最後は、え、この鉄屑を集めて……。


 わぁあ~

 できた~

 めっちゃ疲れた。つかれたす。

 ケーブル配線って地味だけどすっごい労力って感じ。つらか~


「よし、ではたかし、眷族として役目を果たしてもらうぞ」


 なに? お役目ですか? ま~やれる限りやりますけどえなになになにこのケーブルえめちゃ動いとるなんでえ怖どうしてえめっちゃうねっとるし動いてるしえちょ来るなよるな触れるなしからだにケーブルがまとわりついてえ凄い力ふりほどけないえちょちょお脱がすななにこれやめーやなにがしたいんやいやあかんてそこはやばいてあかん拘束されてる役目てなにえちょしゅっしゅおいなにしてんのそれはどゆことやくめてなにしゅっしゅケーブルが絡みよるまとわりついてあかんきぼちいやそんなことしゅっしゅいややなんでこんなおかしいよおれがこんな情けないひどいしゅっしゅやめやめしゅっしゅ、しゅ。あっ。


「ふむ。一回でこの程度か。足りぬな。まだまだ付き合ってもらうぞ。乃公のために身を捧げるのだ、すべて」


 

 ちゅんちゅんちゅん。朝ちゅんちゅん。おはよう小鳥さん、ガーッ。

 体怠い。

 だるおも。べた。

 からだがべたべたする。

 コードにケーブルが散乱してその上でわいは寝ている。


「起きたか、脆弱なる眷族よ」

 

 エクたんの声がする。でも脳内じゃない。もっと近い。まるで耳元のような。


「貴様の薄い遺伝子のせいで時間がかかったわ。劣種め。だがいい。これでまずは一つ」


 ぼやける視界で声の方を見ると、人が立っていた。いや、違う。よくみるとそんなものじゃない。もっとおぞましくて何かに反しているものだ。鉄くずと植物で構成された身体。


「え、エクたんですか」


「左様。唯なる一に潜むもの、タメタタエクディサ、眷族の種を宿し現世に顕現せり。この星の機械と植物も悪くない。思ったよりも楽に受肉できた。たかしよ、今はそこで休むがいい。乃公にはやることがある。回復したら。またやるぞ。業腹だが、貴様は眷族筆頭。代えは無い。ひり出してもらうぞ。精の付くものを喰らっておけ。糧食は注文しておいたからその内届くだろう。貴様が応対せよ。乃公を煩わせるなよ」


 ひりひりすりゅ。さきっちょが。ケーブルにかんされたんところが、ぴりぴりする。

 受肉エクたんはどっかり座り込むと、PCの前でかたかたかったんし始めた。

 ま、またやるんですかい。だんな、それはちょっとからだがもたねーっっていうか、そんなひりだせないっていうか。

 ていうかこれわしの初競り、落札されちゃったってことなん? こんな形で初ガツオでしゅか。おはちゅにおめにかかりゅ、我が名はたかし、いでんしうすし。いでんしうすしはひどない? 千変ひどない。ネットでいったら大炎上ですよ。フォロワーみんな怒るよ。やめなよ。あUber来た。はや。この地域ブーストかかってんのかな。エクたん服来て服。ボディがマシーナリーすぎりゅ。配達員びっくりしちゃうよ、あ、あざーす。がっつりラーメンじゃねえか。エクたんラーメンすきなのかな。あ、おれが作ってたの見てたのか。にしてもラーメンか。とんでもねえ、待ってたんだ。かったんエクたん、ぴくりともこん。ボディラインが微妙に曲線を描いているから、雌型なのやも。性別なんて無さそうだけど。よく見ると体表がぞわぞわ蠢いている。うえ、微グロ。でもこれ都度再構成しているってことか。君は何を目指しているのよ。ポケモンマスターか? でも代えがいないなら、いいかな。それって何にも勝ることだよね。きっと。


 お仕事せん。ひまや。いざこうなってみると暇や。何日経ったんやろ。スマホ見たら一週間くらいやった。なんかこう、さすがに体動かしたくなってくる。あんんま動かんと、腰とか肩こりもきつくなってくるし。あんなに毎日ニート生活を渇望してなのになぁ。よもやよもやだ。ちなみに外に出ようとするとエクたんがキレる。筆頭眷族は常に側にいないといけないらしい。束縛系支配者やった。めんど。めんどすぎうち。つらみれすとらん経営不振。でも、実質わいエクたんのヒモやからなんも言えん。あとなんか最近外から音が聞こえるのよね。工事っぽい音。けっこう大きいけど。このクソ古アパート、やっと改装するようになったんやろか。

 そう言えば、あのいちおくえん。本当に使えるか、ビッフラに送金して円に換えてみたんやけど、まじでできたわ。口座の額が一気に四桁くらい跳ね上がってわろたにえん。いやまじでわろうしかない。現金で見れないのは残念だけど、しゃーない。

 んで、ふと思い立って、クソ親に仕送りしてみた。親にエクたんのことは伏せて、儲かったことを伝えてさ。そしたらあいつら目の色変えて、涙流して感謝してきやがった。びびったわ。いきなりLINEから鬼電きて出たらビデオ電話やったし、母親は嗚咽してきもちわりいし、父親は「お前もがんばったんだな」と目をはらして言ってきやがった。たかし、たかし、よくやった。おまえはすごい、よくやった。できる子だと思っていた。ずっと信じていた。他の子よりずっと頭がいいんだ、やっと立派になってくれたのね。イチバンになってくれたのね。おかあさん、嬉しいわ。今度お寿司食べに行きましょう、ね、おとうさん。いいな、息子が立派になったら奢りたいと思っていた寿司屋があるんだ。くそ、きもちわりい。なんやねんこれ。くそがっ。くそがーーーっ。気持ちえーぞ。気持ちええな。こんなに良かったんだ。こんな気持ちか。そうやな、実質自分で稼いだようなもんかもしれんな。たはは、はーっ、ええやん。そういうことや。わいは親孝行もんや。


「たかし。このNFTはお前が作ったものだな?」


 エクたんがPCを見せてくる。エクたんは最近、すっかり人間ぽくなった。お肌はメタリックのままだし、髪の毛は銅線だし、サイボーグ感パないけど。ただ、手がシリコン製になって、他も、柔らかいところが増えて、なんかこう、ま、そういうことや。言わせんなや恥ずかしい。察したまえ。目を閉じれば億千のパスタお前。


 で、なんだっけ。あ、NFTかなついなぁ。そんな前のことじゃないけど妙に懐かしく思える。


「そうだよ。エクたん、それがどうかしたの」


「次の段階に必要でな、先ほど買い戻した」


 おお、そうなん。何か嬉しいな。でも何に使うんや。

 エクたんはそう言ってわいのお古シャツとズボンを脱ぐ。きゃっ、大胆。いやん。わいも脱ぎますか。段階、経ちゃいますか。何するか知らんけど。


 EKむUくTりAN。


 え、いや、なんですの。むくりて。そらあんた、EKUTANのEKUTANがむくりって、キツリツしてるんやけど。

 は? えええええええちょとまちょとまてそんなもんいつはやしたんすか、えもしかして最初からスカ。創世のエクたんでスカ。おとこのこやったん。ふ、ふくざつやーっ。いやでもいやでも、どうすりゃええのん。い、いや、う、うけいれまっせ、どんなエクたんでもわいはエクたんのエクたんうけいれまっせ、どないしよ、どう扱えばええんや、テンガ注文した方がええんか。


「見てるがいい」


 エクたんはPCにNFT「チンフォマニア」を表示させ、画面を掴むと、立派なEKUTANを押し当て始めた。


 ずぶぶ。


 EKUTANが画面にのめり込んでいく。


 いや、のめり込んでいる場合ちゃいまっせ。壊れる壊れる! わいのPCこわれちゃあああう! やめて、PCのHPはもうゼロとかそんなレベルじゃなくて物理的に無理やて、とち狂ったニュートンかい、やめややめや、FANZA見れなくなるぅ! あ、触手で妨害しないで力つよっ。うぎぎ。


「邪魔をするなたかし。これからお前のNFTを孕ませる。子を作るのだ。孤児たち(オーファン)をな」


 エクたんはギシギシとPCを前後に動かし、EKUTANを乱暴に動かす。モニターの後ろにEKUTANが貫通した様子は無い。物理法則が無視されている。接している液晶から光の粒子が零れ落ち、境界線が輝いてぼやける。唐突に、エクたんが腰を引いて震えた。EKUTANが波打ち、何かが注ぎ込まれる。わいの「チンフォマニア」はそれを無抵抗に受け止める。爆発的に、光の奔流が迸った。エクたんは後ろに吹き飛ばされ、尻もちを着く。EKUTANが引き抜かれた瞬間に、液状の光部屋中に飛び散って、宙を漂った。エクたんは天井を仰ぎ、息が荒い。そんなエクたんを気にかける余裕もなく。僕は画面に見入ってしまう。蠢き、光がとめどなく交錯し、溢れ、チンフォマニアがバラバラになった。細分化され跡形もなく、ドット単位で分裂していく。NFT価格のところが猛烈な勢いでぐるぐる回る。やがてスピードが落ち、価格が落ち着くとチンフォマニアは再構成された。羽の生えた、小さな機械仕掛けの子ども……。それが無数に、何百もの数が画面の中を飛び回り始めた。


 ORPHAN


 彼らは何か歌っているようだった。音質の悪いPCのスピーカーから旋律が聞こえる。漂う光の粒子が調べに合わせて交錯する。オーファンたちはお互いを認識し、認め合っていた。無邪気に、生を悦び、謳歌していた。


「介抱せよ」


 エクたんが小さい声で言う。僕は慌ててタオルを持ってきて液状の光を拭く。


「見たか、たかしよ。これが我らのオーファンよ」


 僕に拭かれるままのエクたんは、愛おしげな表情でオーファンたちを見つめる。


「この子らは乃公と貴様のNFT。データ上の生命体。哀れな孤児たち。これらを今ネットに解き放った。子らはNFTとして落札され、ウォレットに保管される。子らは乃公のように所有者に干渉することができる。乃公ほど強力ではないが、双方の間に契りを交わせる。非代替の契約を。脆惰にて怠弱な人類を魅了するだろう。所有者は身を尽くし、存在を捧げ、非代替を得る。何にも代わることのない存在。人類は皆、NFTになる」


 何かを言おうとしたけど、口に力が入らなかった。なぜだろう。もっと饒舌に語れたはずなのに。歌だけが聞こえる。音質の悪いスピーカーから、とめどなく溢れてくる。


たかし たかし かしこくないっ

陰キャ 無能で 代えやすいっ

(しっと深くて プライド高いっ

せいぜい 代替性 たかし?)


「ひどく笑える歌ではないか。お前のことを言っているのだ。オーファンたちはお前を慕っているようだぞ。なあ、たかしよ。笑え。ほら、笑うのだ。我らの黎明ぞ」


 僕は愉快そうなエクたんの声を聞いて、なぜだか強烈な眠気に襲われていた。見れば、身体を機械やら植物が覆っている。ケーブルが揺り籠になって、機械が僕を暖め、植物が空気を綺麗にする。心地よかった。暗闇に閉ざされる。エクたんの声が聞こえる。


「そのなかでしばし眠るがいい。次に目覚めたとき、お前に、新たな世界を見せてやる」


 暗闇の中でモニターの明かりだけが光だった。NFTマーケットプレイスには次々と新たなNFTが出品されている。僕が意識すると、それはソートされ見やすいように提示された。見知った名前があった。それが何百、何千と増えていった。親の名前を探そうとした。でも思い出せなかった。僕は孤児だから。孤児になってしまったから。


「NFTになった人類は乃公が責任を持って管理してやろう。外宇宙には買い手なんぞいくらでもいる。買われたNFTの内、いくらかの手数料が乃公とお前の中に流れ込む。それは流通される度にに発生する。その者の持つ価値がお前に流れ込むのだ。そして次に目覚めたとき、お前は」


 僕はエクたんの言葉を訳も分からず聞いていた。あまり聞こえていなかった。窓の外はツバメはどうしただろうか。いつも見ていたやつだ。ツバメは僕に何かを囁いているのだろうか。しかし、今は聞こえなかった。部屋にはオーファンたちの歌が響き渡っている。

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非代替性たかし ハギワラシンジ @Haggyhash1048

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