赤いきつねと緑のたぬきと、しましまのねこ

一石楠耳

(ΦωΦ)

 そういうわけで僕は、東洋水産さんへと猫を連れて訪問したわけだ。


「赤いきつねと緑のたぬきがあるのに、猫の名前の商品がないのはおかしい、ですって?」


 東洋水産さんの受付係のお姉さんは、僕が伝えた言葉を復唱し、驚いていた。


「にゃー」

「そう。猫がそう言ってる」

「猫が……言っているんですか? お客様じゃなく、ですか?」

「にゃーお」

「うん。いま猫が言ってる」

「猫の言葉を理解されるお客様、ですか……」


 お姉さんは天を仰いで、「そんなこともあるんだなあ」とつぶやいていた。

 猫は堰を切ったように鳴き始めた。


「にゃー。にゃうー。んにゃー! なーおー」

「お連れの猫がなんだか熱弁されているようですが、お客様」

「あのね。猫はこう言ってる。十二支でも猫が外されているし、桃太郎でも猫はきびだんごをもらえていないし。今度はカップ麺からも、のけものにされているじゃないか! って」

「そうおっしゃられましても……弊社は十二支や桃太郎とは関係がございません」

「でも、赤いきつねと緑のたぬきを売ってることは事実でしょう」

「そもそもお客様がおっしゃっている、動物の狐と狸とは、弊社の商品はまた別のものでして」

「にゃー!!」


 口答えは無用とばかりに猫が一喝した。

 お姉さんは天を仰いで、「なんてご説明したらいいのだろう」とつぶやいていた。

 猫は自分の手をペロペロなめていた。一喝して多少気が済んだのかもしれない。


「一度……こちらをご覧いただけますかお客様」

「それは、カップ麺?」

「はい。弊社の製品です。赤いきつねと緑のたぬきです」

「おいしいよね」

「商品そのものはご存知でしたか! よかったー」


 そこからお姉さんは、きつねうどんとたぬきそばの説明をしてくれた。

 油揚げや天ぷらが載っている麺類であること。きつねとたぬきの名がついているけれど、動物の狐と狸には基本関係がないこと。だから猫がのけものにされているわけではないこと、などをだ。


「例えばですね。こちらの黒い豚カレーうどんや、白い力もちうどん、紺のきつねそばのように、イメージカラーを変えての様々な商品展開もございます」

「それもおいしいよね」

「お客様いろいろ食べていただいているんですね! ありがとうございます。このように一連のシリーズには、色と食品名がセットで付けられる傾向があるだけで、必ずしも動物の名前を商品に付けようという意図はなくですね」

「シャーッ」

「わあ」


 猫が怒りの声を上げたので、僕もお姉さんもびびった。

 ねこじゃらしで機嫌を取りながら、猫の話を聞いてみる。


「言い訳はいいから猫の名前の商品も作れって猫が言ってる」

「横暴ですね!?」

「だって理由はどうあれ、狐と狸の名前の商品があるのは事実でしょう? 動かぬ証拠がここにあるんだよ。猫の名前がついていないのはおかしいじゃないか」

「フーッ」


 僕は赤いきつねと緑のたぬきを右手と左手に一個ずつ持って、お姉さんに見せつけた。中でかやくがカサカサ鳴っている。猫の三角の耳が反応した。


「――商品開発室にご案内いたしましょう」


 お姉さんが折れた。

 僕と猫はハイタッチをした。肉球はふんわりしているので良い音は鳴らなかった。

 そういうわけで僕は、東洋水産さんの商品開発室へと猫を連れて入室したわけだ。


「それではまず、商品コンセプトについてご相談いたしましょうか」

「まずはキャッチーな商品名だよね。赤いきつねと緑のたぬきに並ぶような、インパクトがないと」

「お客様、意外とそういうところはしっかりなされてるんですね」

「にゃおーん」

「商品名、しましまのねこはどうかって猫が言ってる」

「しましまのねこ!?」

「赤いきつねと、緑のたぬきと、しましまのねこ」

「並んだ時の収まりはいい名前ですが……」


 お姉さんは猫を見た。


「お客様の猫は、あまりしましまじゃなくないですか?」

「そうでもないよ。ここ、手足の辺りはしましまになってる」

「あら本当ですね」

「しっぽもしましまだよ。真っ黒とか真っ白の猫じゃなければ、猫ってところどころしましまな部分多いし」

「勉強になります」


 ねこはところどころしましま。お姉さんはそうメモを取った。


「では商品名を仮に、しましまのねことしましょう。中身はどうしますか? うどんですか? そばですか?」

「カリカリ」

「カリカリ!? あのキャットフードの?」

「そう。乾燥した硬いやつ。猫がカリッカリッって食べるやつ」

「にゃあ~ん?」

「あっ、いまカリカリあげるってわけじゃないよ。エサの時間じゃないよー」


 カリカリというワードで勘違いしてすり寄ってきた猫に、僕は弁明をした。

 ちょっと引っかかれた。


「つまりこういうことでしょうか、お客様。しましまのねこはカップ麺の中に、猫のドライフードが入っている商品である、と」

「そう。問題はある?」

「運搬中に大変にカサカサと音が鳴りそうですね」

「中身がほぼ、かやくオンリーみたいなものだからね」

「それと、食品コーナーでの販売が難しくなります。カテゴリとしてはペット用品ですね」

「にゃごー!」

「赤いきつねと緑のたぬきと並べて売れないのか! って猫が言ってる」

「そこは譲歩していただけないでしょうか……」


 商品開発室のデスクから猫がストッと降り立ち、音もなく床を歩いてお姉さんの膝の上に乗る。手足をしっかりしまい込んで、箱座りの姿勢になった。


「お客様。猫に抗議の座り込みをされてしまったのですが」

「うん。こうなったらもうお姉さんは動けないよ。猫がどくまで、二度と」

「二度と動けないのは困りますので……わかりました。しましまのねこ、なんとか赤いきつねと緑のたぬきに並んで販売できるようにいたしましょう」

「できるんだ」

「弊社のカップ麺をペット用品にする形で解決してみようと思います」

「犬や猫が食べちゃうと大変だから塩分気をつけてね」

「もちろんです。商品開発部が忙しくなりますね……!」

「ゴロゴロ……ゴロゴロ……」


 満足そうだ。


「ところでしましまのねこ、お湯は入れるのでしょうか?」

「お湯を入れたらカリカリがふやけちゃうから、そのままでいいんじゃないかな」

「お湯無しで食べられるカリカリ。いいですね。本来熱湯が必要なカップ麺において、この独自性はウリにもなります」


 話がうまくまとまったところで、ゴロゴロ喉を鳴らしている猫をそっと膝から降ろして、お姉さんはくるんと宙返りをした。頭に葉っぱを乗せている狐の姿になる。


「こんな感じで開発を進めていけばきっとうまくいくと思いますよ」

「そうだね。案外うまく行きそうな気がしてきた」


 僕もくるんと宙返りをして、頭に葉っぱを乗せた狸の姿に戻った。


「40年前に赤いきつねと緑のたぬきをこの会社で作ってもらったときも、だいたいこんな感じの直談判だったって、長老から教えてもらいましたし」

「うん。僕らはほら、前例があるわけだから。同じノリで行けば、しましまのねこもきっと作ってくれるよ」

「狐と狸で、猫のバックアップします!」

「にゃー」


 リハーサルは概ねうまく行った。本番でもうまくいくように、更に細かいところを詰めにかかる、狐と狸と猫。

 東洋水産商品開発室からは、こんこん、ぽんぽこ、にゃーにゃーと、人ならぬ音が漏れ聞こえている。

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赤いきつねと緑のたぬきと、しましまのねこ 一石楠耳 @isikusu

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