第6話 最期の言葉
翌日は月曜日で仕事があったが、
有給休暇はまだまだあるので、後日振り替えさせてもらう。
部屋のカーテンを閉め切り、灯りも点けずにベッドにこもる。目を閉じるが眠気はまるで無い。
結局昨夜もほとんど眠れなかった。久しぶりに金縛りに
こんなことではいけないと思うが、今日はこのぐちゃぐちゃの感情に任せなから、時間が癒してくれるのを待つのが良いのかも知れないと思う。
1
朝ご飯も食べていないがお腹が空く気配が無い。
何か食べないといけないがそんな気にもなれない。
冷蔵庫と冷凍庫には、昨日母が持たせてくれたお惣菜が入っている。それなら少しぐらいなら食べられるだろうか。
ちゃんと食べないと生きて行けない。嫌と言うほど分かっている。
その時、こんこんと音がする。空耳だろうかと思ったが、また聞こえた。真守はどこからだろうと耳を
真守はのそりとベッドから降りると、灯りも点けないまま窓に寄りカーテンを開いた。するとそこに浮かんでいたのは
「こんにちは、真守くん」
「こ、こんにちは。あれ? 拓真がいないのになんで見えるんですか?」
霊的素養があっても拓真が来るまで幽霊が見えたことが無かったので、真守は
「ああ、真守くんは素養はあってもよう見えん
「そうですか。いえ、見えても良いこと無いってのは拓真も言ってましたけど。それよりどうしたんですか?」
「うん。拓真、昨日天国に行ったやろ。真守くん大丈夫やろか気になってな。拓真に教えてもろてた会社
拓真は驚いてしまう。まさか早乙女さんにそんな心配をされているとは。
早乙女さんは拓真の師匠で、真守のことまで気遣う必要なんて無いだろうに。
真守は情けなさを感じつつ、その気持ちに救われる思いだった。
「ありがとうございます。大丈夫です」
そう言って、弱々しいながらも笑みを浮かべる。早乙女さんは「そうか」と頬を緩めた。
「せやったら良かったわ。別にな、真守くんが沈んどっても拓真は喜ばんとか、そんな
「拓真は天国に行って、それからどうなるんですか?」
「しばらくは天国でのんびりして、それから生まれ変わるはずやわ。天国は、まぁボーナスステージみたいなもんや。極楽やて聞いてる。せやから拓真のことはなんの心配もいらん。安心しぃ」
「はい」
真守は強く頷いた。確かに使い古された言葉なのかも知れないが、早乙女さんの言う通りだ。
拓真が死んだ時も両親とそう言って励ましあったでは無いか。
無理をすることは無いが、拓真のためにももっとしっかりしなければ。そのためにもまずはちゃんとご飯を食べよう。
「じゃあ僕は行くわな。せやな、たまに会いに来てもええか? また
真守はくすっと笑って「はい」と応えた。
早乙女さんが帰って行って、真守はそっと窓を閉める。そのままスダイニングに行って伸びをした。
「さ、ご飯にしよ」
真守は冷凍庫から冷凍ご飯を出し、レンジに放り込む。
続けてお味噌汁を作ろうと、小鍋を出して水を張る。沸かしている間におかずの支度。しかしシンクを見て「あー」と苦笑いした。
「昨日の食器まだ洗って無かったっけ」
水には浸けていたので、食べかすがこびり付いたりはしていないが、ふたり分の晩ごはんとケーキの食器はなかなかの量だった。
「後でまとめて洗わないと」
しかしこんなところにまで拓真の名残を見つけてしまって、真守はまた少し沈んでしまう。だがいけないいけないと首を振った。
「うん、大丈夫」
そう自分に言い聞かせ、冷蔵庫を開ける。塩もみきゃべつとわかめの酢の物、いんげんのナムル、昨日も食べた白和え。母が持たせてくれたお惣菜だ。
メインはお弁当用に買ってある冷凍食品を使おう。やはり何か肉っ気が欲しい。
そう考えて、お肉を求めるのなら自分は大丈夫だな、と思う。
何種類かストックしてあるものの中から牛肉コロッケを選んだ。
小鍋の水が沸いたのでだしの素を入れ、生のまま冷凍してあるほうれん草を入れ、火が通ったらお味噌を溶かす。
ご飯が温まったので取り出し、入れ替わりにコロッケを温める。ご飯はお茶碗に移した。
そうして整えると、ちゃんとしたお昼ご飯になる。お惣菜の盛り合わせ、牛肉コロッケ、ほうれん草のお味噌汁、ご飯。上等だ。
真守は「いただきます」と手を合わせて、まずは味噌汁をすすった。安心する味。真守は「ほぅ」と息を吐いた。
ご飯を口に入れ、続けて酢の物にお箸を伸ばす。酸味は控えめの優しい味。しゃきしゃきとした歯ごたえ。母の労りの気持ちが心に染み渡る様だ。
ナムルと白和えも母の思いが詰まっている。心の底から癒されて行く気がする。
やはりご飯を食べることは大事なのだなとしみじみ思う。
身体が元気なのに食べられなくなることは、心が痛んでいる証拠なのだ。
そんなことは拓真が亡くなった時に心の髄まで思い知らされたはずなのに、また同じことを繰り返すところだった。
真守はひと口ひと口を味わいながら、ゆっくりと食事を進めて行った。こうして食べながら心を整えて行くのだ。
今日は自分を甘やかせてあげようと、昼からはゲームをしながらゆっくりと過ごさせてもらい、晩ごはんはまた母のお惣菜に頼って準備をする。よし、おかずだけにしてビールを開けよう。
晩酌を終え、洗い物も済ませてコーヒーを入れた真守は、ダイニングテーブルで一息吐く。
昨日トマリで買って来たパウンドケーキを開けてかぶり付く。
ラム酒が効いたドライフルーツが良い香りで、ナッツの歯ごたえが良い。しっとりとした生地は甘さ控えめなので、フルーツとナッツの味わいが際立っている。
「あ〜贅沢だ〜癒される〜」
真守がそう声を上げた時、スマートフォンが着信を知らせた。
スマートフォンは部屋のベッドに置きっ放しだったので取りに行く。画面を見ると母からの電話だった。
「はい」
「真守? あの、お母さんだけど」
耳に届いた母の声は震えて
「え? 母さんどうしたの」
真守が慌てると、母は「ふぐっ、あの、あのね」としゃくりあげる。
「お母さんね、お母さんもね、拓真の本何か読みたいわって本棚見ていたらね、ふ、ぐすっ、あのね」
「母さん落ち着いて。ゆっくりで良いから」
「え、ええ」
電話の向こうで深呼吸をしている気配がする。
「あのね、本からね、拓真からのね、お父さんとお母さん宛ての手紙が出て来たの」
「手紙?」
「そうなの。父さん母さん、いつもありがとうって。拓真の字だし、拓真の名前もあったから、拓真からだと思うの」
それはきっと拓真の仕業だ。真守が寝ている深夜に、真守の文房具を使って書いて、本に挟んでおいたのだろう。
見付けてもらえるか判らない、でもいつか届くことを信じて。
なんと言うことをしてくれたのか。真守は
昨日実家に行った時に、確かに踏ん切りは着いたと思う。だが拓真は両親との別れが、少なくとも両親から見たらできていなかった。
「そっか。良かったね、母さん。父さんも」
「ええ、ええ。お父さんも本当に喜んで。見付けてあげられて本当に良かったわ」
「うん。本当に良かった」
母の声は喜びに
両親にとっては、拓真の逝去から3年以上経って届いた拓真の思いだった。死に目にも会えなかったから、余計に嬉しいに違いない。
これまで柏木さん、そしてマコトちゃんの手紙、思いを通じて、拓真も伝えたいと思ったのだろう。
「本当に、良かった」
真守は母を労わる様に
通話を終え、スマートフォンをパソコンデスクに置いた時、真守は違和感を感じる。
真守のパソコンはコンパクトなノートパソコンだ。メールとブラウザを使うぐらいなので、モニタサイズはそれで充分だ。その下から白い紙が覗いていた。
そんなところに紙など挟んだ覚えは無い。真守はノートパソコンを浮かせて紙を引き出す。
それを見た途端、真守の目は驚きで目一杯開かれた。そして徐々に潤み始め、震える
それは、拓真からの手紙だった。拓真直筆の、心のこもった手紙。ゆっくりと一文字一文字胸に刻み込む様に読み進める。そしてまた真守の心は癒されて行く。
「俺こそ、ありがとう」
読み終えた真守は落ちる涙を受け止め、柔らかな笑顔でそう呟いた。
真守へ
俺が戻って来た日、驚かせてごめん。でも「おかえり」って迎え入れてくれて嬉しかった。
真守がいてくれたから、毎日が楽しかった。
ご飯も本当にどれもうまかった。
母さんのご飯もトマリのケーキも、懐かしくてうまかった。
父さんと母さんにちゃんと別れが言えてよかった。
俺がいなくなって、真守はまた辛い思いをするかも知れない。
でも俺は、真守にはいつでも笑っていてほしい。
ありきたりな言葉だけど、真守が悲しんだりするのは嫌なんだ。
これからまだまだ長い人生、辛いこともたくさんあるかも知れないけど、それを上回る楽しさと喜びがあることを願ってる。
うまいご飯をたくさん食べて、幸せでいてほしい。
笑って見送りたいって言ってくれて嬉しかった。
俺も笑って行けたかな。
後悔も未練も無いから、きっと笑えるよな。
一緒にいてくれて、本当にありがとう。
拓真
僕と死神の癒しご飯と最後の手紙 山いい奈 @e---na
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