終章 トゥルー・エンド
第37話 大団円
忌まわしくも懐かしき思い出の地での再会を果たし、二人のゴールが一致したことを確認しても、ブリジットとサイトスには試練が残っている。伯爵家の次女と執事という身分違いの婚姻を、誰もに認められ、祝福されなければならないという試練が。
「なに、サイトスと結婚したいだと!?」
「まあ、ブリジット、あなたという人は……我が家の血筋と、女神イルファリアの代行者という栄誉まで持つあなたは、望めば王妃にもなれるというのに……」
そのイルファリアの力でストラクス伯爵家に戻ってきたブリジットは、サイトスを伴い両親に事の次第を報告していた。もちろんグレイシスが破壊の女神云々という話は伏せて、とにかく自分たちは愛し合っており、結婚したいのだと言い放った。
「今さら世俗の栄誉など必要ない、ということか。さすがの決断だ、ブリジット。私たちはお前の希望を全面的に尊重するよ」
「ええ、サイトスは昔から、あなたをとても大切にしてくれたのだもの。ふふふ、あなたが振った王子様たちも、きっとご納得くださるわ」
もちろん愛娘に甘い両親は、いつものように即座に納得してくれた。さすが攻略難易度Fである。同時に二人の口振りから、スノーブルーのルートを譲ってもらった関係もあり、現在はエルハルト暗殺が未遂に終わった後の時間軸──サイトス以外の攻略対象全員を振った状況だということが、正式に判明した。
「……そうか。そうだろうとは思っていた。幸せにな、ブリジット」
「やっぱりね。この僕を振るなんて、おかしいと思ってたんだ。ちぇっ、好きな人がいるのなら、もっと早く教えてよぉ! なんてねッ」
王宮にも結婚の報告に向かったが、エルハルトとレヴィンも言葉の少なさと多さに未練をにじませつつも、全面的に祝福してくれた。
「ブリジット様、おめでとうございます。どうか、どうかお幸せに……」
「レディ、おめでとう。二人の行く末に、女神の祝福があらんことを、なんてな」
主人たちがそうである以上、セイとアルバートが文句を付けてくるはずがない。もうバグっている様子もなく、ちゃんと個別に、それぞれの個性に見合った言葉を贈ってくれた。
「……ふん。……ふん。そうか、そうだったのか。まあ、良かろう。好きにするがいい」
暗殺未遂事件の責任を取り、軟禁状態にあるロウアーとは、残念ながら直接会えない……などということはない。従者ルートではレヴィンを説得して事件そのものが起こらないようにするが、本来のロウアー・ルートではロウアー自身を説得して同じ状態になる。全員を振った体になっているが、状況そのものはロウアー・ルートのものが採用されているようだ。
「そのあたりの辻褄がどうなっているのか、気にしても仕方がないのでしょうね」
ブリジットも「ふわふわ姫」の大らかさ、というか、ヒロインが愛され幸福であればオッケー、という良くも悪くも雑な仕様に慣れたようである。
「そのようです。もっとも、ロウアー・ルート自体はほぼ強制終了でしたが……、おっと」
破壊の女神グレイシスの名に恥じず、ルート決定直後にしっちゃかめっちゃかにされたロウアー・ルートに思いを馳せる暇もない。サイトスは王宮内容に用意された部屋に戻った途端、出現した少年に語りかけた。
「お前は、どういう状態なんだ?」
「思わせぶりに出てきただけの、攻略不能キャラというところかな。本来であれば、キミがよく言われる評価だよ、サイトス」
細い肩を竦めるスノーブルーに、サイトスとブリジットは思わず顔を見合わせてしまった。してやったりという風に、スノーブルーは珍しく少しだけ笑う。
「気にしないでくれ。ある意味、一番かっこいい役回りだっただろう? ボクは」
「ちなみに、グレイシス様は……」
「幽閉中だよ。彼女はプロだから、ちゃんと毎日牢の中で、わたくしは悪くありません! 助けて王子様方! って叫んでる」
「なぜ、そこだけ王子ルートのほうが選択されているのだ……?」
暗殺未遂事件が起こらなければ、ブリジット襲撃も起こらないはずだというのに、ヒロインに都合のいいざまぁ展開だけはしっかり残っているらしい。普通にこのゲームをやっているユーザーにとっては、いつも邪魔をしてくるグレイシスを牢に入れられれば万歳なのだろう。本人は痛くもかゆくもないだろうが、さすがに気の毒なのでは、と思っていると、
「出してあげることはできる?」
「もちろんさ。キミが王家に頼めばすぐだ」
ブリジットがあっさりそう尋ね、スノーブルーも問題ないと請け合った。そして彼は、ボクが伝えてきてあげるよと言って姿を消した。
「だ、大丈夫でしょうか……」
「平気よ、だってここはあなたが私のために選んでくれた、イルファリア様好みの甘い甘い世界なんでしょう?」
その気になればグレイシスのことだ、脱獄など朝飯前だろう。イルファリアとブリジットに負けたという手前、再び悪役令嬢ぶりっこをしているだけだということはサイトスも察している。
「私たちの結婚式には、イルファリア様も招待したいの。そしてそこで、大好きなお姉様と、楽しい時間を過ごしていただくの。いいアイディアだと思わない?」
「さすがです、お嬢様」
最後はへっぽこぶりが目立ったが、恩人であるイルファリアのささやかな夢を叶えてあげたい、との願いにサイトスは深く感じ入った。やはりブリジットは聡明で情に厚い、優しい少女なのだ。好きです。
「それにしてもサイトス、とても身のこなしがしなやかだと思っていたけど、やっぱり猫だったことに関係あるの?」
「た、多少はありますかね……その分、人間の体に慣れるまでが大変でしたが……」
主人の器量に感動していたサイトスは、すっと話を変えられてあせった。ブリジットが言うように、二足歩行ができるまでは苦労したが、ヒトと獣のいいとこ取りのような動きができる点はありがたいと思っている。
「でも今は、逃げないでね」
「えっ、わわ、ブリジット様……!?」
急にブリジットが身を寄せてきたので、サイトスは驚いてしまった。逃げるなとも言われたので、足をもつれさせかけながら、両頬に添えられた白い手に柔らかく動きを封じられる。困惑しながら見下ろしたブリジットの顔は、赤い。
「け、結婚式で、いきなりだと、逃げちゃうかもしれないから……だから、ほら、練習!」
「な、なるほど」
乙女ゲームの常識はしっかり叩き込まれてきたのだ。……自分ならばどうするか、考えたことも何度もあった。今こそ学習の成果を生かすべきだと迷いを捨てる。
「でしたら、私がリードを取ったほうがよろしいかと」
サイトスの手もブリジットの頬に触れる。小さく震えた彼女の手は、滑り落ちて肩に留まった。慎重に確認した表情に緊張はあるが、恐怖はない。
「眼を閉じていただけますか、お嬢様」
「……うん」
ため息のようなつぶやき。それを吸い取るように、サイトスもまた眼を閉じ、ゆっくりと身を屈めていく。
ブリジットと想いを通わせ、結ばれることは本当に嬉しい。
だがそれ以上に、彼女が愛し愛されることを受け入れてくれた。この先も変わらぬ幸福を信じてくれるようになった。それが何よりも、サイトスの喜びであり、誇るべき功績なのだった。
END
愛され転生全否定ヒロインVS嫌われヒロイン大好き悪役令嬢VSかわいそうな執事 小野上明夜 @onogami
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