第2話
アビーが院長のお使いにいった後、午後に知らない傭兵さん達が来たわ。ええ、そう掃除中にね。5,6人くらいだったかな。傭兵さんがどこからきたのかはわからないけれど、うちの町の傭兵さんたちじゃない装束でひどくみすぼらしかった。だからきっと生活が困窮しているのだと思ったわ。
「こんにちは。傭兵さんですか?本日はお祈りにいらっしゃったのでしょうか?」
「ああ、いやそうではない。少し困っていてな。」
先頭にいらした傭兵さんの目は長い前髪で隠されていて不気味だった。
「どうお困りなのでしょう。」
「金がないのだ。解雇されてしまい、この町に来たが俺たちは傭兵だ。仕事がない。それにここにいる傭兵は飽和状態で、もう必要ではないだろうと思ってこの教会まで来たのだ」
フリュール領では休戦状態の傭兵は力仕事と、町の子どもたちへ防衛のための体力づくりとして外遊びなどをして生計を立てている。だから他の領もそうだと思っていたのだけれど、そうじゃないのだと初めて知った。
「そんなことが。大変だったでしょう」
「それでだ。少しでいい。恵んでくれないだろうか」
「金銭は申し訳ございませんが、わたくしの裁量ではどうもできません。せめて、お食事をお持ちします。」
「ああ、お願いする。」
さすがに信頼できない傭兵さんたちを連れていくことはできなかったから、私は待ってもらうようにお願いして孤児院の食堂に食料を取りに行った。私はもっと疑うべきだったと思うわ。
そして私が食堂で食料を見繕っているときに、慌てたようにアランが食堂に来た。
「エリー!傭兵が子ども連れてどっか行った!そんで今あいつら暴れだして!モルガン達が殺されそう!!」
頭に冷水をかけられた気分だった。今、孤児院には貴族もいなければ大人もいない。傭兵を止められる人がいない。
そうだ。孤児院長は、家の事情で数か月前に生家に戻ってしまって、後任の孤児院長の赴任がまだ先なのだ。教会の聖職者たちは休戦状態ではあるが戦争中であるため、孤児出身以外は生家にいる。
「ちっちゃいのから順番にこっちに避難させてる!」
「わかった。アラン!あなたはポールのところに行きなさい!わかるわね?!」
このときほど、貴女がいないのを呪ったことはないわ。なんでって……私こういうのに慣れてないのよ。自分が思っているほどに指示飛ばすのも遅かったでしょうね。
「うん!ポール兄ちゃんに伝えてくる!」
アランを孤児院の裏口から出して、私も避難させるのを手伝った。
私が考えられる最適解だったとは思うわ。ただ、とても酷なことをさせた。みんなに冷血だとか言われそうだわ。ええ、そう。避難させるための時間をモルガン達に稼いでもらった。彼らの命と引き換えによ。おかげで教会の方にいた子達の半数を孤児院まで連れていけた。あの子たちはすごいわね。目配せして私に合図をくれた。私は何もできなかった。
そこまで言ってエリーの目からは大粒の涙がこぼれていった。見ていられなくってポールにしてもらったように、エリーを抱きしめる。エリーは死にいく家族を見たのだ。私よりもつらかっただろう。エリーはなおも彼女の責任感からしゃくり上げながらも説明を進める。
そのあとは、ポール達兵士数人の足音にでも気づいたか、逃げ出したのだという。数人しかすぐには来れなかっただろうと思われたため、孤児院の中でももっと安全なところに隠れていたらしい。
「エリー、貴女はよくやった。本当だよ。あのね、モルガン達は家族を守りたかったんだよ。護身術ではとりあえず逃げることが必要なんだよ。でも、逃げられない相手ならどうするべきか。それを彼らなりに考えて行動したんだ。」
エリーは「それでも」と声を上げる。
「もしかしたらみんなで立ち向かえば誰も死なせることはなかったかもしれないじゃない?そう思ったらもうっ」
「エリーはやさしいからね。そう考えるのも無理はないよ」
何度も、エリーの背を心音に合わせてやさしく叩きながら落ち着くように慰めの言葉をかけた。落ち着いてきたエリーがすると気恥ずかしくなったのか、押しのけるようにアビゲイルを剥がした。
「もう大丈夫そうだね?」
「うん。えっとごめん。」
「あらら、エリー顔が真っ赤~久しぶりに甘えられたからアビー姉ちゃんはうれしかったよ?」
「もうっやめてよ。それに、アビー甘やかしてくれたことなかったじゃないの」
妹は拗ねたように口をとがらせて抗議してくる。
「耳が痛いな~。さて、これからどうしようか」
これからどうすべきかを決めるのは孤児院の最年長であるアビゲイルの仕事だった。
「とりあえず、私は町にいるだろうポールに話を聞いてくる」
「だめよ。貴女は町に出ちゃダメ」
「なんで」
「自分の容姿を見なさいよ。白銀の髪、桃色の瞳、端正な顔。もし、またあいつらが来たら狙われるのは?」
「ああ、私だね。この珍しい容姿なら娼館にも、貴族にも高く売れるだろうね。」
知らずため息がでる。この町に似た色の人は一人もいなかったから、もしかしたら貴族の落胤ではないかなどといわれる色を隠すように生きていたアビゲイルにとっては、珍しさも美しさも煩わしいだけだった。
「分かった。エリーがポールに……いやポールは『一度戻る』って言っていた。だから、一旦待機。ポールが来たら私が聞く。もうすぐ来るだろう。教会の方に行くのはポールが着いて安全が確認できるまで禁止。ただ、孤児院内は自由に動きまわって良しとする。」
「ええ、全く動けないけれど、仕方ないしね。」
「それにしても、貴女真面目モードだとその口調になるの不思議ね」
「仕方ないでしょう?小さなころは院長が男の子と一緒に護衛術学びなさいっていうものだから」
「ああ、そうだったわね。だから今も裁縫とかはからっきし。」
肩をすくめて「やれやれ」という雰囲気を全身で表す。確かにエリーが孤児院で一番裁縫も料理も上手で依存しているけれども。エリーはアビゲイルをからかっているだけなのだろう。
空が群青色に染まり、夜が始まる時分に来訪者の鐘が鳴る。変則的で特徴的な鳴らし方 はポールだ。
「さっきぶりだね、ポール」
「ああ、それにしても教会の一室借りてよかったのか」
教会の一室、来客用の部屋には、温かい茶を用意されていた。
「いいでしょ。どうせ誰もいないし、孤児院出た貴方を孤児院に入れるのもねぇ。そんなことより、今回のことの情報教えてくれるかな」
「ああ。とはいってもわかってることは少ない。わかったのは、他の領の傭兵だってこと。逃げ足が速くていまだ逃走中。領越えは森を通ってさえいなければしていない。」
「じゃあ、森通っていたら逃げられてるってこと」
でも、あの森はならず者も勿論、獣が多い。自然に慣れていなければ逃走は困難。
「俺たちの行動がばれたような動きをしたから結構な人数なのだろう。もしくは内通者がいるかと推測される。どちらにしても、まだこの町に潜伏している可能性がないとは言えないから兵を町のあちこちに配置する。」
「うん。ありがとう。内通者がいるなら今夜には行方知れずになるのかしらね」
ふふ、と笑みがこぼれる。
「どうしたんだ」
「ああ、もし貴方が内通者だったら私が殺さないとなって考えちゃったから。」
ポールは笑った。限りなく信頼している兄のような存在を、この妹分は殺す算段をつけていることが痛快だった。敵にだけはしたくないが、心強い味方だ。
「なんで女だってだけで兵士になれないのかが不思議だよ。アビーがいたらもっと兵士の仕事も楽しいだろうに」
「脈略が無いなあ。なにプロポーズ?そうなら趣味悪いよ。」
「ん~アビゲイルには言われたくないかな」
「私硬派な男がタイプなんだよね」
「俺じゃん」
「寝言かしら。もう。止めて」
によによと笑う。ほんと変なやつ。
「そんなこと言うなよ。場を和まそうとだな?」
「はいはい」
もう帰っていいよ。と言いかけたときに、彼は、真面目な顔になった。ああこの件の話にまた切り替わったんだな。顔の動きが分かりやすくてありがたい。
「今日のこの件で言うべきか、悩んでいることがあったんだが、もし後で言うと殺されそうだから今言おうと思う。もし、聞きたくなければ今のうちに言って」
「そうだね。今言える事を後になって言われると殴るね。情報は少しでもある方がいいしね」
「だよな。ここを襲った傭兵たち、お前のこと嗅ぎまわっていたみたいだ。『白髪で、目が桃色の15くらいの女を知らないか』ってよ。まあ、町のやつらは不審に思って教えなかったみたいだがな。」
「町民が言わなかったのに、この教会、孤児院を襲った、と」
「ああ、嫌な予感しかしなくないか」
「ええ、最悪の気分よ。」
「ところで、この件で領主に呼ばれているのだが……」
「何、なんでそんなに捨てられた子犬みたいな目でこっちを見るの。やめなさいよ」
「アビーついてきて?」
「いつ」
しゃべりすぎて喉が渇いてしまったので冷えてしまったお茶に口をつける。
「明日」
驚愕でお茶が逆流して鼻がつーんとした。お茶を噴出さなかっただけ本当に偉いと思う。
「…へ」
「だから、明日」
ポールがなんだかいい笑顔をしていたので、とりあえず右ストレートを顔面に食らわせておいた。
シロツメクサの咲く頃に よしの(旧ヒナミトオリ) @hinami_street
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