祭禍を歩む。②

「位置は!?」


 NR簡易拠点、通信網の中核を担うオペレーションルームは、レガメト・メネズェラ発見の報によって慌ただしい雰囲気に包まれつつあった。

 発見地点はちょうど祭りの中心辺り。カメラ経由の発見のため、複数の職員が向かっているが、もし追跡がバレたならすべては灰燼と化す。作戦も、準備も、すべてが。


「定点監視員の移動を! 巡回員も集めて!」

「休憩中の人たち呼んでください!」

「通達します。これより作戦を──」


 奴の、レガメト・メネズェラの法則は、使い方によっては国を一つひっくり返すことをも可能にする。だから、だからこそ、誰に手にも渡してはならない。


 本作戦における守崎は役割は“遊撃”だ。不測の事態が発生した際に、あらゆる場所へと駆け付けられるよう、常にこのオペレーションルームで状況を見つめてきた。レガメト・メネズェラが発見されたということは、人目につく位置にいるということ。もし、レガメト・メネズェラを狙う敵がいたとしたら──


『──繰り返す。時計台に狙撃手がいる。至急通信を中断せよ!』


 通信を受けたオペレーターがスピーカーに切り替えられたらしい。おかげでフロア中に響き渡った声を受けて、すべての人員はほんの一瞬すべての動作をやめた。が、次の瞬間にすべての通信網が遮断されていく。


「遮断完了」

「切りました。チームごとの秘匿回線へ切り替えます」


 守崎は立ち上がった。自分の出番がやってきたのだ。


『おい、千尋、聞け』


 通信の向こうで、メタセコイアが声を発した。チームごとに設けられた秘匿回線。急ごしらえなうえにチームを超えた会話は不可な代物だが、それでもないよりはマシだろう。


『魔法少女の位置が移動している。随分と急いでいるようだ。別段気にすることでもないのかもしれんが──』

「場所は、どこです?」

『祭りの中心から少し離れた地点だな。ナビゲートはしてやる、走れ』


 簡易拠点の寒々しい床を守崎が蹴るのと、外階段に面する扉が爆発したのはほぼ同時だった。

 そこから、人が溢れる。そのどれもが真っ黒なタクティカルヘルメットとチョッキ、そして屋内用にカスタムされきった銃器。明らかに対人戦等を目的とした特殊な部隊員たちだ。


「──!」


 瞬時、投擲。守崎の手から離れた折り畳み式の片手剣が真っ黒なヘルメットに突き刺さった。特殊部隊員たちが一斉に守崎へ銃口を向けるが、そのとき既に守崎は眼前へと接近している。

 熱された刃が銃口を切断し、さらに二人目の顔面へ蹴りが炸裂する。振りかざされるナイフを振り返りざまに弾き飛ばし、守崎は三人目の胴体を蹴り飛ばした。


「なんなの突然っ!」


 言い放ちながら一人目から片手剣を引き抜き、乱雑に振る。四人目の肩に突き刺さったそれを軸に自身の体を回転させると、その勢いのままに展開されたもう一本の片手剣が数人の顔に不可逆な損壊を与えた。

 更に、痛みにうめく一人の脚を払い、そのままそいつの身体を扉外へたたき出す。そこに続く階段を転げ落ちていくであろう部隊員の身体は、続く敵に対する数秒の足止めとなってくれるだろう。

 人一人がごろごろと転がっていくのを見届けた守崎は乱暴に扉を閉め、モップをつっかえ棒に代わりに設置、そして振り返り、叫ぶ。


「現状報告!!」


 叫んだ。のだが──窓ガラスが割れた。屋上からロープ伝いに敵が突入してきたのだ。もはや彼らにためらいはないようで、着地するなりいきなり銃口が火を噴く。


「厄介な──!!」


 思わず、守崎は毒づいた。

 このオペレーションルーム、ひいては簡易拠点内には非戦闘員が多い。その割合は圧倒的に戦闘要員を上回ってしまう。彼ら彼女らは通信や技術面でのプロではあるが、戦闘訓練は最低限。実戦経験は皆無の者だっているだろう。それらを守りながらとなると──


「──博士、はやくッ!」

『もう着く』


 弾丸をぶっ放す敵部隊員たちの中心に、突如球体が舞い降りた。機械仕掛けの球体スフィアドローンはモーターの回転音とと共にその上球面を展開し、小型の拡声器を露にする。


「耳を塞いでッッ!!」


 再び守崎が声を張り上げるのと、拡張機からメタセコイアの声が発せられるのはほぼ同時だった。


『──“眠れ”』


 途端、部隊員たちは糸が切れた人形のように地面に倒れ伏す。ようやく銃声が止んだ。


「怪我人を搬送、非戦闘員は既定のルートから撤退!!」


 遅れて、誰かが発した声で全員が全員が動き出した。既定のルート、つまり建物の屋上を介して他建物へ移動し、そこから速やかに車に乗り換え、その上で作戦続行の可否を決めるのだ。


『だが、次は来るぞ』

「わかってますよそんなことっ!」


 分かり切ったことをわざわざ言ってくるメタセコイアへ、守崎は苛立ちを隠さずにそう言った。

 突入の方法で分かる。あれはいわば第一波だ。先遣隊を送り、そこから敵の戦力を図る。必ず第二波がやってくるはずだし、そこから第三と同時に第四も、というテンプレート通りの動きだが──


「博士、外カメラの映像見れますか」


 そもそも、敵の第一波は結構な数がいた。なら、なぜそれに気づかなかった?

 建物周囲の監視カメラに死角はほぼない。既存のものに加えて簡易拠点設営時に屋上などにも追加を設置してある。一般人を装った数人を見逃すならまだしも、あんなあからさまな大勢を見逃すだなんてありえない。NRのオペレーターは節穴なんかではないのだから。


『既に見てる。こりゃあ酷いな、次が来るぞ、千尋』


 壁に設置された数多のディスプレイは今やその大半がひび割れ、動作を停止していた。だが、そんな中にもかろうじて先ほどの戦闘による被害を免れたものがあるわけで、そんな貴重な残存ディスプレイには、外カメラの映像が映し出されている。

 建物の影から、人影が溢れる。先ほど見た姿と寸分変わらぬ部隊員たちは、先ほどよりもはるかに多い人数に達しつつあった。


「ッ──!」


 反射的に、守崎は地を蹴って扉を飛び出す。これ以上簡易拠点内部を戦場にするわけにはいかない。ならば、自分が囮になって相手陣をひっかき回すしかない。


 建物から飛び出す守崎を、無数の銃口が迎えた。それらはすべて守崎を狙い、トリガーが今、引かれる。


『──はは、包囲か。堅実だな。だが、まあ』


 メタセコイアは冷静に、しかしどこか面白がるように言った。


『その程度で、千尋コイツを殺せおおせると思うなよ?』


 すべての軌道を、見る。今銃口がどこを向いていて、そこから放たれた弾がどこを通過し、着弾するのかを。

 それだけ、ただ、それだけ。それだけで守崎は、すべての弾丸を避けて見せた。部隊員たちのバイザー越しの驚愕を無視し、守崎は刃を振る。一振りごとに三人が次々と装備を剥がされ、宙を舞い、そのままボロ雑巾のように地面へと落下した

 建物の影からは未だ部隊員の増援が展開されているが、守崎が片手剣を振るう速度は敵が増える速度に引けを取らない。さらに、その速度は上がる、上がる。


 守崎 千尋という人間は、固有の法則を持たない。自らの身体を駆り、その身一つで法則保有者と切り結んできた、正真正銘のNR最高戦力である。

 それを支えるのは、圧倒的に優れた身体能力と──なによりも、強い強い、焦げ付いて、決して落ちることはない意思燃え残りだ。


「もっと、もっと──!」


 守崎 千尋を突き動かすのは、ただ一つの意思である。理不尽を、災禍を払い、大切なものを守るというただ一つの意思。

 、その炎は消えて、彼女の意思は灰になった。けれど、まだ焦げ付いた部分が残っている。なんど擦っても落ちはしない焦げが彼女の四肢を駆っている。

 守崎は人形だった。過去と誓いに操られる哀れな、しかし確かにそこで踊り、刃を振るう人形だった。


 刺し、返しの肘がバイザーを砕く。

 敵の増援が一人飛び出す前に、三人の身体が倒れ伏す。


『敵の湧きが……早いな』

「関係ありませんっ、このまま!!」


 守崎は足を強く踏み込んだ。今のところ、敵はその大部分を建物の影から展開してきている。ならばそこに割り込んで大本まで辿って行けばよい。

 建物の影に足を踏み入れた守崎の瞳に映ったのは、残り僅かな敵と司令官らしき男だった。その姿はライオンを思わせ、荒々しい白髪は顎の髭へと直接繋がっている。


「見つ、けたっ!」


 司令官を潰せば、敵に大幅なテンポダウンを強いることができる。そのまま殲滅か、最悪撤退にさえ追い込めればいい。速度は緩めない。進みざまに二人を切り捨てれば、あとは司令官ただ一人。


『……おい待て、千尋、こいつは──』


 メタセコイアが声を上げるが、守崎はそれで止まるつもりはない。そもそも、ここまで来て止まるほうが得策ではないのだ。

 司令官と思しき男は、両手に刃を携えた彼女を目にしても動揺することはなかった。むしろ、その逆。鋭い目は守崎をただ見つめている。そして一歩、距離を空けるように跳んだ。


「逃がさないッ!」


 守崎が叫び、更に踏み込む。

 男は──握りしめられていた両手のひらを開いた。そこから解き放たれたのは、キラキラと光る装飾用のビーズである。それらは一瞬の滞空ののち落下を開始し、そして──


「──《集団戦V. S. -ヴィーズ-》」


 そして、された。

 そう、解凍だ。そうとしか例えられない。ビーズが僅かに光ったかと思えば、そこから人間が出現したのだ。その誰もが黒づくめ、銃と、軽いプロテクターを身に着けており、先ほどまでの襲撃者たちの所在が明らかとなった。同時に、この戦闘におけるがなにを指すのかも。


 さしもの守崎もこれに動揺した。標的まであと少しのところで、その中途に大量の人間が──肉の壁が出現したのだから。

 数人はそのまま斬り捨てられるが、それでも足りない。出現した人数は二十を優に超える。


『……イヴァ・ドミニコス、祭典壊しクラッシャーズ・ギルドか』


 メタセコイアが呟いた名、守崎はそれに聞き覚えがあった。各地で活動する傭兵組織、少数精鋭ながら場を荒らす能力は一級品であり、依頼さえあればあらゆる破壊と撹乱を行う。その名の通り専門とするのはセレモニーや万博などを舞台とした大々的な破壊であり、“祭典を壊すプロフェッショナル”だと。


 そんな奴らが出張って来たということは、誰かに依頼されているということ。それが示すのは、この攻撃が完全な撹乱であり、本命のための陽動であるということだった。


「このっ、邪魔ッ!!」


 敵を一人斬り捨てるごとに、三人の敵が増えていく。まき散らされたビーズはキラキラと輝きを放ち、飛散った血がそれらを濡らす。だが関係はないだろう。すぐにビーズは人へと変わり、守崎に牙をむいてくるのだから。






❖《静穏を征くものメイズ・ランナー


 NR所属の狙撃手、ラッシュ・アルバレットの固有法則。

 自身の体液が付着している二か所をそれぞれ“始点”と“終点”に指定することで、その間のあらゆる形あるものをことができる。

 流す方向は必ず始点→終点でなくてはならず、一度指定した始点と終点を入れ替えることができないほか、同時にそれぞれ一か所ずつしか指定できないという制約はあるものの、始点と終点の間に入ったものであれば、どんなに大きく、どんなに勢いがあるものだろうと流すことが可能である。

 また、使用する体液の種類は始点と終点で一致している必要がなく、自身が“体液である”と強く認識していれば、水やケチャップ等でも法則の適用内となる。

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魔法少女の夜はふけて、 五芒星 @Gobousei_pentagram

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