番外編 大統領と王子のあまあま生活

 ノックの音が聞こえ、王子は顔を上げる。

 客室用のメイドがもう片付けに来たのだろうか、随分早いな、と思いつつ応じた。

「どうぞ。入っていいよ。」

 ベッドから半身を起こして入り口のドアの方を見た王子は、金の目を丸くする。

「ぎゃあああっ!サッシャ!!なんでまだそんなカッコしてんのよ!?服を着なさいよ、服!!ちゃんとハンガーに掛けて置いたでしょ!」

 足を踏み入れるより早く悲鳴を上げたシルビアが片手で目を隠す。慌てたようにドアを閉めた。王子は昨夜の全裸で眠ったのである。

「・・・シルビア、もう官邸に戻ったのかと。」

 びっくりしたように口をあんぐりと開けた後、王子が言う。

「何言ってるの。それよりも、サッシャ、言いたいことが有るわ!でもとにかくまず服を着て。朝から目の毒よその恰好!!」

 クローゼットに吊るしてある彼の服を取ってベッドまで持って来たシルビアは、押し付けるようにそれを手渡す。

 彼女は昨日のスーツ姿ではなかった。ジーンズにトレーナーという休日らしいラフな格好だ。化粧もいつもより薄めである。

 押し付けられた服には目もくれず、王子は近寄ってきたシルビアの腕をひっぱり、ベッドの上の、まだ温かい部分に引きずり込む。

「ちょっ・・・王子っ」

「もう行っちゃったかと思った。・・・どこに消えてたの、俺の奥さんは。」

「そう、それよ!言いたいのは。」

「何?」

「あんだけ片付けろって言っておいたのに!サッシャの部屋、まだあのまんまじゃないのよ!ちゃんと言われた通り綺麗にしたかどうか、確認しに行ってたんだから。」

 王子の金の瞳が泳いだ。

 そして、泳いだ先でベッド脇のチェストとの上を確認する。そこに置いておいたはずの、彼の携帯端末が無い。彼のスマホが無ければ、彼の私室のドアは開かないのだ。

「あんた俺のっ・・・!」

「ふふふー、ちゃんとこないだ見てたんだからね。コレで鍵開けてるの知ってたのよ。抜き打ちでチェックしてやるつもりだったんだから。」

 そう言って、シルビアはジーンズのポケットから王子の携帯端末を出して見せる。

「こ、コノヤロ・・・、ちゃっかり、俺の」

「甘いわよ、あたしの目を誤魔化そうなんて!伊達に何年も三人の弟面倒見てきたわけじゃないのよ。」

「返せよ」

「はい。」

 あっさりとスマホは返却された。

 どうやってロックを解除したのだろう。まさか暗証番号までも見られていたのだろうか。流石に年上の妻は侮れない。

「今日はあたしと掃除すんのよ、約束。」

 説教臭く諭すようにそう言ったシルビアを、返されたスマホごと抱きしめる。

「・・・サッシャ?どうしたの?」

 強く抱きしめて、妻の髪に頬ずりをする。何度も、何度も。

 だって、今日は掃除してくれると言った。約束だと言ってくれた。と言う事は、今日のシルビアはカイ王子のものだ。仕事へ戻らせなくて済む。ずっと一緒に居られるのだ。

「マジで嬉しい。」

 囁くように夫がそう言うので、シルビアは眉根を寄せる。

 片付け嫌いだと言っていなかっただろうか。なのに、嬉しいとは、どういうことだろう?今日突然掃除の遣り甲斐に目覚めたとでも。しきりに頭を捻りながら、抱き着いてくるカイ王子をよしよしと撫でた。

「朝飯、作るよシルビア。何がいい?パンかな、シリアル?玉子は茹でる?焼く?」

「そうねぇ。シリアルかな。卵はスクランブル。・・・でもまずは、お願いだからとにかく服を着て。本気で目の毒なの。」

「いやーだね。朝飯前に一回、やらして?」

 まるでおもちゃを強請る子供のように言った若い夫の台詞に、シルビアは赤面した。

「冗談じゃ・・・!」

「昨日気持ち良くなったでしょ?忘れないうちに、復習しようぜ?こういうのはねぇ、慣れが大事。」

 訳知り顔に言う。

「馬鹿言わないで。朝っぱらから盛ってんじゃないわよ。」

「朝だから盛ってるの。知らないの?男はね、朝もサカるんだよ?」

「昨日だって二回も三回もしたじゃない。十分でしょ?」

「ほら、俺若いから。」

 そう言って、王子がシルビアを自分の膝の上に座らせた。ぐっと引き寄せるとシルビアは抵抗を示して腕の中でもがく。

 冗談ではなく、押し付けられた場所に、熱く硬くなったモノが存在を主張して当たってくるからだ。

「あたしは若くないのよ!」

「そう言わないで。若くなくても愛してるよ。・・・ね?キスしていい?いやって言われてもするけど。」

「じゃあ、訊く意味ないじゃな」

 王子に深くキスされれば、どうなるかは言うまでもない。

 そうでなくても、全裸姿のカイ王子のいやらしさに負けそうで、服を着ろと頼んでいたのだ。

 大統領閣下は今朝も、まだ温かい寝具と王子の腕の中に沈没していく。

 嵐のお陰で、シルビアの休みが増えた。ヒモ王子はいつだって彼女の休みに合わせられるのだから、いくらでも彼女と付き合える。

 今日は脇目もふらず、大統領閣下に愛して貰わなくては。

「・・・色々、話したいこととか、あったのに・・・」

「話し合うのに、服を着る必要はないと思うよ。」

 温かいシルビアの身体に手を彷徨わせながら、ヒモ王子はそのぬくもりに幸せを噛みしめる。


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大統領は結婚式の日にブスと言われた。 ちわみろく @s470809b

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