第2話 あたしメスだから


 ーー我が家にスライムがいる。


 なし崩しに家まで持って帰ってしまったがどうするべきか。

 俺の不安も露知らず目の前のスライムはベッドの上で小刻みに震えている。「わー」とか「きゃー」とか叫んでいる辺り喜んでいるのだろう。


「いい部屋じゃない。ねぇセイ、これは何? あとこれも分からないわ。それからこれとこれとこれと......」


 ジェル状の球体から一部を触角の様に伸ばしレンジ、冷蔵庫、テレビと聞いてくる。


「今はそれどころじゃないんだ。少しだけ考えさせてもらってもいいか?」

「私というものがありながら自分のことを優先する気! 駄目よ。そんなの許さないわ。て、ねぇ聞いてる? セイってば~」


 スライムがめんどくさい彼女みたいになっているが、気にせず頭を回す。


 信じがたいが目の前のこいつは紛れもなくスライムなのだろう。

 どうして創作物の中の存在が現実に紛れているのかは知らないが、そこにいる以上認めるしかない。


 それでだ、このスライムをこれからどうするべきか。

 何も見なかったことにして何処かに置いてくるか、はたまたここに置いておくか。ふと、大学で拾ったのだから大学に連絡すればいいのではと思ったが、まあ現実的に無理だろう。


「お前はこれからどうするつもりなんだ」

「お前って呼ばないで頂戴。あたしの名前はスララ。教えたでしょ?」

「そうだった。それでスララはこれからどうするつもりなんだ?」

「どうするってセイは不思議なことを聞くのね。さっき責任を取ってもらうって言ったじゃない。セイはあたしの番なんだからここに住むに決まってるわよ」


 スララは至極当然のように答える。


 まさかあの行動がこんなにも大変な結果へ行き着くと、誰に想像できようか。できることなら、過去の自分に一万円を握らせて帰らせたいくらいだ。


「住むって言ってもな......。そもそもなんでスライムが地球にいるんだ?」

「分からないわ。気が付いたらあたしはそこに居て、気が付いたら年老いた人間のメスにゴミ山に投げ捨てられたわ。そうだ、あたし体がゴミ臭くて仕方ないの。どこかで水浴びさせてもらえないかしら」

「その状態分かっときながら俺のベッド乗ってたのかよ......」 

「何か言ったかしら」

「いえなにも。こちらへどうぞ~」


 スララを風呂場に誘導するとこれまた気になったのか、あれは何これは何と俺に尋ねてきた。


「ここを前に倒すと下から、奥に倒すと上から水が出てくるんだよ。それでこっちは温度を調整できる。こっちのボトルはまあ人間が体とか頭を使うときの石鹸って感じだな」

「これはすごいわね! 私にもそれ貸してもらっていいかしら」

「使いすぎなければ全然かまわないぞ。ただ誤って食べたりは......ってスライムだからその辺は大丈夫なのか?」

「分からないわ! なにせ生まれて数日ですもの。ただ、何かを食べたいという欲求は湧いてこないから大丈夫よ」

「そうか。じゃあさっそくお湯かけるからなー」

「ちょっと待って頂戴。なにしれっと一緒にお風呂に入ろうとしているのよ」

「え、ん? え?」

「セイ。あなたの中で異性とお風呂に入るのは常識なの?」

「いや、入らないけど」

「だったらあたしとお風呂に入ろうとするのはおかしいと思わない?」


 あ。と何も言わず俺はその場を立ち去る。

 性別概念の分かりずらい外見から忘れていたがスララは自称メスだった。自分の過ちは当然反省するが、少し釈然としない気持ちも残る。いや、もうこの話は止そう。スララの怒りを買いそうだ。


 少ししてお風呂場から水の流れる音が聞こえ始めた。

 部屋のモノを聞いて来た時のように器用にスライムボディを伸ばしてお湯を浴びているのだろう。不思議なものだと思う。同時に自分の家で自分以外の人(?)がシャワーを浴びているという事実に少しだけドキッとした。ただ、相手はスライムであるがゆえにすぐに冷めたが。


 携帯を弄って時間を潰していると扉を叩く音と共にスララの声が聞こえてきた。


「セイー。扉開けてもらえないかしら? セーイー!」

「はいはい。今行くからあんまり大きい声を出さない」


 あまり大きい声を出してしまうとお隣さんに迷惑が掛かってしまう。もしかしたら今も寝ているかもしれないし、仕事をしているかもしれない。どちらにせよ、邪魔をするのは些か心苦しい。


 お風呂場のドアを開けると僅かに体積を増やしたスララがいた。

 そして食欲は無いと言いながらもちゃっかり体内にシャンプーを取り込んでいるスララ。異常が無いのであれば別に問題はないのだが。


「ありがと」

「おいおい、ちょっと待て。その濡れた体でどこに行く気だ?」

「元居た部屋だけど?」

「そのまま行ったら布団も部屋もびちゃびちゃになるだろうが。拭いてやるからこっちこい」


 素直に跳ねてきたスララをタオルでぐるぐる巻きにして水分を拭き取る。

 タオル越しなら触れても問題ないのだろうか? 二重の意味でスララの触れていいラインが分からない。


「......ん、意外と悪くないわね」

「何か言ったか?」

「何も言ってないわ。気のせいじゃないかしら」

「そうか?」


 拭き終えるとぴょんぴょん跳ねて行った。

 そのまま何処かに行ってもいいんだぞ。と少し思ったが、部屋に戻ると我が物顔でベッドの上に居座っていた。俺が番(仮)なようだし流石にないよな。


「あ、そういえば晩飯の買い出し行くの忘れてたな」


 今朝と昼の弁当で現在、冷蔵庫の中は殆ど入っていない。

 今すぐにでも買い出しに行きたいのだが......。


 ベッドの上のスライムは俺の独り言をばっちり聞いていたようで。



「今から外出かしら。当然あたしも連れてってもらうわよ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大学で拾った♀スライムに懐かれた。 世良 悠 @syuumatudaidai92

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ