親友の好物が猫缶で土産に買ってきてほしいと頼まれたんだが

佐倉島こみかん

親友の好物が猫缶で土産に買ってきてほしいと頼まれたんだが

 俺はビールが苦手だ。そもそも、炭酸が得意でない。舌がピリピリするのがどうにもダメで、それだけで大半の居酒屋のアルコールがアウトなのである。

 そしてビールの、あの口の中に残る独特の苦みに、いつまでも慣れない。

 苦みを感じる味蕾が舌の両サイドにあるから、なるべくその辺に触れないようにして飲み下すのが良い、だからビールは喉ごしなんだとか言うが、試してみても苦いもんは苦かった。

 それでも営業職に就いてしまった以上、飲み会も仕事の一部のようなもので、飲み会の一杯目は必ずビールであるため、本当に飲み会が苦痛なのである。

 そして厄介なことに下戸ではないことも問題である。

 下戸なら『体質的に飲めなくて』と断ることも出来るが、単純に味と炭酸がダメなだけなのだ。

 アルコール自体は問題ないどころか、そこそこ強い方なのである。

 それゆえに二杯目からは大体ひたすらウーロンハイか緑茶ハイで凌いでいる。

 だから今日、大学時代の友人である中村啓と久々に会って飲むのを楽しみにしてきた。

 仕事関係以外の人と飲むのは本当に久々で、一杯目からファジーネーブルを飲んでいいのがこんなに幸せなことだとは大学時代は思いもしなかった。

 女子大生みたいだと言われてもいい。俺は女子の好みそうなカクテルや果実酒なんかの甘いお酒が好きだ。というか甘い物が好きだ。

 俺以上に甘党で、酒にも弱い中村は、カルーアミルクをちびちびと舐めるように飲んでいる。

 大学院に進んだ中村は、温厚でいつもニコニコしているのんびりしたヤツで、慣れない新社会人生活でヘロヘロになっている俺にとっては、癒しを得られる貴重な友人だ。

「そういや今度、仕事で鹿児島に行くんだよ」

 お通しの枝豆をぷちぷちつまみながら、俺は中村に言った。

「へえ、いいなあ。じゃあ竹本、お土産にカルカンを買ってきてくれよ」

 中村が楽しそうに頼んでくるので首を捻る。

「カルカン? 変なもん欲しがるなぁ。別に鹿児島じゃなくても買えるだろ」

 カルカンといえば確か猫缶だったと思うが、鹿児島の会社だったのだろうか。

「え、この辺じゃあまり見かけなくないか? まあ確かに買おうと思えば全国どこでも通販できるけど……」

 中村は戸惑った様子で言ってから、考えるように付け加えた。

 俺も猫を飼っているわけではないから、正直、この辺りに売っているかどうかは知らなかった。

 全国販売なのかと思っていたが、この辺はあまりないのか。

「というかお前、猫飼ったのか?」

 卒業間際にもよく中村の一人暮らしの部屋に遊びに行ったが、その時は猫なんて飼っていなかった。

 二、三ヶ月会っていない間に、飼いはじめたのだろうか。

「猫? いや、飼ってないけど」

「え、じゃあ何のためにカルカンなんて買ってきてほしいんだ?」

 中村は怪訝そうに否定してきたので、ますますよく分からない。

「何のためって、食べるためだよ」

「は!? 自分で!?」

 驚いて思わず大きな声が出てしまった。

「逆に、俺以外のためにわざわざお土産で買って来てほしいなんて頼まないだろう」

 驚く俺に、中村はキョトンとしている。

「お前、食ったことあるのか!? カルカンを!?」

 まさか友人の中でも常識人筆頭の中村が、猫缶を食べたことがあるなど思いもしなかった。

「ああ、あるよ。素朴な甘さで、もちもちしてて美味しいんだよ」

 味を思い出してか幸せそうな笑顔で言ってくるので、愕然とした。

 ずっと知らなかった、友人の知らなくて良かった一面を知ってしまった気がする。

「あれ、もちもちしてるのか……」

 猫缶を食べたことはないが、あのゼリー状っぽいところのことを言っているのだろうか。

「う~ん、もちもちと言うと、ちょっと語弊があるな。お餅っぽいわけではないんだけど……こう、舌触りが粗めだけどしっとりしてて、フワフワというよりは、噛み応えがしっかりしてるというか、とにかく、あんまり出会わない独特の食感なんだよ」

 丁寧に食レポをしてくれるので、そりゃ猫の餌だから人間の食べ物では出会わないだろ、とはさすがに言えない。

 うん、味の好みは人それぞれだしな。中村にも変な所の一つや二つあるのだろう。

 猫缶って柔らかそうだと思っていたが、中村の話を聞くに食べ応えがあるらしい。奥が深い。

「なんか、材料に山芋と米粉を使ってるから、そういう食感になるんだって」

「えらく詳しいな」

 魚や肉のイメージが強かったので、そんな素材も使っているのかと意外だった。

「ああ、初めて食べた時に、いまいち素材が分からなくて調べたんだよ」

「そんな隠し味みたいなものまで分析してんのか!?」

 素材なんてマグロとかササミとか缶にも書いてあるだろうに、そんな微妙な食材まで調べる程好きだとは思わなかった。

「いや、隠し味じゃなくて主原料だけど」

「そんなわけないだろ! 主原料はマグロとかササミだよ!」

 中村が真面目な顔で言うので、思わずツッコミを入れてしまった。

「ちょっと待ってくれ竹本、なんか話が噛み合ってなくないか?」

 流石に何かおかしいと思ったらしい中村がストップをかける。

「いやでも、猫缶だろ!? 主原料が山芋と米粉なわけないって!」

「猫缶!? いや、さすがに俺も猫缶は食べないよ!?」

「え?」

 驚いたように言う中村に、俺は聞き返した。

「竹本、カルカンって、猫缶の会社のKal Kanだと思って話してたわけ?」

 何らかの合点がいったらしい中村は、笑いながら聞いてきた。

「ああ。俺は猫缶の会社以外にカルカンという名前を知らない」

「ああ、だからか。何か噛み合ってないと思った。ごめんな、説明不足で。鹿児島の郷土菓子に『軽羹かるかん』っていうお菓子があるんだよ。ええと、ほら、これ」

 自分の携帯で検索をかけた中村が、画像の載った説明サイトを開いて見せてきた。

「ええと? 『軽羹かるかんは、鹿児島県をはじめとする九州特産の和菓子である。本来はういろうなどと同じく棹菓子であるが、近年は饅頭状として、中に餡を仕込んだ「軽羹饅頭かるかんまんじゅう」の方がより一般的になっている』――へえ、こんなお菓子があるのか」

 解説ページを読んで納得した。確かにこれなら主原料は米と山芋でおかしくない。

 写真は、カステラよりやや薄いくらいの厚みに切られた四角くて真っ白な粗めのスポンジみたいなタイプと、それを生地にしてこし餡を包んである平たくて丸い饅頭タイプが載っていた。

 正直全く味と食感のイメージが湧かない。見た目も情報量が少ないお菓子である。

「俺が食べたのは、こっちの餡子が入ってる軽羹饅頭の方だったんだけど、素朴な甘さと、独特の食感で気に入ったんだ。なんか、とっても郷土菓子って感じで」

「とっても郷土菓子っていわれてもいまいちよく分かんねえよ。てか、検索欄に『かるかん まずい』って出てるけど本当に美味いのか、これ?」

 猫缶が後を引いているせいで、中村の味覚を疑ってしまう。

「俺は美味しいと思ったけど。でも、餡子が入ってないタイプだと現代っ子には素朴な味すぎるんじゃないかな。主な材料が山芋と砂糖と荒く挽いた米粉と水だけだから。餡子が入ってる方は、珍しい食感のお饅頭って感じで美味しかったよ」

 俺の疑いの眼差しを受けた中村は、苦笑しながら解説した。

「なるほど。まあ確かに餡子を包んでる和菓子は大抵美味いもんな」

「あはは、真理だね」

 俺が言えば、中村は笑って同意した。

「じゃあ、土産に買ってくるからさ、一緒に食べさせてくれよ」

 中村の話で謎の郷土菓子・軽羹が気になったので、土産に買ってくることに決めた。

「別にいいけど、自分の分も買ってくれば話が早いんじゃない?」

 中村が不思議そうに聞いてくるので、今度は俺が苦笑する。

「だって、万が一まずかったら一人で食べるの嫌だろ?」

「ええ? 美味しかったって言ってるのに! 分かったよ、一緒に食べよう」

 俺の返答に不服そうにしてから、中村は仕方なさそうに笑って提案を飲んでくれた。



 ――という話をしたのが、2週間前。

 出張先で例の軽羹饅頭を買ってきた俺は、中村の家を訪ねていた。

 解説サイトにも書いてあった通り饅頭タイプが今の主流らしく、土産物屋に並んでいたのは餡子入りの饅頭タイプがほとんどだった。

「はいこれ、お土産。蒸気屋ってとこのが有名だったから、それを買ってきた。美味しくなかったら嫌だから、『かすたどん』ってのがセットになってる詰め合わせにしてきたぞ」

「やった、かすたどん! 俺、かすたどんも好きだよ。萩の月と甲乙つけがたいよね」

 包装紙を剥がしながら有名な類似商品の名前を挙げて中村が言うので、期待値が上がる。

 箱を開ければ上の四つがかすたどん、下の四つが軽羹饅頭で、それぞれ個包装されて入っていた。

「じゃあ、とりあえず軽羹饅頭から食べるか」

 漢字が難しいからだと思うが、個包装には「かるかん饅頭」と書いてある。

 土産物屋でも大体「かるかん」は平仮名で書かれていた。

 和紙っぽい包装の切り込みから縦に切れば、袋の内側はビニールになっている。

 軽羹饅頭を取り出してみれば、原料が米粉と山芋で卵を使っていないから、生地は驚くほど真っ白い。

 大きさは直径4~5cmほどで、手に持った感じから確かにしっとりとしている。

 このしっとり加減は生地を蒸して作るからだそうだ。

 小麦粉の饅頭や白玉のような生地と違って、「かるかん粉」という粗く挽いた米粉を使っている生地は見た目にも分かる粒感があった。

 たぶん、西の桜餅の道明寺粉タイプと東の桜餅の小麦粉タイプの丁度間くらいの粗さとしっとり具合だと思う。

「うん、この食べ応えのある食感、やっぱり好きだなあ。緑茶が合うね」

 俺がしげしげと眺めている間に一口食べた中村が幸せそうに目を細めて言った。

 用意のいい中村は、マグカップにティーパックタイプの緑茶を淹れて飲んでいる。

 もちろん客人であるところの俺にも用意してくれていた。

 中村に倣って俺も一口齧る。

 生地自体の香りはほぼないが、強いて言うならお米と砂糖の甘い香りで、中に入っているこし餡の上品な小豆香りの方が強かった。

 口当たりは確かにしっとりとして、噛んでみると、もっちりフカフカした、似た物の思い浮かばない食感である。

 小麦粉の饅頭よりもしっかりした硬さの生地だ。

 生地自体もしっかり甘さがあって、そこも普通の饅頭と結構違う所だなと思った。

 山芋が入っていると聞いて身構えていたけれども、山芋っぽい味も粘りも感じず、お好み焼きに山芋を入れるとふっくらするけど山芋の味はしないようなものかと考える。

 シンプルな米粉の生地に、甘味の強い滑らかなこし餡がよく合った。

 確かにこれは、緑茶がほしくなる。

 食べ口を眺めると、前に見た解説サイトの写真よりも餡子の厚みが大分あった。

 流石に有名な和菓子屋のものだけあって気前がいい。

「うん。確かに、素朴で昔ながらって感じで、郷土菓子っぽいな。思ったより美味い」

「ほら、美味いって言っただろう? かすたどんも食べていいかな?」

 得意げに答えた中村は、かすたどんの個包装に手を伸ばして聞いた。

「中村に買ってきた土産なんだから、好きに食べろよ」

 まだ軽羹饅頭を食べている俺は、笑って答えた。

「ありがとう。ふわふわで好きなんだよ、これ」

 白地に玉子色で丸に十字の島津家の紋が入ったかすたどんの包装を破る中村を横目に、俺は緑茶を啜る。

 甘党の俺には嬉しい甘さのお菓子だからこそ、緑茶の渋みと爽やかさが清々しく口内をリセットしてくれる。

「じゃあ俺も、かすたどんを貰うよ」

「うん、ふぉうを」

 かすたどんにかぶりついていた中村が、恐らく『どうぞ』と言った。

 包みを開けると、淡いクリーム色のふわふわのスポンジ生地が現れる。

 中身はケーキの側面を包むようなナイロンで包んであったので、それも外して手に取った。

 自重で指に沈み込むような、持っただけで分かるふわふわ具合。絶対に美味しいやつである。こちらも蒸して作っているお菓子らしい。

 一口食べれば、まずふわりと優しい玉子の香りがした。

 軽く柔らかい生地は「ふはふは」と旧仮名遣いで書くのがふさわしそうな柔らかさで、中のカスタードはトロッとして滑らかな舌触りだ。

 萩の月のカスタードがぎゅっと密度が高くてやや硬めなのに比べると、かすたどんのカスタードは緩めである。

 個人的には、かすたどんの方が萩の月より洋菓子寄りかなと思った。

「これ、緑茶もいいが、紅茶とかコーヒー、牛乳なんかも合いそうだよな」

 しっとりふわふわの生地とたっぷり入った滑らかなカスタードに、夢見心地で舌鼓を打ちつつ、中村に言う。

「分かる。でも今、どれも無いんだ。悪いけど緑茶で我慢してくれ」

 中村は肩をすくめて言った。

「残念だが仕方ないな。なあ、これ一個ずつ貰って帰ってもいいか?」

「ほら、やっぱり自分で買った方が、話が早かったじゃないか」

 中村が笑って言うので、俺もばつが悪い。

「すまん、また機会があれば自分用にも買ってくる」

「うん、そうするといいよ」

 美味しいお菓子と緑茶を囲んで、親友とまったり話す休日も悪くないなと思った。

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