第7話

次の日。

柴田部長の退職の話しを聴いてから、社員たちは心ここに在らずだった。


いつもなら張り切っている先輩社員も、少し業務作業が滞っている。




「署名活動、しませんか」


大崎絵美は真剣な表情で言った。


「署名活動…たしかに、いいかもしんないな」


米田翔太はなんだかノリノリである。


島田晴香と仲村真美は、社内でそんなことしていいのかと不安に感じた。


「だって、このままじゃ柴田部長辞めさせられるんだよ。そんなの、おかしいでしょ」


大崎絵美はやや興奮気味であるためか、少し大きな声になり、他の社員たちの耳にもその声は届いている。


柴田部長を辞めさせないための署名活動。

そんなことを社内でしたら、自分たちの処分もあることだろう。



「やりましょう、署名活動」



社内に流れる微妙な空気を断ち切ったのは、小泉真理子だった。



「お? 小泉、イイジャン!!」


米田翔太は子供のようにニカッと笑い、親指を立てた。


「…あの、入社式の朝、電車の中で鞄をぶつけてしまった人がいてね…。私は田舎出身で、通勤電車とか本当に怖くて…、で、怒鳴られたらどうしようと思った。でもね、その人が柴田部長だった。柴田部長は怒ったりしないで、私のことを気にかけてくれた。その時は柴田部長って知らなかったんだけど…入社式のあとの挨拶の時に、今朝の人だって」


あの無口な小泉真理子が小さな声とはいえすらすらと話している。

周囲で業務を進めていた人の手も、思わず止まる。


「別の日、やっぱり通勤電車が少し混んでて。私が乗った車両の遠くに柴田部長を見つけた。珍しく座れたんだなって思ってたら、目の前の人に席を譲ったの。ヘルプマークを付けてる人に」


「ヘルプマーク?」


ヘルプマークを知らない米田翔太に、内部障害や難病を持つ人など、見た目では分からない疾患を抱えている人が、援助や配慮を必要としていることを知らせるためのものだ。と伝えた。


そして、小泉真理子の母もヘルプマークを持っていることも。


「母が言ってた。ヘルプマークを持っているのは、何も席を譲れとか、そんな傲慢な気持ちで持ってる人はいないって。でもそういう偏見もあって、やっぱり見た目じゃ、しんどそうなの分からないからほとんどの人が見て見ぬふりする。そもそもヘルプマークを知らないって」


社内にいるほとんどの人が手を止めてじっと聴いていた。


小泉真理子も、やや我を忘れつつ必死に言葉にした。


「電車内でも、業務でも、柴田部長は優しくて強い人なんだと思う。みんなも助けられたこと、あるでしょ? 今度は私たちが柴田部長を助ける番じゃないかな」


「助け合い…って、やつだな!」


米田翔太は相変わらず少し的外れなことを言っているが、気持ちは通じ合っているようだ。


社内の雰囲気は、すっかり署名活動に参加することになった。



「……署名活動ですか」



小泉真理子たちの背後から、柳田正志が現れた。

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かまへん部長! yukke(ゆっけ) @yukke_1997

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