第6話
社員全員、自分の耳を疑った。
退職。
…退職?
柴田部長が?
「ちょっと待ってください、いきなりどうしたんですか」
いつも冷静沈着な柳田正志ですら声が揺らいだ。
「ん〜、まぁ、クビになったようなもんやな!うん!」
柴田康明は、いつもと同じ具合だ。
「クビって…」
「なんで? 柴田部長が?」
ざわつく社員たちを、柴田康明が「まぁまぁ」と制す。
柴田康明は入社した当時から心優しい人柄だった。
努力家であり能力もある。実績だってある。
ただ、その優しさに嫌悪感を抱く人が上層部にいた。
柴田康明は過去に、部下の重大なミスを庇うために、上層部に掛け合ったことがあった。
また、月に一度のペースで行われている飲み会も、上層部は柴田康明によるパワハラだと受け止めていた。
「いや〜、クビといっても早期退職って感じやな!うん!」
「それはある意味、結局クビなんじゃ…」
「よーねーだ!」
思ったことがそのまま口に出るのは、米田翔太の悪い癖である。
「うん、まぁそんな気にせんと!12月末日で退職やから、あと少しやけど、皆よろしゅうな!ほな、仕事しよか〜」
柴田康明はいつも通りだった。
突然の告白に戸惑いを隠せない社員たちは、まだぼーっと突っ立っている。
「皆さん、仕事に戻ってください」
柳田正志だけが冷静さを取り戻していた。
いや、胸の内は社員たちと同じだが、自分がしっかりしなければいけないと、そう思った。
柳田正志の言葉で、少しずつ社員たちは自分のデスクに向かった。
その日は皆、上の空だった。
新入社員として配属された頃、柴田部長に助けてもらいながら仕事を覚えたこと。
業務内容を忘れたふりをして、新入社員たちに話しかけてくれたこと。
ミスをしても怒らずに、一緒に改善点を見つけようとしてくれたこと。
社員たちにとって、柴田部長はなくてはならない存在になっていた。
その日から数日が経った。
今日はいつもの飲み会の日だ。
しかし、柴田部長が飲みに誘うことはなかった。
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