特別編 外側に立つ者 第2話

 〝廻廊〟を歩く――――


 彼女が幾度となく繰り返してきたルーチン。薄暗い室内では、白いエプロンドレスは場違いに輝く。

 決められた手順を踏んで、定められた道順を歩く。

 さすれば、そこは目的地。

 彼女たちの集合場所である。


「遅かったじゃあないの」

 先に来ていたフランクが声をかける。薄暗い殺風景な部屋。広さは五〇平方メートルそこそこ。その中央に位置する円形の多機能コンソール、通称〝円卓〟には自分以外のメンバー全員が腰かけていた。


「時間ちょうどですが」

「あなた様のスケジュール管理が正確すぎるのでんがな」

 インカの声に数人が首を揺らす。

「全部ぴったしで設定してたら、いざってときにズレない?」

 ティムールが続いた。

「いいえ。すべきことをし、なすべきをなしていれば、そんなものはありえません」

 〝同胞〟の軽口を彼女はばっさりと切って捨てた。


「まあなんにせよ、とりあえず座りなさい」

「はい」

 マガダの指示で彼女が〝円卓〟についたことで、その場にいるものは向き直った。〝円卓〟は一見すれば巨大な円形のテーブルと一般のイスであるが、実際はディスプレイやインターフェイスが搭載されている。これの使用方法を常人に説明すると、理解させるのに半年は必要とされていた。


「それではこれより、デブリーフィングを行う」

 今回の司会役であるアユタヤの発言とともに、卓上からいくつかの立体映像が飛び出す。

「本件テスタメント計画は、ノアの方舟計画より派生したプランである。きたるべき日、地球環境は未曾有の激変を迎える。当然、その際に人類の文明はリセットされ、最悪の場合人類という種は滅びる。ノアの方舟計画とは、それに対する人類ひいては人類の生活環境の保全であり、テスタメント計画はノアの方舟計画を円滑かつ確実に遂行するための試金石である」


「しっかし本当に地球滅亡なんて起こるんかね。今日日SF映画でもやらんぞ」

「私の観測が間違っているとでも?」

 予見者ニカイアの反論に、発言者のシッキムは肩をすくめた。

「そりゃそのうち、というものはあるだろう。始まりがあれば終わりがある。形あるものはいずれ朽ちる。当然、この星も例外ではない。核戦争か大災害か、どちらにしても地表のありとあらゆるものは一掃される日が来る……とは思うが、実感がなあ、どうも」


「原因究明とそれへの対症療法はもちろんとして、阻止できずにそうなった場合のプランは必要なわけだ」

 キエフが浮かんでいる立体映像のひとつに指を這わせる。円卓の中央にその映像が拡大された

「ノアの方舟計画の基本構想は二つ。地中のシェルターと宇宙の人工天体の建造。それは主要国の連中に秘密裏に進めさせるとして、ネックなのがその後の人類の動静。想定される新世界で、人類はどういう行動をするかどうか。対策を立てるにしても、そのデータがどうしてもほしかった。そのために考案されたのがテスタメント計画」

 

「まさかゲームに偽装して実験するとは思わなかったがね」

 カルタゴはポケットからシガレットを取り出し――――周囲から睨まれたのですごすごと戻す。

「精神の一部を切り離し、当該時間軸に飛ばし、実体化させた上で固定する――――期間限定とはいえ、実現には骨が折れたよ」

 技術者サファヴィーは大げさに肩を回してみせた。


「あの時計は小型のタイムマシンってところか?」

 ヒッタイトからのの問いに、

「どうかな。あれは肉体ごと時間軸をズラすデバイスだろ? 魂だけ飛ばして別の時点に出すんだから……さしずめ召喚機とか、発信機って言うのが近いかもしれない」


「本当にあれが未来の地球の姿なの?」カルタゴにココアシガレットを放ったフランクが聞く。

「見た限りでは」と観測者が言い、

「そんでそこにプレイヤーは実体を伴って活動してたと」しかたなしにココアシガレットをくわえるカルタゴ。

「作った通りなら」と技術者は言う。

「そりゃゲームだと言われても疑われないわ」

 あまりに荒唐無稽で、あの世界がもう一つのリアルであるなど、誰も思わないだろう。


「〝我々〟に思い込みや固定観念はタブーだ」

 司会役は立体映像のいくつかを表示させる。

「あらゆる可能性を考慮し、あらゆる事象に対する。それが我ら〝存在しない国の民アウトサイダー〟。人類規模の危機に対し、国家・民族・宗教――――万人が所属する派閥の外側にいる我々が動く」


「それはいいけどよ。金にもならん、褒められもしない、損な役回りでんがな」

 実利主義のインカは不満顔。

「今更金銭欲や功名心ですか?」

「いやいや。改めての認識の確認というやつでんがな。世のため人のため、陰ながら支える縁の下の力持ち……」

 エプロンドレスの彼女に咎められ、慌てて弁明。


「んで、計画はこれで完了ってことか?」

 アケメネスはいつものように話をまとめに掛かった。

「解析するだけのデータは充分集まったはずだが」

「いや、まあ、それでいいんだろうけどさ。ほら、みんなまたやりたいってさ。このままイグザム・エンタープライズっていうダミー会社をガチのゲーム会社にしちゃってもさ」

 人情派のムガルはそれに待ったをかける。

「リソースの浪費だな」

「仮にこれ以降も未来への干渉を許すと、後々とんでもないことになりそうじゃないか? コストよりリスク面でどうかと思うぞ」

 現実主義のローズが反対に加わった


「私は」

 エプロンドレスの彼女の言葉に、面々は集中した。こういった会合では常に黙していた彼女にしては珍しく積極であったからだ。

「私は、いつか――どんなに時間がかかっても、再開すべきだと考えます」

「ほう。その心は」

 司会役のアユタヤが促す。


「彼らはそれを望み、それを叶えることが、彼らの幸せであると考えるからです」

 その主張に一同は苦笑した。

「らしくないというか、なんというか」

「すっかり情が移ったってところか」

「情は大事よ。情がなきゃこんな損な役割やってられんがな」


 かつて――――

 ある国家があった。

 その国家には、当時でもって――――現代でですら、途方もなく発展した文明があった。超能力・超技術としか表現できないその文明を、その国家は自国の繁栄に利用し、他国にも善意でもって提供した。

 そう、世界はその国家がリードし、その国家の恩恵で平和に合理に進歩していった。

 しかし結果として、その国家は歴史の表舞台からは完全抹消される。


 優秀すぎたのである。

 その先進性を威圧や蹂躙に使うこともなく、ただ無償提供するだけの国家に、諸外国はなんら脅威を感じていなかった。それどころか、都合のいい道具としてさえ認識していた。当初は感謝や尊敬が主流だったが、与えられる恵みが常態化すれば、それは与えられて当たり前というおごりに化ける。そしてその傲慢が行き着く先は、より多く、より強くである。


 他国よりもっと。

 その精神が、国民性がもたらしたものは、その国家の征服であった。諸外国からすれば、自国だけが潤えばそれでいいのである。それが相対的に――――他国をリードする結果になるならなおさらである。

 自国のみへの技術提供の強要。

 他国への技術提供の禁止。

 諸外国はほとんど一斉に、そのような理不尽かつ独占的な要求をその国家へ迫った。

 その国家は、選択を迫られていた。

 底の見えぬ人の欲に立ち向かうか、それとも――――


 そしてその国家は選択した。

 国家を放棄するという選択を。

 その国を、国たらしめるものを捨てると。

 主権・領土・国民。

 国家を定義する三要素。

 その国家は、国民以外を捨て去った。

 軍事的活動――――侵略や殲滅をすれば、その国家は諸外国を粛清し、世界の頂点に立ったであろう。しかし、そうはしなかった。その先にあるものは何もなく、滅びしかないのだから。

 盛者必衰。

 よりよき国を望めば、あるのは他国を併呑へいどんする強欲。そしてやがて滅亡し、新しき国の餌となる。

 そのサイクルを、彼らは知っていた。ゆえに、争わない。

 そのための共存共栄の概念であったが、結果として諸外国にそれは通用しなかった。人間の強大な悪意を見誤ったのである。その国家をもってしても、その欲望を制御できなかったのだ。


 もぬけの殻となった領土を侵略する諸外国を尻目に、彼らは散った。

 どの国家にも所属せず、世界の外側に立つ者――――

 存在しない国の民アウトサイダーの誕生であった。

 以降、彼らはどの機関にも帰属せず、国是を主張せず、他国に潜伏し独自に活動する。

 その目的は――――


「なにはともあれ」

 会合の終わりを告げる、いつもの儀式を司会役が行う。

『人類最高!』

 全員で、声を合わせて、高らかに、そう言った。


 国家・宗教・民族、あらゆる派閥を超越した人類そのものへの貢献。

 なにものにも縛られず、ただヒトが栄え活きるために動く。

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最弱テイマーの最強テイム~スライム1匹でどうしろと!?~ 成実ミナルるみな @naruminarumina

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