清貧なる夜、サンタは何も願えない。

西東友一

第1話

「なんでだよ・・・」


 聖なる夜に少女の部屋に忍び込んだサンタクロース。

 少女の部屋に忍び込むのはどんな部屋よりも簡単だった。

 

 なぜなら、少女の家は貧乏だったから。


「なぁ…願ってくれよ」


 サンタクロースは衰弱しきった少女の顔を撫でる。歳を重ねるごとに素敵なレディに近づき、そして、歳を重ねるごとに衰弱していく少女。

サンタクロースの温かい手で撫でたおかげか、少女の顔色はほんの少しだけ穏やかになった気がした。


 サンタクロースは少女から目線を移して、慣れたように彼女の枕の近くにある、灰色にくすんでいる赤色の手編みの靴下の中を漁るとノートの切れ端が入っていた。


「キミの身体を治せる薬だってあるんだよ?」


 サンタクロースはノートの切れ端に描かれたメッセージを見て、涙目になりながら少女を見る。


「キミは馬鹿だ。あーやだやだ、これだから貧乏人の発想ってやつは。もー、発想が世間知らずの貧乏人だよ、まったく」


 人が生まれ持っている善の心。

それはサンタクロースも例外ではない。

サンタクロースはそう悪態を付かなければ、慈愛の心に押しつぶされてしまいそうで、心のバランスを保てなかった。


『世界に幸せが溢れますように』


 清貧な彼女は、自分には多くを求めず、みんなの幸せを求めた。

 毎年、毎年、自分が不幸な身体になっていっても、それでも世界に幸せを求めた。


「あぁ、まったく。ボクが引退できないのはキミのせいだよ」


 彼女の顔に自分の顔を近づけるサンタクロースは、唇と唇が触れあう間際で止まる。


 サンタクロースは求められていないものは与えられない。

 サンタクロースは求めてしまっても奪うこともできない。


 彼女が穢れなき清らかさでいるならば、彼女に相応しい男になるためにサンタクロースは今年も子どもたちにプレゼントを配る。

 彼も利己を優先すれば、サンタクロースとしては生きられない。彼にどんな願望があったとしても、エゴを押し付けることはできない。求められたプレゼントをただただ配るのが彼の役割。


「じゃあね、眠り姫。ゆっくりとおやすみ」


 彼にはやらねばならぬことがある。

 なぜなら、サンタクロースなのだから。


 夜空を駆けるサンタクロース。


「おぎゃー、おぎゃー、おぎゃーっ」


 遠くの病院で生まれたての赤ちゃんが泣いている。

笑顔が溢れる聖なる夜だって、涙を流す人もいる。


「……それでも、ボクはプレゼントを届けるよ。キミが望んだ世界になるまでは」


 サンタクロースは夜に舞う。

 子どもたちにプレゼントを配るために。

 頬に当たる冷たい雪のせいか、それとも直面する冷たい現実のせいか、頬が露で濡れていく。


 聖なる夜に、また一人。

 ―――聖女が生まれた



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清貧なる夜、サンタは何も願えない。 西東友一 @sanadayoshitune

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