第2話 出発



「結局石はどうしたの」


お互い大荷物の凛と私は、早めに集合してガラガラと台車を引きずりながら歩いていた。

凛が不意に思い出したようにきいてくる。寝起きで私は頭が回らないまま、今朝のことを思い出した。


「ああ、石?あれね、父さんに結局邪魔にならないんだからカバンにでも常に入れとけって突っ込まれた」

「持ってきたんだ」

「お守りだってさ」

「なるほどね。お守りなら私も持たされたわ。いつ買ったやつかわからないし学問のだけど」

「凛のお母さんたちらしいや」

「全くね」


荷物があるため、いつも以上にぎゅうぎゅうになっているエレベーターに並ぶ。

知り合いの姿も何人か見れるし、泣きながら並ぶ女の子もいる。


「なんか、今生の別れって感じなのかな。これ」

「どうだろ。地下移住の時より全然気楽だけど」

「あれはとはまた違う気がする。あれは……なんか、本当に人生変わるって感じがしたから」

「確かに。まあ今はスマホもあるし許可があれば帰れるし。家族や友達と離れたからって別に寂しくないしね」

「それはある」


私たちも荷物みたいにエレベーターのなかに詰め込まれながら、地上を目指していく。

地下移住。つい一年前の出来事だ。私は高校生になりたてだった。

「計画的地下移住」の順番がこの地域に回ってきて、テレビの中の出来事だったそれが自分の身に降りかかることとなった。

ずっと建設中だった巨大なエレベーターが完成して、それを使って地下に地域ごと引っ越した。もともと離れた場所に住んでいた凛の家と私の家は同じ建物になったし、隣に住んでいた家族はどこにいるのか、今となってはわからない。

移住のあの日、太陽の光が全く入らない、煌々とした地下の蛍光灯の光を見ながら、ひどく喪失感を覚えたのは、まだ記憶に強く残っている。荷物も家族も人も、全部一緒に移動したはずだったのに、あの感情はいったいなんだったんだろう。

そんな地下の環境だから、今回の疎開については愛着みたいなのがなくて気楽なのかもしれない。

凛も地下移住の時のことを思い出していたのかもしれない。2人でぼーっと歩いていたらいつのまにか学校に着いていた。

『荷物はこっち』と大きく書かれた看板の方に向かうと、校庭だったところにベルトコンベアが設置されていて、みんなが無造作に自分たちの荷物を置いていく。


「自分のタグを外れないようにしっかりつけることー」


一年生の担任の、若い女の先生が声を張っている。もう既に荷物に付いている、番号が書かれたタグを外れないか確認してから、私たちも荷物をベルトに載せた。

なんだかはるか昔に乗った飛行機の手続きみたいだ。久しく乗ってないから記憶が朧げだけど。


「あー、軽くなった!」


小さな貴重品が入ったカバンだけになり、身軽になった私たちは、移動用の地下鉄に乗り込んだ。

地下鉄は、いくら輸送用に作られたものといえど、全校生徒を乗せるには座席は当然足りず、既に結構な生徒が吊り革にもたれかかりながら、席の奪い合いをしながら過ごしていた。


「あ、おたま、りんりん、おはよ」


そんな社内の中に、同じクラスの女子集団を見つけたので合流することにした。


「おはよー」

「まって。たまちゃん、寝癖やばい」

「あぇ?」

「あ、ほんとだ。おたま、やばいよこれ」

「え、凛ちゃんここまで一緒だったのにこれ気づいてあげなかったの?!」

「全然見えてなかった」

「もー、しっかりしてくれ」

「しっかりするのは私じゃなくておたまの方だよ。出かける前に気づきなよ」

「それは凛ちゃんの言う通りなんだけど。ほら、私は櫛常備してるから貸してあげる」

「咲ちゃん……!流石、女子力の塊」

「前髪が命だからね」


戯れながら話していると、だんだんクラスでまとまりが形成されていく。クラスの女子のだいたいが集まったかなというところで、チャイムが鳴る。


『この電車は5分後に出発します。発車するまで、もうしばらくお待ち下さい』


地下鉄のアナウンスを久しぶりに聞いたね、なんて言いながら、またこれからの生活の話へと話題は移り変わっていく。

そうこうしているうちに、地下鉄は動き始めた。


向こうに着いたら、目の前にいるこのメンバーが生活を共にする家族だ。疎開が決まってからの1週間、担任からはそう言われて続けていた。うちのクラスは元々仲がいいし、雰囲気がいい。まあ、学校だけじゃなくて生活を共にし始めたらまた何か変わるかもしれないけど。

でも、人間関係という厄介な問題を抱えてないのは、不安が多い今、非常に助かることだった。


「向こう行ったら、ちゃんと寝れるかなぁ」

「今日は移動で疲れてみんな絶対寝るよ」

「確かに」

「私枕変わると寝れない派」

「ちゃんと持ってきた?」

「持ってきた!けどそれでめっちゃかわいいふわもこのパジャマ入れられなかった」

「パジャマパーティーじゃないんだからいらないでしょそれは……」

「お気に入りだったの!」

「まあ、落ち着いたら送って貰えばいいよ」

「そうする〜」


「てかこの地下鉄、どのくらい乗るって言ってたっけ」

「四時間って聞いたけど」

「長いな……」

「四時間立ちっぱなしってこと?!」

「交代で座ろうよ、ウチら座ってる組は早く着いちゃっただけだし」

「まじ?優しすぎる。助かるよ〜」

「咲は立ちっぱなしが続いたら絶対後のオリエンテーション寝るからね」

「そんなことない……とは言い切れないや」

「あはは……あれ。」


他愛もない会話。他愛もない会話なんだけれど、さっきからどうしてだろう。

なんでこんなに、視点がずれたみたいな、そんな感覚がするんだろう。

まるでこの会話が、全部幻みたいな。


「どうしたの、おたま。眠い?」


凛が覗き込んでくる。


「ううん、眠いわけじゃない、けど……」

「けど?」

「なんか、嫌な予感がする」

「なにそれ」

「私も、よくわかんないんだけど……あ、これ、だめなやつ」


なんだか視界がぐらぐらしているようで、めまいのような感覚を覚えてその場にしゃがみ込んだ。


「おたま?!大丈夫?」

「ごめん、凛。大丈夫、大丈夫なんだけど……」


凛だけは。凛は。

私は咄嗟に手を伸ばして凛の手を掴んで引っ張った。


「え」


その時。

ドン、と強い衝撃音がして。

目の前にあった光が全て消えて。

耳をつんざくような悲鳴と、浮遊感に襲われて、私は意識を手放した。



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ヤマタマミタマ @dandalilly64

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