第3話 強盗目線

夏の日のとある夜。


俺はコンビニ近くの街路樹に身を隠し、その機会をうかがっていた。


くそ、また人が入りやがった。


待機してから一時間。なかなか途絶えない客足にイラだちを覚えながらも、俺はじっと木に体を寄せていた。


張り込み調査じゃないんだからよぉ。


と言いつつ、なけなしの金で買った塩にぎりを一口ほおばる姿はまさに探偵ドラマのそれだ。


はぁ。


だが、俺にはやらなければならないことがあるのだ。そのためを思えば、こんな苦労は惜しくない。


そして今から犯すことは立派な犯罪。


それは重々承知。


でも、許してほしい。


俺は、自分を一応、育ててくれた両親を・・・今は亡き両親を、せめて長男としてとむらってあげたい。


そのためにどうしてもお金が必要なのだ。


・・・ただ、一つ不安なことがあるとすれば・・・凶器を持って、俺が正気を保てるかどうかだ。


日本に来る前、俺は争いの中で育ったからな・・・昔の血が騒がないとも限らんから・・・。


はぁ、まだかな。


さっき入っていった、いかにもニートな男が出ていったら突入しよう。


・・・


・・・


まだか・・・。


突撃前に、あらかじめ予習しておいた日本語を頭の中で反芻はんすうする。


店に入ってから、金を受け取るまでの流れはもちろん。


他にもあらゆるケースを想定してきた。


だから問題はないだろう。


・・・


・・・


よ、よし!なぜかわからんがあの男が猛然と走って出て行ったぞ!


あ・・・転んだ。


っていやいや、今はそこに気を取られている場合ではない!


「強盗だ!動くな!」


「おい!手を上げろ!」


俺は店内に入るや否や、店員に包丁を突きつけ、セリフを吐く。


「はい・・・。」


「この金に有り金全部詰めろ!」


・・・はぁはぁ。


や、やばい。


やはり人に凶器を向けるのはよくない・・・な。


すげぇ殺したく・・・なっちゃう・・・。


「はい・・・。」


はぁはぁ。


っ!手を下げるな!


そんなの殺してくれって意味だと思ってしまうだろうが!


俺はもう誰も殺したくないんだ!


「お前手を上げろと言っただろ!」


体がいつもより脈動するのがよくわかる。


ふぅ~。


「落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け。」


落ち着け、俺。ここまでは完璧なんだ。


あとは、金を受け取って・・・店を出るだけ・・・。


「ど、どうぞ・・・。」


金が手に入った!


そ、そうだ、あとは念のための一言・・・


「よし。お前、警察に電話だけはするなよ?」


「じゃあ俺はいくぞ。」


うまくいった!


あとは店をでるだけ・・・!


「あ、ぇっと!さ、さっきの者、です、が・・・?」


っ!・・・このタイミングで来客か!天才かよ。


「おい!動くな!手をあげろ!」


とりあえずこのセリフで合っているだろう。


く、なんだこいつ、慌てふためいて腰を抜かしてやがる!


・・・殺したくなっちゃうだろうが!!!


「あ、ぇえと?あ・・・」


「んじゃゴラァ!?」


はぁはぁ。


ってよく見たらさっき道で転んでいたやつじゃねぇか。


なんか臭いしイライラしてきたなぁ!


・・・


お、落ち着け。


こんなところで、ミスを犯すな。


・・・そ、そうだ。もしかしたら、この金だけでは足りないかもしれない。


これはこの男からも金を奪えとの天のお達しなんだ!


「お、お客様!この方に従ってください!」


「よし、いいぞ。・・・おい、金、はねぇのか?あ?」


「ひぇぇああああ、そ、そこ、でぅす。はい。」


くそ。


「見せ、てもらう。」


アドリブになると、やはり日本語がたどたどしくなってしまう!


くそ!


くそ!


はぁ。落ち着け。


リュックを開けよう。


・・・。ない。


どこにもないじゃないか!


くっそ!だましやがって!!!


あーイライラするなぁ!


「そ、それ・・・は!」


「なんもねぇじゃねーかよおい!・・・あ?このカエルがどうかしたのか?」


「か、かえして!」


あぁやばい。殺してぇ殺してぇ。


こいつの泣きっ面見てると衝動が抑えらんねぇよ!


「へぇ俺もこんなん持ってた気がするなぁ。うんうん分かる。

こうゆうの癒されるよ・ね!!!!おら!おら!」


はぁはぁあ。


落ち着け!


と、とりあえずぬいぐるみを犠牲にしただけだ!


うぅうう!耐えろ!


「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


「あっはははは!!!なんつ~顔してんだよ!」


はぁはぁ。


「よく見ろよ!これカエルじゃなくてゴミのぬいぐるみじゃねえか!」


・・・落ち着け・・・。


深呼吸だ。


あと、こいつの顔は見てはだめだ、殺したくなるから・・・。


でも、あれ、


こいつ、この無表情。


どこかで・・・。


「ねぇケロ。ごめん。」



あれ、なじみのある言語が聞こえたような・・・。


「あ?え?今なんて・・・。」


「かたきはうつよ。」


「え、おま、あ・・・」


ああ。


俺から奪った包丁を一瞬にして持ち替え、間髪入れずに殺しに来る。


そうか。


この動きができるのは。


俺か、


俺の弟くらいだ。


・・・生きていたんだな。


もうとっくに殺されたものだと思っていたよ。


あのぬいぐるみは・・・そうか、小さいころに二人で買いに行ったっけ。


それを忘れてしまうなんて、兄失格だな。


ごめんな。もう俺は・・・だめだ。


だ・・からお前だけ・・・でも


「生きろ。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る