第4話(終)「私のサンタは頼りない」
私は家でお母さんと一緒にクリスマスパーティーの準備をしていた。部屋の壁をたくさんのインテリアで飾り、ツリーを華やかにライトアップさせる。お母さんは台所で私が昨日作り置きしておいたシチューを温めている。
パーティーは夜7時から。雪絋君が遅刻してこないか心配だけど、なぜか逆に楽しみでもある。
「ふふっ」
お父さんのいない初めてのパーティーだけど、雪絋君が来てくれるというだけで不思議と楽しみに思えた。早く来ないかな……。私は鼻唄を歌いながら、カーテンの間から彼の姿が見えるのを待った。
「雪絋君来ないね……」
「そうね、そろそろ料理が冷めちゃうわ」
案の定、30分過ぎても彼は家に来なかった。慌てて準備しているのだろうと思って待ってみるも、外は雪絋君どころか人っ子一人通過する気配すらない。しんしんと降り注ぐ雪が見えるだけだ。
「何かあったのかな?」
流石に不安になってきた私は、スマフォを手に取って彼に電話した。
「あ、雪絋君! 大丈夫? 約束の時間過ぎてるよ?」
「明里……さん……」
電話が繋がり、僅かに安心する私。しかし、涙ぐんで言葉を発する彼の声が気になる。やっぱり何かあったのかな?
「どうしたの?」
「……」
どういうつもりだろうか。彼は私の家の近くにある公園に来て欲しいと言ってきた。私は分厚いコートを着て向かう。降雪の勢いは落ち着いているけど、やっぱり真冬の夜は寒い。
「雪絋君」
彼は一足先に公園に到着し、ベンチに座っていた。私も彼の隣に腰を下ろす。何か言いたげな表情の彼。突然別れ話を繰り出しそうで怖い。嫌な予感がする。
「どうしたの? こんなところに呼び出して……」
雪絋君は私に小さな白い紙箱を差し出した。ミラクルたんぽぽ……隣町のケーキ屋さんだ。私はこれを鮮明に憶えている。生前のお父さんが私に毎年買ってくれていたから。
「プレゼントに……ここのケーキ……贈ろうと思ったんだけど……」
私は箱を受け取り、恐る恐る中身を確認した。
クリスマスケーキはぐちゃぐちゃになっていた。
「……」
生クリームは飛び散り、スポンジもバラバラに崩れ、苺やサンタさんのマジパンはクリームに埋まっている。見るも無残な状態だった。
「明里さん家に行く途中で……道端で転んで……落としちゃった……」
ずっと我慢していたのか、雪絋君がとうとう泣き出した。でもよく目を凝らすと、今流れた新鮮な涙と重なり、頬の上に涙の
ずっと泣いていたんだ。ケーキを落としてしまった罪悪感に溺れ、私と顔を合わせるのが怖くて、約束の時間が過ぎた後も、この公園でずっと……。
「今年は明里さんのお父さんの代わりに……僕が君に贈るって決めて……頑張って用意したのに……」
知ってたんだ。私のお父さんが毎年クリスマスケーキを買っていることを。きっと彼氏として私を喜ばせようと、わくわくしながらサプライズを計画していたに違いない。
「本当に僕ってダメな奴だ……明里さんと……明里さんのお父さんの大切な思い出……めちゃくちゃに汚して……どうしようもない馬鹿野郎だよ……」
きっと許せなかったんだね。私の大切な思い出が絡んでるからこそ、それを崩してしまったことが。雪絋君の涙は降雪に負けないほど強く降り注ぐ。予想通りと言うか予想外と言うか、彼はドジを踏みに踏みまくる。
「ごめん……明里さん……ごめんなさい……」
私はサンタさんのマジパンをつまみ、口に入れた。
「ん~、美味し♪」
「明里さん……?」
サクサクという心地よい音と共に、優しい味が口いっぱいに広がっていく。
「雪絋君、これ美味しいわ。早速家に帰って食べましょ」
「え……でも、これ崩れちゃって……」
私は手袋を取って手を伸ばし、彼の涙を拭った。そんなの関係ないよ。雪絋君は私の人生に彩りを与えてくれたんだから。お父さんがいなくなって酷く悲しみに暮れていたけど、そんな自分を雪紘君が救ってくれたんだから。
「私のためを思って用意してくれたんでしょ? すごく嬉しい。雪絋君は本当に優しくて思いやりのあるいい人ね。あなたが恋人でよかった」
崩れたことなんて関係ない。彼が私を喜ばせようと一生懸命頑張ってくれたことが嬉しい。
いつもそうだったじゃん。何をしても楽しいと感じなかった自分の灰色の日常が、雪紘君の暖かい優しさのおかげで純白の美しい世界に変わった。彼が笑いかけてくれたから、私も笑顔が絶えない明るい女の子に戻れた。
彼のおかげで、私はようやく梅田明里になれたのだ。
「明里さん……」
そして、私は雪紘君の唇に自分の唇を重ねた。正真正銘のファーストキスだ。
「本当にありがとう……私のサンタさん。最高のクリスマスだよ」
いつの間にか私の瞳からも涙が溢れ出ていた。彼も当然泣きじゃくる。なぜ泣いてしまうんだろうと考えるけど、理由なんていらない。涙を流す感覚ですら、彼がそばにいるだけで心地よく感じるから。
私達は二人して子供のように泣き、ぎゅっと抱き締め合う。私達の涙は雪のように輝いていた。
「明里さん……いや、明里。僕の方こそありがとう。僕も大好きだよ」
「ありがとう、雪絋。ずっとずっと、だーい好き」
明里はなんて素敵な人なんだろう。こんなに暖かくて広い心の持ち主は、この先生きて二度と巡り会えないんじゃないかと思うほど、彼女の存在が愛おしくてたまらない。
「雪絋、そんなにがっつかないで落ち着いて食べなよ」
「だって! 明里が作ったクリームシチュー、すごく美味しいんだもん♪ ……って、あぁ!」
「あ、ほらもう……」
早速始まったクリスマスパーティーで、僕はシャツにシチューを飛び散らせてしまった。明里がお母さんのように布巾で拭いてくれる。恋人同士なんだけど、これじゃあ親子のやり取りだ。
「えへへ……ごめん」
「もう……しょうがないわねぇ」
これからも僕のドジは収まる気配はない。だけど、明里は呆れながらも全てを受け止めて、僕をこれでもかというほどに愛してくれる。僕も彼女が支えてくれるから、毎日幸せでいられるんだ。
不恰好にはなっちゃったけど、明里を笑顔にできてよかった。これからも彼女が笑顔で生きていけるように、そばにいて支えられたらいいな。
お父さん、天国で見ていますか。今年もサンタさんはやって来てくれました。でも今までとは違い、見ていて心配になるようなダメダメサンタさんのようです。
それでも、今まで受け取った中で最高のプレゼントを用意してくれました。私はとても幸せです。
「雪紘」
「ん?」
私は雪紘の頬に付いたシチューを拭う。私の彼氏は一見ドジで頼りなくて、運動も勉強もからっきしダメで、すぐに泣いてしまうような困った人です。
でも……
「メリークリスマス♪」
「ふふっ、メリークリスマス!」
私のことを心の底から愛してくれる、とても優しくて最高の彼氏です。
KMT『私のサンタは頼りない』 完
私のサンタは頼りない KMT @kmt1116
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