第3話「サプライズ」



「お前、梅田さんと付き合ったんだって? やったな!」

「えへへ……ありがとう♪」


 僕は同級生の溝口翔二みぞぐち しょうじ君にお祝いしてもらった。翔二君も明里さんと同じく社会学部の学生だ。彼ともよく一緒に遊びに行ったり、食事を楽しんだりしている。


「実は24日の夜に、明里さん家でパーティーをやるんだ。僕が料理を作るんだよ」

「え、お前が? ヘマしないか心配だな」

「もう……僕だってやる時はやるんだからね!」


 心配する翔二君を見返してやるつもりで、放課後に僕は明里さんの家に行った。パーティーに向けての練習のために、これから彼女に料理を振る舞うのだ。






「うーん……」


 明里さんが反応に困っている。当然だろう。僕が生み出したカレーは、驚くほど多くのやらかしと共に煮込まれた失敗作なのだ。


 じゃがいもや人参などは皮が剥けきれていなくて、煮込みが甘く芯が残っている。ルーの量も十分ではなく、全体的にシャバシャバで水っぽい。カレーというよりシチューだ。いや、シチューどころか料理ではない。


「ごめん……明里さん……」


 僕は絆創膏だらけの指を撫でながら謝る。野菜を切る途中で面白いくらいにスパスパと指を切った。煮込む最中も弾けた出汁が飛び散り、何度も火傷した。何かと戦った後なのではないかと思うくらいの大怪我だ。


「ううん、謝ることなんてないよ。一生懸命作ってくれてありがとう」

「料理は毎日の積み重ねだからね。いきなり上手くなれるわけじゃないから。コツコツと頑張ればいいのよ」


 一緒に食べてくれた明里さんのお母さん……あずささんも優しく僕を励ましてくれた。本当に情けないなぁ。一人暮らししてるのに料理もまともにできないなんて。




 当然ながら、クリスマスパーティーで僕が料理するという話は無しになった。僕はテーブル上の皿を回収する。いつになく重く感じる。


「ねぇ、雪絋君」


 すると、梓さんが僕に話しかけてきた。台所で鍋を洗う明里さんに聞こえないようにするためか、耳元で小声で話す。


「お願いがあるんだけど、クリスマスパーティーの当日にケーキを買ってきてくれないかな?」

「ケーキ? いいですけど……」

「ありがとう。でもね、ただのケーキじゃなくてね……」


 梓さんが言うには、明里さんのお父さん……和樹かずきさんは、毎年クリスマスに明里さんにクリスマスケーキを贈っていたらしい。

 明里は駅前通りにあるケーキ屋「ミラクルたんぽぽ」が毎年販売する、サンタのマジパンが乗ったクリスマスケーキが大好きなのだという。お父さんがケーキを買って帰って来るのを楽しみにしているのだとか。


「明里、それを毎年嬉しそうに食べるのよ。だからね、今度はその役目を雪絋君にお願いしたいの」


 和樹さんは既に亡くなっているため、明里さんにケーキを贈ることができない。ならば、今年は僕が贈ってあげる他ない。


「分かりました! 任せてください!」

「ありがとう」


 僕は元気に返事した。今年は僕がサンタさんになって、明里さんに最高のサプライズを届けるんだ! 頑張るぞ~!








 そして迎えたクリスマスパーティー当日、僕はケーキを買いそびれた。


「あぁぁぁぁぁ!!!」


 買うことを忘れていたわけじゃない。お店に来た時には既に完売してしまっていたのだ。大学の講義が終わってダッシュで向かったのに、一足遅かった。


「どうしよう……」


 僕は店の前で崩れ落ちる。なけなしのお小遣いで買うプレゼントは、例のクリスマスケーキ以外考えていなかった。いっそのこと他の通常ケーキでもいいだろうか。

 いや、明里さんが大好きな特別なクリスマスケーキじゃないとダメだ。彼女の笑顔のためにはそれが必要不可欠なんだ。


 でも、欲しいものが目の前になければどうしようもない。せっかくアルバイトを頑張って、食費を切り詰めてお金を貯めたのに。あぁ……僕はなんてドジなんだ……。




「……雪絋?」


 すると、聞き覚えのある声が飛び込んできて、僕は顔を上げた。ミラクルたんぽぽの従業員服を着た翔二君が店から出てきた。


「翔二君!? なんでここに?」

「ここ俺の実家だし」


 そういえば、前に実家がケーキ屋と言っていたなぁ。まさかミラクルたんぽぽだとは思わなかったけど。営業のお手伝いをしてるなんて凄いなぁ。


「あ、もしかしてクリスマスケーキか?」

「うん。でも僕の欲しいやつが売り切れちゃってて……」

「あぁ……あれは今日一日400個限定販売って決まってんだよなぁ」


 そういうことだったのか。分かっていればもっと早く買いに行ったのに。ろくに下調べもせずに無計画に行動する……僕の悪い癖だ。考えても仕方のないことが、頭にどんどん溜まって重くなっていく。




「よかったら俺の分いるか?」

「……え?」


 翔二君……今なんて言った?


「うちの親が俺の分を先に買ってくれたんだ。お前にやるよ。どうせ梅田さんへのプレゼントだろ?」

「いいの!?」


 限定販売のケーキなんてなかなか手に入れられるものではない。家族だから容易くゲットできたのに、楽しみを手放してしまってもいいのだろうか。


「あぁ。それにもう一個妹の分も買ってあるし。それを二人で半分こにするよ。ちょっと待ってろ。今取りに行くから」

「あ、ありがとぉぉぉぉぉぉ……」


 何ということだろう。彼からの予想外のクリスマスプレゼントだ。こんなに情の深い友達を持って、僕は幸せ者だ。


「ほらよ」

「本当にありがとう。お礼にこの間作ったカレー、今度お裾分けするね」

「遠慮するわ」


 無事にお望みのクリスマスケーキが手元に渡った。翔二君の恩に応えるために、明里さんの笑顔のために、最高のパーティーを作り上げるぞ!


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