第2話「失敗ばかり」



 彼女の悲しみを垣間見た途端、僕は彼女を助けたくてたまらなくなった。僕の同級生、梅田明里さんは1年前に大好きなお父さんを亡くしたらしい。今もその悲しみから抜け出せず、退屈な日々を過ごしているらしい。


 見過ごせるわけなんかなかった。僕が明里さんを笑顔にしてあげたい。モノクロの世界を彩ってあげたい。そう思ったんだ。


「あ、明里さん!」

「ん?」


 無意識に明里さんを引っ張り回そうとしてしまった。他人の悲しみを理解したつもりになって、こちらの勝手な都合で助けてあげようなんてありがた迷惑なことだ。誰しも思うかもしれない。


「じ、実はおすすめのお店があるんだ! この後一緒に行かない?」


 でも、そんな考えが思い浮かばないほど、僕の頭は楽観的だった。いや、むしろそんな考えなんか糞喰らえだ。善意に身を任せて行動するより、屁理屈ばかり並べて見てみぬふりをする方がよほど達が悪い。


 だから、僕は何の計画も無しに彼女の手をとった。理由なんていらない。ただただ助けてあげたかったんだ。




 でも、それを達成するには大きな障壁がある。僕は超が付くほどのドジで間抜けな人間なのだ。


「明里さん! 確か『春夏秋冬こんぺいとう』観たいって言ってたよね!?」


 喫茶店やラーメン屋での騒動の後日、僕は名誉挽回のために明里さんを映画に誘った。前に彼女が観たいと言っていた恋愛映画を、僕はしっかりと記憶していた。頃合いを見計らって申し出たのだ。


「今度の日曜にでも行かない?」

「うん、いいよ」

「やったー! 僕、チケット予約しておくね!」

「ありがとう、雪絋君」


 明里さんは快く承諾してくれた。僕は率先してチケットの予約を済ませた。よし、今度こそ男らしいところを見せるぞ。明里さんを楽しませるんだ。


「楽しみだね!」




 そして迎えた当日、僕達は全く別の『アッパレ! 魚丸君』という子供向けアニメ映画を見る羽目になった。チケットの予約サイトで入力箇所を間違えてしまったらしい。当日になってから気が付いた。


「明里さん……ごめん……」

「ふふっ、魚丸君可愛いね。雪絋君みたい」


 明里さんは全く気にせず、一緒に映画を楽しんでくれた。




 僕は再び名誉挽回を図り、明里さんの誕生日に彼女が行きたがっていたスイーツビュッフェに連れていってあげることにした。


「美味しいケーキがいっぱいあるから! 楽しみにしててね!」

「うん、ありがとう」




 そして迎えた当日、僕は寝坊して待ち合わせ時間に遅刻した。


「ごめん……明里さん……」

「いいよ、行きましょ」


 更に会場では飲み物を床にこぼしてしまったり、スプーンやフォークを床に落としてしまったり、口座の残高が足りなくてキャッシュカードが使えず、明里さんに代金を払わせてしまったりなど、やらかし放題だった。


「ごめん……本当にごめん……」

「いいよ、私はすごく楽しかったから」


 明里さんはすごく楽しい誕生日だったと、僕を励ましてくれた。こんなに気を遣わせてしまったことが申し訳ない。




 今度こそ! 今度こそ僕は名誉挽回のためにお買い物デートに誘った。このデートで僕は明里さんに告白するんだ。


「明里さん、すごく似合ってるよ!」

「ほんと? ありがと!」


 橙色のカーディガンを試着する明里さん、可愛い。今回は場所を間違えることもなかったし、遅刻もしなかったし、お金だって手元に十分用意してある。今のところ大きな失敗はない。いける!




 そして迎えた告白の時、僕はショッピングモールの中央にある噴水広場に明里さんを連れていく。綺麗なイルミネーションが施されていて、とても幻想的な空間だなぁ。告白の場にはもってこいだ。


「あ、明里さん……」

「うん……」


 明里さんの反応から、今から告白することが既にバレてしまっているらしい。雰囲気作りが全然なってない。それでも僕は勢いに任せて思いを告げる。緊張を圧し殺して口を開く。




「ぼ、ほぼ僕! あああ明里さんのこ、ここととが……だ、だだ大好きです!」


 よし! 言えた! 言えたぞ!


「ど、どうか……ぼぼぼ僕と付き合t……ったぁ~!?」


 あぁぁぁぁ! 痛い痛い痛い!!! 僕は舌を噛んでしまったようで、床に倒れて悶絶した。




「大丈夫?」

「は、はひ……らいひょうふれふ……」


 明里さんが僕を抱き起こしてくれた。本当にカッコ悪いなぁ、僕は。こんな大事な瞬間ですらドジを踏んでしまうなんて。明里さんもこんな情けない男なんて願い下げだろう。




「……いいよ」

「え?」


 今、何て……?


「いいよ、付き合おう。私もね、一生懸命楽しませてくれようとする雪絋君、大好きだよ」

「あ、明里しゃん……」


 僕は明里さんに抱き付いて泣きじゃくった。世界カッコ悪い男選手権で優勝しそうな僕を、明里さんは優しく抱き締めてくれた。


「僕、絶対に明里さんを幸せにする! 何が何でも幸せにしますぅ~!」

「ははっ、大げさだよ」


 明里さんに出会えて僕は幸せだ。僕はどうしようもないほどにダメ人間だけど、明里さんを笑顔にするためならどんなことでも頑張れる。結果はどうなろうとも、そのためにがむしゃらで突き進める気力だけは誇れるんだ。


「これからもよろしくね、明里さん」

「こちらこそよろしく、雪絋君」


 こうして僕らは恋人同士となった。その三日後、付き合った記念に再びデートに行こうという話になった。とっても楽しみで待ち遠しかった。




 そして僕は待ち合わせの時間に遅刻した。


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