私のサンタは頼りない
KMT
第1話「私の彼氏は頼りない」
KMT『私のサンタは頼りない』
一年前、私のお父さんが死んだ。小中高と私の晴れ晴れとした学生生活を、暖かい眼差しで見守ってくれた優しいお父さんだ。それなのに、たった1台のトラックが全て奪い去った。
私は絶望の縁に落とされた。まさか念願の私立大学の合格報告が、仏壇の前ですることになるなんて思わないじゃない。私の涙はお母さんに負けないくらい、たくさん流れていたと信じたい。
「
「お母さん……」
残された私とお母さんは、抱き締め合って絶望にもがく。今まで仕事尽くしだったお母さんは、在宅ワークの徹底や定期的な休暇を作るようになった。全ては、私に寂しい思いをさせないようにするためだ。
それでも、せっかく始まった私の大学生活は、彩りに溢れることはなかった。あんなに大好きだったお父さんがいない日々は、音の出ない音楽プレイヤーを延々と聴かせられるように、無機質な時間の繰り返しだった。
「放課後帰りにカラオケ行こうぜ!」
「今日駅前にクレープ屋出てるらしいわよ」
「ドリプロのニューシングル今日発売だって!」
「今夜は外食しちまうか~」
私の周りを飛び交う大学生達の楽しそうな声。その一つ一つは素敵な色で輝いているはずなのに、私の目はそれを捉えることができない。何もかもモノクロの虚しい世界だ。
そんな私の世界に彩りを与えてくれたのは、彼だった。
「だ、大丈夫……?」
私に向けて手を差し出す男子学生。私は出入口付近の階段の段差につまづいて転んでしまった。コンクリートの角に打ち付けた膝から、大量に血が出ている。彼はそれに気付いた。
「血が……大変だ! 僕、絆創膏持ってるから!」
他の学生は転んだ私を見ても、気付かないふりをしてスルーするのに、彼だけは私を心配して駆け寄ってくれた。まさか絆創膏まで渡してくれるなんて。
「……あれ?」
どうしたの?
「あぁ! そうだった! この間最後の一枚使って切れちゃったんだ! うわぁ~!」
頭を抱えて叫ぶ彼。何だ……普段から絆創膏を持ち歩いてるなんて気が利くなぁと思ったのに。詰めが甘いと言うか何と言うか。私の期待も転落してしまった。
「……あの」
すると、彼は絆創膏の代わりにポケットティッシュを取り出した。それなら私のバッグにあるし、別にいらない。
「よかったら……使って……」
「……ありがとう」
気が付くと、私の手は不思議と彼のポケットティッシュを掴んでいた。何事もなかったかのように血を拭き取り始める。おかしいな……いらないって思ったはずなのに、なんで受け取っちゃったんだろう。
「ごめんね……」
彼との関わりはこれで最初で最後だと思っていたけど、その後も不思議と縁があった。私と同じ社会学部ということや、同じ講義に度々顔を合わせることがあって、自然と仲良くなった。
「僕、
「私は
「明里……いい名前だね!」
「お父さんが付けてくれたんだ」
私の名前はお父さんが明るい子に育つようにという意味を込めて付けてくれた。私はこの名前が大好きだ。
「いいお父さんだね!」
「うん……もう死んじゃったけどね」
「え?」
お父さんの話になると、毎回落ち込んで空気を冷たくする。私の悪い癖だ。彼もどうしたらよいか分からず、困った顔をしている。
「あ、明里さん!」
「ん?」
雪紘君は私に顔を近付ける。
「じ、実はおすすめのお店があるんだ! この後一緒に行かない?」
彼は一人暮らしをしていて、大学近辺の地理に詳しいらしい。大学帰りに彼のおすすめの喫茶店にお茶をしに行くことになった。
「そのお店はパンケーキがすごく美味しいんだ! 甘いものとか好き?」
「え、えぇ……」
雪紘君はいつになく張り切っている。落ち込んだ私の気を晴らさせるためだろう。正直今は何かを食べようとする気にはなれないけど、せっかく誘ってくれたのだ。気遣いは素直に感謝しておく。
彼に案内され、私達は喫茶店の前に来た。
……あれ?
「え? あぁぁぁ!」
なんと、喫茶店は大きなシャッターが閉まっていた。『定休日』と記された小さな看板が無慈悲に吊り下げられている。
「そうだ! 毎週水曜日は定休日だったんだ! 忘れてた!」
雪紘君はシャッターに手を突いてうなだれる。彼の行き着けのお店らしいから、それくらい把握していると思っていたけど……。驚くほど落胆してる様子から、彼自身も相当行きたかったらしい。
「ごめん……明里さん……」
地面に尻を突き、涙目で私を見上げる雪紘君。その情けない姿はとても大学生とは思えず、母親に叱られた男子小学生のようだった。申し訳なさから来る涙が、彼の瞳の中で泳いでいる。
……もう、しょうがないなぁ。
「雪紘君」
私は喫茶店の隣にあるお店を指差した。
「私、急にラーメンが食べたくなっちゃった。一緒に行ってくれる?」
「え……あ、もちろん!」
その後、私と彼は隣のラーメン屋で食事をすることになった。ここは彼も時々通っているらしく、彼は注文が届くまでの時間延々とお店の魅力を語り続けた。
しかし、私との時間を楽しむあまり、テーブルに置いていた
結局この日は彼の声が最後まで鳴り止むことはなかった。いつになく忙しない一日だ。
「ごめんね、明里さん。僕……何やってもドジばかりでさ……」
それは雪紘君と一緒に過ごしてみてよく分かった。彼はおっちょこちょいで慌てん坊でそそっかしくて間抜けであんぽんたんの頼りない男の子だ。
それでも……
「ふふっ、いいよ。今日すごく楽しかった。ありがとう、雪紘君」
「え? そ、そう……」
本当になぜだろう。彼といると私の日々を覆う辛い感情を忘れられる。こんなにドジで頼りないのに、それがむしろ面白くて笑顔になってしまう。彼がそばにいると、目の前に広がる時間が何もかも楽しく思えるのだ。
「ねぇ雪紘君、明日もどこか遊びに行かない? 楽しいところ、教えてよ」
「明里さん……うん! 任せて!」
雪紘君は胸を張って自信満々に言うけど、きっと予想だにしない失敗をしてしまうだろう。なぜかそっちを楽しみにしている自分がいる。
ようやく私のモノクロの世界が彩られた。私とすれ違った彼が、転んで私の世界に絵の具をぶちまけてくれたのだ。
私は彼の住むアパートの前で分かれた。
「じゃあね、明里さん! またあしt……ぶぇっ!」
雪紘君がほどけた靴紐を踏んで転倒した。またやらかした。はぁ……やっぱり彼と一緒にいると退屈しないや。
「ありがとう……明里さん」
「ふふっ、本当にドジね」
私は彼の手を引いて起こしてあげた。何だかすごく心配だから、これからも私がそばについてあげようかな。彼がこれから私の人生をどう明るくしてくれるのだろうか。とても楽しみだ。
それから二ヶ月後、私と彼は付き合った。
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