第38話 ほんと、化け物には言葉が通用しないな!④


 約束通りに抱き枕として抱きしめられている桂華は枕に頬をつけながらぼんやりと睡魔が来るのを待っていた。ニャルラトホテプに背を向けながら、ぼーっと今日の出来事を思い出してふと気づく。



「てかさ、幽霊に首絞められた時と反応違くない?」

「あぁ、幽霊は人を殺せないからね」



 桂華は一度、幽霊に首を絞められている。その時の反応と今回の反応が違っていたのでニャルラトホテプに聞いてみたらそう返された。


 幽霊に人は殺せないというが、首を絞められて苦しかったし、意識が飛びそうだったのを桂華は覚えている。けれど、ニャルラトホテプ「幽霊に人は殺せない」と言った。



「気絶させて恐怖を植え付けて、取り憑いて、死に追い込むことはできるが、あの場では殺せないよ」

「じゃあ、あんたが助けたのってどういうこと?」

「ボク以外に好かれたのが気にいらなかった」



 ニャルラトホテプは言う、桂華はボクのモノなのだからと。誰がお前のモノになったよと突っ込んだが、彼は「出会った当初だが?」と返すので桂華ははーと溜息を吐いた。



「あの場で気絶して取り憑かれでもしたら面倒だろう」

「まぁ、そうだけど……」

「蛇人間は人間を殺すことができる、だから始末した」



 幽霊は死に追い込むことができるが自分自身の手で人を殺すことはできない。だから、楽しむことはできたけれど蛇人間はそうではない。彼らは平気で人間を殺すことができるのだから、楽しむどころではなかった。


 桂華をそんなあっさり殺されては楽しめないではないか。もっと狂ってもらわなければ、恐怖を見せてもらわねばならない。それに所有物に傷をつけられて苛立たない邪神はいないのだとニャルラトホテプは言う。



「じゃあ、幽霊に首絞められても死にはしないと」

「そういうことになる。だからといって、取り憑かれないとは限らないから気を付けるように」

「気を付けても寄ってくるんだよなぁ」

「怪異に引き込まれやすくなっているから仕方ないね」

「あんたのせいでね!」



 誰のせいでそんな体質になったと思っているのだと愚痴れば、ニャルラトホテプは笑うだけだ。全く悪びれる様子もないし、そもそも悪いとも思っていない。もう何度も突っ込んでいることではあるので、桂華はもう諦めている。


 諦めているけれど文句は言いたいわけで。だから口に出すのだは相手は全く気にしている様子はない。と、いうか楽しんでいる節がある。言い損な気がしなくもないなと桂華は最近になって思うようになった。



「あんたを楽しませるのが面倒」

「ボクは楽しいけれどね」

「あんたはな! こっちは楽しくないけど!」



 桂華にとっては全く持って楽しくないのだがニャルラトホテプは楽しんでいるようだ。蛇人間に関しては苛立ちのほうが勝ったみたいではあるけれど。こいつの基準が分からないなと桂華は思いながら、疑問も解決したことだしと寝ようとする。



「桂華」

「何、もう寝るけど」

「こっちを向いてほしいのだが?」

「嫌だけど?」



 桂華が「何故、向く必要があるのか」と問えば、ニャルラトホテプは「眺めていたいからだが?」と答えた。何が眺めていたからだと桂華は思ったけれど、ニャルラトホテプがぐりぐりと首筋に額を押し付けてくるので仕方ないと寝返りをうつ。


 御望みにと向いてやればニャルラトホテプは満足そうな顔をしていた。なんだ、こいつはと桂華が思ったのは言うまでもない。



「満足した?」

「眺めが良いからな」

「もういいっすかね」

「ダメ」

「くっそう、このまま寝かしつける気だな……」



 この顔の良い男に見つめられながら自分は寝るしかないのだと桂華は悟り、また深い溜息を吐いた。どうあっても逃れられる気がしないのでこのままなのは確定している。


 しかし、見つめられながら寝れるかと問われると微妙だった。少しばかり恥ずかしいのと、視線を感じてしまうというのもある。とはいえ、睡魔はだいぶやってきていたので桂華はうーんと考えてから、そうだと思い着く。


 桂華はニャルラトホテプの胸に額を押し付けて丸まるようにした。視線を合わせる訳でも顔を見る訳でもないのでこれならば寝れそうだと桂華は目を瞑る。彼の温もりがどこか心地良くて桂華はすぐに眠りに落ちてしまった。



「……なるほど、そうくるか」



 桂華の行動を見てニャルラトホテプは呟いた。どういう反応をするだろうかと眺めていたがそうやって眠るのかと思って。



「キミは気づいていないけれど、ボクにだいぶ心を許しているよ」



 警戒することもなく、相手の懐にくっついて眠るなど心を許していなければできない行為だ。桂華は無自覚にその行動をとっているのでニャルラトホテプは可笑しかった。


 彼女が自分に堕落していっていることが嬉しくて、楽しくて。もっと、そうもっと堕ちきってほしい。ニャルラトホテプは機嫌よさげに桂華の頭を撫でる。



「安心するといい。ボクはキミを死ぬまで愛してあげるから」



 狂って堕落していく様を眺めながら愛してあげよう、死ぬ瞬間までずっと。ニャルラトホテプは囁くように口ずさむと桂華を抱きしめた。



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ニャルさまは干物女子にお熱中〜一般探索者Aだったはずなのに邪神に気に入られて歪んだ愛情を向けられる干物女子の非日常〜 巴 雪夜 @tomoe_yuya

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