第4話 気づく

 少年漫画の主人公はかっこよくなくてはならない。だから、私が今まで出会った中で一番かっこいい男の子の弘樹をモデルにした。私の男友達は弘樹だけだ。弘樹が、野球に真剣で、優しくて魅力的な男性でよかった。私は弘樹の親友だから、相棒役はなんとなく美化した自分をモデルにしている。


 亜由美から貴重な読者の生の声を聞けて感謝している。なのに、モヤモヤとした感情が私の中に渦巻いている。私は、私が分からない。


「ねえ、弘樹ぃ、ウチとこのあと二人で飲まなぁい?」


 甘ったるい声で女子が弘樹を誘惑していた。気持ち悪い。


「いや俺、彼女いるし」


 別れればいいのに。


 私ははっとした。今、何を考えていた?自分の中に生まれた感情に名前をつけるのならばなんといえばいいのだろう。これがもし、漫画のワンシーンならどう解釈するだろう。


 旧友の女子が弘樹に対して抜け駆けしようとしていることに憤りを感じている。私だって、同窓会の後は弘樹と二人で飲みたいのに。弘樹が誘いを断ってくれたことは嬉しいけれど、その理由が恋人であるということが嫌だ。ああ、この感情は「嫉妬」だ。


 今更気づいた。私はずっと弘樹が好きだったんだ。


 私をモデルにしたキャラクターが弘樹に愛されることに、仄暗い優越感を抱いていた。友也をはじめとする主人公の相棒たちが主人公に対して抱く感情が恋愛感情に似ているのは当たり前だ。だって、私は弘樹に恋をしているから。そして、一樹をはじめとする主人公から親友への感情が恋に似ているのは、私の願望である。絶対叶わないと分かっているから無意識に感情をベタで塗りつぶしたけれど、私は弘樹の恋人になりたかった。


「おい、春那。二次会、12人参加だって」


 弘樹の声で我に返ったけれど、気づいてしまったから弘樹と普通に話せない。この人をずっと見つめていたい。私のものにしたい。


「お前、顔赤くね?幹事なのに飲み過ぎだろ」


「大丈夫。赤くなりやすいだけで、そんなに酔ってないから」


 顔が赤くなっていたことを指摘されて、ひやりとした。お酒の場で良かった。もし素面だったら、きっとこの気持ちがばれていた。


 弘樹は私の一番の理解者だと思っていた。でも、この気持ちだけは、まだ知られたくない。私は弘樹の一番の理解者でいるつもりで、弘樹をモデルにしたキャラクターを何人も生んだ。でも、弘樹が私を女性としてどう思っているか、今この瞬間一番知りたいことが分からない。ねえ弘樹、もし彼女と別れたら、私は「アリ」ですか?


 このあとの二次会、どんな顔をして弘樹と話せばいいんだろう。私はこの先、弘樹に対してどんな気持ちを抱きながら連載を続ければいいんだろう。原稿に無意識に投影し続けた、私の恋心と妄想は、気づくことで壊れてしまうかもしれない。


 私の物語の主人公はいつだって君だった。


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紙の上の無意識 天野つばめ @tsubameamano

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