密室の恋

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

第1話


 薄暗いコンクリートの部屋。

 扉には鍵。出口は他に無い。


 バッグは取られた。

 スマホもない。


 そして、目の前にはロープの端。

 それには滑車が付いて天井から吊るされ、もう一端は壁の上に空いた穴に吸い込まれていた。


 私はそれにすがり付く。

 気を抜かなくても上に引っ張られる力に抵抗する。必死で。

 「ほらー、頑張らないと彼が死んじゃうよー。」

 部屋にただ1つあるモニターから声が聞こえる。

 モニターには良く見知った人が撮されている。でも、声の主は違う。

 撮された彼の声じゃないし、彼は崖から伸びたロープに両手でしがみついて生死の境に居るのだから。

 「私が気に入らないなら私を狙いなさい!彼は関係ないでしょ!?何でこんな…」

 ロープが揺れ動き、手に食い込む。それでも離す訳にはいかない。

 何時まで続くか?終わりはあるのか?そんな事はどうでもいい。

 離せば彼が死ぬ。それだけ。

 「彼も当事者。人の恋心を踏みにじった許されないヒト。さぁ、早く離しなさい。そうすれば全て終わる。うまくいく。」

 モニターから冷酷さと穏やかさを混ぜた声がした。

 体が強張り火照る中で寒気がする。

 「絶対嫌!離すものですか!」

 暴れるロープを腕と足に絡めてなんとか押さえ込む。

 絶対助けてやる!





 二分されたモニター越しに健気な女を見る。

 顔は真っ赤、怒りと愛に満ちた顔がとてもいい。

 スイッチを押して男の方に声を送る。

 「ほらー、健気な彼女が頑張ってるんだから、応えないと。」

 モニターに映る男の手にはロープ。真下は崖。ロープを引く女の見た通りの光景。

 ロープが男の首に括られて、今にも死にそうな顔をしている点を除けばの話だが。

 「さあ、良いでしょう?私の恋を踏みにじって良い夢を見れたのだから。頑張りに応えて死んじゃってよね。」


許されないかもしれない。

拒絶されるかもしれない。

迷惑になるかもしれない。


 だから遠くから見ていた。この男はそんな私から彼女を奪った。

 清廉な彼女を騙すなんて許されない。汚すコイツを罰せよ。

 そうすれば、きっと彼女も目を覚ます。そうしたら、今度こそ、勇気を持って思いを伝えよう。


 その結果がどうなっても構わないと、私は覚悟を決めた。


 これは決別。私の恋の決別。





 ロープを強く引く。

 暴れる男の感触が手に伝わる。未だ死んでない。

 私は諦めずに健気にロープに縋る彼女を演じる。

 手足に痕跡を残し、知らなかったと泣き喚き、

 これは別離。悲劇のヒロインの別離。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

密室の恋 黒銘菓(クロメイカ/kuromeika) @kuromeika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ