著作料

高黄森哉

電話がかかって来たのだけど

 担当さんから電話がかかってきたのだけど。私の新作についてだろうか。あれは、流行りのSFをふんだんに使った長編で、資料集めや取材などに腐心した自信作なのである。普段の批判的な作風を押さえ、オチを明確にしたところ、随分、評価された。皮肉屋さんな性格の私は、ひねくれた短編を書きがちなのだが、最近はその傾向がひどく、読者は若干、辟易気味だったようだ。確かに、ここ半年分のを読み返してみると、物語の展開がわざとらしく、ご都合的で、まるで批判をするためだけに、嫌な人間を書いているようだ。カリカチュア的な登場人物は、読者を不快な気分にさせる。反省。

 

「どうも、早紀先生。いつもお世話になっております。新作、なかなか評判でして、沢山のフォロワーが生まれたそうですよ。来週も受賞で、」

「そんなことはどうでもいいの。そんなことが用じゃないのでしょ。用件を言いなさいよ」

「先月から適用された、著作料法についてなのですが、まだ振り込まれてませんかね」


 かなり引き出していたし、おしゃれもしないタイプなので、口座を確認していなかったが、最後に確認した時は、残高は一千万ほどだった筈だ。一人で生きていくには、十分すぎる数字だし、これからさらに増えていくのだから余裕がある。しかし、振り込まれてないとはなにゆえだ。直ちに必要になる局面がやって来るとは思えないが、給料(便宜上給料と呼んでいる)が振り込まれてないというのは不満だ。早く振り込んで欲しいものだ。


「私の口座は見てませんが、ええ、早急に振り込んでちょうだい」

「私が振り込むのですか!? では、口座から引かせていただきますね」

「ちょ、ちょっとまってよ。なんで、引かれなきゃ、ならないわけ」


 まさかというが、振り込むのは私の方なのではないだろうか。つまり、あれは彼の動作を表していたのではなく、私に対する敬語だったのだ。しかし、いったいなぜ。


「いや、その、先月から著作料法が出来たので、作者に著作料を払わなければならないのですよ」

「なら、尚更なんでなのよ。なんで私が払うことになるのよ」

「それが、著作権の知的財産の解釈がより、自由になったんですよ。例えば、先生の作品であれば、この「ジョイント」という言葉は『タイガー!・タイガー!』からの借用ですし、「電気羊は~」の下りは『電気羊はアンドロイドの夢を見るか』のパロディですよね」

「前者は百歩譲ってわかるとしても、後者はパロディじゃない」

「一か月前まではそうでした。ですが、パロディとパクリの、きわどいところを攻める輩がついに問題となりまして、海外からの圧力もあって、変更になったのです。ですから、全ての元ネタには、著作料を払わなければなりません」


 私は昨今に書店に並ぶ、ラノベや私小説、エッセイなどのタイトルや、立ち読みしたSFやミステリーの内容を思い出した。どれもこれも、昔、あった手法の真似ばかりで、借用ならまだしも、流用してるような作品さへあった。特にライトミステリーはひどく、よくこのネタをパクったな、そのタダ乗り的手法に憤りを覚えたりもした。

 しかし、仕方がないのだ。誰かが思いついた手法を上書きするなんて、そんなことを言い出したら、キリがない。タイムマシンだって透明人間だって宇宙戦争だって、それぞれが題名になった本が元ネタと言えばそうだ。そう言った発想が、散りばめられて出来た物語を読んで育ったら、いくら気を付けようが無意識的に取り込んでしまう。そもそも、誰が最初か、なんて知らないし、異時多発的に発想が発生するなんてざらにある。そして、それを見分ける方法がない限り、そんな法律は機能しない筈だ。どうなってるのか。

 


「やってらんないわ。でも反抗するのも面倒だし。それで、その著作料とやらは、何パーセントなの」

「全て合わせて、三百四十パーセントです」

「三十四?」

「かける十でございます」

「は? それじゃあ、を払うワケ?」

「さようでございます」

「冗談じゃないわよ!」

「しかし、これは冗談ではないのです。少なくとも今月中に払ってもらわないと、貴方は裁判所に行くことになるでしょう」

「どうして、そんなの破綻してる。誰も反対しなかったワケ?」

「はい。だれも」


 これは新人つぶしだ。そう思った。法律が施行される前の人間は、多大なる恩恵を受けることになる。そして、新人の芽を潰すことで、過去の栄光を展翅しておくことが出来てしまうのだ。

 ぞっとした。ホルマリンで脱色した、大昔に死んだ動物の標本のような小説が、永遠に最高峰として君臨し、まだ生きている野良の作家達は舞台に上がれなくなるだろう。そうなれば本屋は、標本展示の場に成り下がり、そこの本を読む人間は、古臭い思想に冒されて、気が付かぬうちにビン詰めにされてしまうのだ。そのビンの裏には、時代遅れのラベルが張られることは、まず間違いない。


「待ってください、早紀さん、今、新しい情報が入りました。また、法律が変わったんです。教科書までに拡大されるみたいですね」

「もっと、分かりやすく」

「教科書を読んだら、その思想が必ず、言葉の裏に潜り込まざるを得ない筈であり、その理論に則て、義務教育での国語教科書で扱われた全ての話は、無条件で、著作料を払わなければならない」


 なにそれ。法律まで文学染みてしまったら、いよいよ、お終いだ。しかしながら、複数の解釈が出来る時点で、そうだったのではなかろうか。不完全で、自己矛盾を起こし、多義的なのは、そのまま文学の特徴じゃないか。


「ふん、何よ。ほとんど死んでるでしょ」

「遺族が生きております」

「本当に、知的財産って相続できるのかしらね」

「さあ、私にはなんとも。とにかく、これで五百パーセントの印税を払わなければなりません」

「以外に少ないじゃない」

「教科書割です」

「嬉しくないわよ。もういいわ、回収して頂戴。そっちの方が、安く済むし。もうくだらないから、断筆もする」

「冗談じゃない! 我々の利益はどうなるのですか」

「知らないわよ、あなたたちの利益なんて」

「いいですか、昭和初期の文学なんか、ほとんど利益が出なかった。それなのに、大義があって、自費で出版した人がいたんですよ。同人誌とか、なんとか。決して、金儲けの道具なんかじゃなかった! だから、オリジナリティがあったし、むしろ、同じものでないように気を使った。内容も、薄利多売の精神に何か基づいてなかった! だから名作が生まれたんです。これは文学の復興なんだ! これは、今の腐り切った文学界を打開する法律なんだ!」

「いいえ、違うわ。富裕層が出版の権利を独占するなんて文学の腐敗じゃない。これじゃあ文学の退行だわ。誰が、自分のために、自分の独りよがりな思想のために、書いた小説なんて読みたいのよ? 実際、純文学なんかより、ライトノベルの方が売れてるじゃない。結局、純文学なんて、一部を除いて、理解されようとしない、怠惰な人間の集まりよ。ねえ、聞いてるワケ?」

「や、また改正された」

「今度は何よ。どうせ、ページレイアウトがどうのでしょ」

「それよりもひどい。……………… 一文字、一文字に、」

「………………」

「我々日本人は、漢字ドリルなるものを介して、漢字の暗記をしてきた。ひらがなもカタカナもそうだ。だから、文字を書ける人間は全て、義務教育が指定した漢字帳を使用したとみなし、全ての文字に著作料を付与する。なんて、……………… むごい」

「ずっとそうよ! 今に始まったことじゃないじゃない。むごいわ、むごい。ならば、中国から伝来した巻物の持ち主に払うのが筋じゃない!」

 

 でもそうはならないのは、裏で取引があったに違いない。不自然な規制は、誰かが有利になるためにあるものだ。例えば、国内のレースで、外国産の車両を追い出すために、ケチを付けたりする。たしか、ポルシェはそれで、重量物を取り付けて走行しているのだ。


「もういい、私、今から旅行に行ってくる。著作料だけど、払わないから」


 窓から見える景色が遠くなっていく。私は今から、アフリカへ飛ぶのだ。ルーシー。世界最古の人類にして、最古の創作者。元をたどれば何もかもが彼女に行きつくから、私は札束を抱えて、アフリカへ飛んだ。

  

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著作料 高黄森哉 @kamikawa2001

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