記憶喪失になった妹が僕を異様に慕っている。

みらいつりびと

第1話 妹が記憶喪失になった。

 妹の名は恋野鳥子こいのとりこ。中学2年生。黒髪ロングの美少女だ。

 僕の名は恋野砦こいのとりで。高校1年生。自分で言うのもなんだが、美少年だ。知り合いからは、妹より顔立ちが整っているとよく言われる。

 兄妹仲は悪い。極めて悪い。しょっちゅう口喧嘩をしている。

 僕はオタクで、深夜アニメのファンだ。夕食後、リビングで録画していたアニメを視聴していることが多いのだが、鳥子がときどき文句を言う。

「兄ちゃん、またそんな気持ち悪いアニメ見てるの? やめてくれない? 気分悪くなるから! なんで取り柄がまったくない主人公がハーレムつくってるの? 意味わかんないんだけど」

「うるさい! このアニメを見て、生きる勇気を得ている男子がいっぱいいるんだ。ディスるのはやめろ!」

「兄ちゃんさあ、顔だけはいいんだから、モテるでしょ? リアルでハーレムつくりなよ!」

「できるか!」

 確かに僕はモテる。しかし、すぐにフラれる。アニメやラノベしか話題がないからだ。中身を見破って、女の子はすぐに離れていく。悲しい……。

 僕は気弱なオタクだ。取り柄は顔がいいことだけ。

「わかった。ハーレムはいらないよ。でもさあ、ちゃんと彼女をつくって、誠実につきあったら? 兄ちゃんはヘタレでオタクだけど、別に性格が悪いわけじゃないんだから、誠意を見せてきちんとしたら、簡単にはフラれないと思うよ」

「悪かったな! 簡単にフラれるんだよ!」

「ちゃんと会話してるの?」

「いや、女の子とは緊張してうまく話せない。話せたとしても、深夜アニメのことをしゃべっちゃうんだよ……」

「深夜アニメ禁止! そんで、リア充になりなよ」

「ときどき神アニメがあるんだよ! アニメをやめるなんて、絶対にできない!」

「神アニメとリア充とどっちが大切なの?」

「神アニメに決まってる!」

「だから兄ちゃんはだめなんだよ。こんなクソアニメを神なんて言っているから」

 僕は崇拝している監督のアニメをディスられて、カッとなった。

「黙れ!」

 思わず鳥子を突き飛ばした。

「あっ!」

 妹は倒れ、テーブルに頭をぶつけて、気を失った。

「あっ、ごめん!」

 僕はあやまったが、答えがない。

 鳥子は床にぐったりと横たわったまま、動かなかった。

 呼吸はしているが、声をかけ、肩をゆさぶっても、反応がなかった。間の悪いことに、両親が夫婦水入らずで温泉旅行に行っている日だった。

 頭の打ちどころが悪く、脳内出血とかしていたらどうしよう?

 僕のせいで鳥子が死んじゃったら大変だ。

 僕は119番通報した。 

「こちら真庭消防署です。消防ですか? 救急ですか?」

「救急です。妹の意識がないんです」

「どうされたんですか」

「倒れて、頭を打ちました」

 僕は鳥子を突き飛ばしたことは言わなかった。

「場所はどこですか?」

 住所を答えた。

「いまから向かいます!」

 10分後、僕の家の前に救急車が到着した。

 僕は意識が戻らない鳥子とともに救急車に乗った。僕たちは真庭市で一番大きい総合病院に運ばれた。

 僕は両親に連絡した。

「砦、どうかしたの?」とお母さんがのんびりした口調で言った。

「鳥子が倒れて、頭を打っちゃったんだよ。いま真庭総合病院にいるんだ」

 僕はまた鳥子を突き飛ばしたことを隠してしまった。

「何ですって? 意識はあるの?」

「ないんだよ。でも死んではいない」

「すぐかけつけたいけれど、いまは無理なの。お父さんもお母さんもお酒を飲んでいて、車を運転できないし、終電もなくなっているから。砦、鳥子についていてあげて!」

「わかったよ! あいつのそばにいるから!」

 鳥子はひと通りの検査を受けた。

「脳に特別な異常はありません。出血もない」と医師は告げた。

「鳥子は大丈夫なんですよね? 意識を取り戻しますよね?」

「おそらく。しかし、いまはなんとも言えません」

 医師は言葉を濁した。

 僕は鳥子が横たわっているベッドの横に椅子を置いて、まんじりともせずに、妹を見守った。

 彼女は死んでいるようにも、眠っているだけのようにも見えた。

 僕はときどき鳥子の顔に近寄って、彼女が息をしていることを確かめた。

 神様、妹を救ってください! 鳥子が助かったらアニメをやめてもいいですから! 

 僕は徹夜をして、鳥子を見守りつづけた。

 死なないで! 死なないで! 死なないで!

 翌朝、僕が大あくびをしたとき、唐突に鳥子は目を開いた。僕は喜びのあまり、卒倒しそうになった。

「あれ、ここはどこ?」と鳥子は言った。

「真庭総合病院だよ!」

「あなたは誰ですか?」

「え? 砦だけど……」

「あなたのこと、知りません……」

 鳥子はキョロキョロと周りを見回した。

「わたしは誰だろう。自分の名前が思い出せません」

 僕はびっくりした。

 妹が記憶喪失になったかもしれない。

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