記憶喪失になった妹が僕を異様に慕っている。
みらいつりびと
第1話 妹が記憶喪失になった。
妹の名は
僕の名は
兄妹仲は悪い。極めて悪い。しょっちゅう口喧嘩をしている。
僕はオタクで、深夜アニメのファンだ。夕食後、リビングで録画していたアニメを視聴していることが多いのだが、鳥子がときどき文句を言う。
「兄ちゃん、またそんな気持ち悪いアニメ見てるの? やめてくれない? 気分悪くなるから! なんで取り柄がまったくない主人公がハーレムつくってるの? 意味わかんないんだけど」
「うるさい! このアニメを見て、生きる勇気を得ている男子がいっぱいいるんだ。ディスるのはやめろ!」
「兄ちゃんさあ、顔だけはいいんだから、モテるでしょ? リアルでハーレムつくりなよ!」
「できるか!」
確かに僕はモテる。しかし、すぐにフラれる。アニメやラノベしか話題がないからだ。中身を見破って、女の子はすぐに離れていく。悲しい……。
僕は気弱なオタクだ。取り柄は顔がいいことだけ。
「わかった。ハーレムはいらないよ。でもさあ、ちゃんと彼女をつくって、誠実につきあったら? 兄ちゃんはヘタレでオタクだけど、別に性格が悪いわけじゃないんだから、誠意を見せてきちんとしたら、簡単にはフラれないと思うよ」
「悪かったな! 簡単にフラれるんだよ!」
「ちゃんと会話してるの?」
「いや、女の子とは緊張してうまく話せない。話せたとしても、深夜アニメのことをしゃべっちゃうんだよ……」
「深夜アニメ禁止! そんで、リア充になりなよ」
「ときどき神アニメがあるんだよ! アニメをやめるなんて、絶対にできない!」
「神アニメとリア充とどっちが大切なの?」
「神アニメに決まってる!」
「だから兄ちゃんはだめなんだよ。こんなクソアニメを神なんて言っているから」
僕は崇拝している監督のアニメをディスられて、カッとなった。
「黙れ!」
思わず鳥子を突き飛ばした。
「あっ!」
妹は倒れ、テーブルに頭をぶつけて、気を失った。
「あっ、ごめん!」
僕はあやまったが、答えがない。
鳥子は床にぐったりと横たわったまま、動かなかった。
呼吸はしているが、声をかけ、肩をゆさぶっても、反応がなかった。間の悪いことに、両親が夫婦水入らずで温泉旅行に行っている日だった。
頭の打ちどころが悪く、脳内出血とかしていたらどうしよう?
僕のせいで鳥子が死んじゃったら大変だ。
僕は119番通報した。
「こちら真庭消防署です。消防ですか? 救急ですか?」
「救急です。妹の意識がないんです」
「どうされたんですか」
「倒れて、頭を打ちました」
僕は鳥子を突き飛ばしたことは言わなかった。
「場所はどこですか?」
住所を答えた。
「いまから向かいます!」
10分後、僕の家の前に救急車が到着した。
僕は意識が戻らない鳥子とともに救急車に乗った。僕たちは真庭市で一番大きい総合病院に運ばれた。
僕は両親に連絡した。
「砦、どうかしたの?」とお母さんがのんびりした口調で言った。
「鳥子が倒れて、頭を打っちゃったんだよ。いま真庭総合病院にいるんだ」
僕はまた鳥子を突き飛ばしたことを隠してしまった。
「何ですって? 意識はあるの?」
「ないんだよ。でも死んではいない」
「すぐかけつけたいけれど、いまは無理なの。お父さんもお母さんもお酒を飲んでいて、車を運転できないし、終電もなくなっているから。砦、鳥子についていてあげて!」
「わかったよ! あいつのそばにいるから!」
鳥子はひと通りの検査を受けた。
「脳に特別な異常はありません。出血もない」と医師は告げた。
「鳥子は大丈夫なんですよね? 意識を取り戻しますよね?」
「おそらく。しかし、いまはなんとも言えません」
医師は言葉を濁した。
僕は鳥子が横たわっているベッドの横に椅子を置いて、まんじりともせずに、妹を見守った。
彼女は死んでいるようにも、眠っているだけのようにも見えた。
僕はときどき鳥子の顔に近寄って、彼女が息をしていることを確かめた。
神様、妹を救ってください! 鳥子が助かったらアニメをやめてもいいですから!
僕は徹夜をして、鳥子を見守りつづけた。
死なないで! 死なないで! 死なないで!
翌朝、僕が大あくびをしたとき、唐突に鳥子は目を開いた。僕は喜びのあまり、卒倒しそうになった。
「あれ、ここはどこ?」と鳥子は言った。
「真庭総合病院だよ!」
「あなたは誰ですか?」
「え? 砦だけど……」
「あなたのこと、知りません……」
鳥子はキョロキョロと周りを見回した。
「わたしは誰だろう。自分の名前が思い出せません」
僕はびっくりした。
妹が記憶喪失になったかもしれない。
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