その日は殆どの人にとって特に何でもない一日だった

レイノール斉藤

第1話


 その子は一言も喋らなかった。


 誰にも原因は解らなかったし、それは殆どの人にとってどうでも良い事だった。


 その子はよく地面に絵を描いていた。


 特に周囲に迷惑をかけるわけでもないので、誰も止めなかった。


 その子はよく空を見上げていた。


 通りすがりの人がつられて上を見上げたり、優しい人が「どうしたの?」と訊ねる事が偶にあったが、その子は何も反応しないので、皆通り過ぎていった。


 その子は旅に出た。


 誰もその子が居なくなった事に気づかなかった。


 その子は旅に出て、絵を描いて、空を見上げた。


 何度も、何度も、何十キロも、何百キロも、歩いては、地面に何かを描き、空を見上げ、その間誰とも何も話さなかった。


 そしてそんな子を誰も気に留めなかった。何の絵なのかを理解できる人もいなかった。


 ある日、その子は転んで頭を強く打ち、即死した。周りには誰も居ないので、その事に気付いた人は居なかった。




************




「☆♪$55…〒(なんて素晴らしい絵なんだ)」

「○|,5々$:(こんな美しい絵を描く生命体を今滅ぼすのは勿体ないかもしれん)」

「4%^<0,96×(上に報告してみよう。きっとわかってくださる)」

「○×€#*÷(そうだな、一旦帰還しよう)



************



 その日は殆どの人にとって、特に何でもない一日だった。


 ただ、


 地球から遠く離れた惑星に住む


 人類より遥かに高度な文明を持つ生命体が


 その日、


 地球への侵攻を止めた。

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その日は殆どの人にとって特に何でもない一日だった レイノール斉藤 @raynord_saitou

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