三 送犬
その後は駅の改札を出る時もあの黒犬がいないかどうか確認するようにしていたんですが、不思議ともう見かけるようなこともなく、二度とあんな恐ろしい体験をすることもなかったようです。
でも、K君、ちょっと気になることがあったんでいろいろ調べてみたんですね。そうしたら、ははあ…やっぱりそういうことだったのかあ……と、とりあえず自分の中で納得できるような事実を突き止めることができたんです。
まずはあの黒犬の正体なんですがね、なんとなくそんな話を聞いたことあるような気がしていたので、知り合いの古老に改めて尋ねてみると、昔、この地方には〝送り犬〟という妖怪がいたそうなんですよ。
この〝送り犬〟、夜中に山道を歩いていると後からついて来るという妖怪で、目的地へ着くまでの間に転んだりすると、襲いかかってきて食い殺されてしまうと云われています。〝送り狼〟とも呼ばれ、よく、女性を送ってくフリして下心のある男性のことをそう呼びますが、それも元はこの妖怪からきてるんですね。
もし、あの黒犬がその〝送り犬〟だったとしたら……K君が体験したのと同じように、あの犬は老紳士やOLさんをはじめ、これまでに見た人達も出迎えるために駅前で待っていたんじゃなく、後を追って食い殺すために待っていたのかもしれないんですよ。
思い返ってみると、そういえば駅前にはあんなに人がたくさんいるっていうのに、あの黒犬に気づいていたのって、犬がついて行ったあの人達だけだったような気がするんですね。
あの犬は夕暮れ時の駅前で、つけ入る隙のありそうな犬好きの人間に目星をつけ、その獲物となる者にだけ自分の姿を見せていたんだとしたら……。
まあ、地方によっては家に着くまで見守ってくれるとも云われるんですが、ある研究者によると、この〝送り犬〟の行動はニホンオオカミの生態によく似ているため、それを元にして生まれた伝承だという説もあるんですね。
現在、ニホンオオカミは絶滅したとされていますし、狼と犬じゃ違うだろうと思った方もいるかもしれませんがね、かつては〝山犬〟とも呼ばれていれ、野犬や狼の区別は曖昧というか、ほぼ同一視されていたんです。
そこで、あのK君が逃げ込んだ地元の神社なんですが……あそこに祀られている神様って〝三峰さま〟だったんですね。
三峰さまっていうのは、この地方ではよく信仰されている神様なんですけどね、その神さまの眷属――簡単にいえば
つまり、狼や犬を統べる神さまである三峰さまの神社に逃げ込んだから、それであの黒犬は追ってくるのをやめたんじゃないか? というわけですよ。
それにこれはK君もすっかり忘れていたんですが、あの日、ベルトが切れて持って行かなかった彼の鞄、そこに付けていたお守りも、じつはあの三峰さまを祀った地元の神社のものだったんですよ。
だから、それまでは近寄って来ることもなかったのに、三峰さまのお守りを持っていなかったその日に限って、あの犬はK君を獲物と定めたのかもしれません……。
幸運にもK君は助かりましたが、彼の見かけたあの老紳士やOLさん達、黒犬のついていった他の人はどうなっちゃったんでしょうかね?
この情報網の発達した現代社会でも、ニュースにならない行方不明や失踪事件なんてザラですからね、その中に紛れているなんてこともありえなくはないですよ。
あの黒犬の正体がいったいなんだったのか?
その本当のところは正直わかりません……でも、今もあの犬はあの夕方の駅前で、ああして誰かを待っているんじゃないか? と、K君、あれ以来ずっと、改札を出る時は思わず辺りを確認してしまうんだそうです。
(送り犬 了)
送り犬 平中なごん @HiranakaNagon
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