第30話 心理戦(ひとり相撲)

「遂に本性を現したか。目的はなんだ? ステラ様か? それとも、レヴィ様か? さあ、吐け!!」

「……」

「こいつ、だんまりを決め込む気か……! レヴィ様、もういいでしょう! 早くこいつを打ち首にするべきです!」

「マナ、落ち着きなさい。オクトさんには私から話を聞きます。あなた方は一度下がってください」

「ですが!!」

「下がってください」

「……ッ! 失礼します」


 レヴィさんの一声で部屋からマナと呼ばれる女性と俺を捉えた兵たちが立ち去っていく。

 残されたのは俺とレヴィさんだけ。

 

「目撃者からの情報によれば、あなたがその触手でステラを羽交い絞めにしていたと聞きました。ですが、それは目撃者からの情報です。何があったか詳しく教えていただけますか?」


 母親のような穏やかな表情を浮かべるレヴィさん。

 その笑みを見ていると、自然と本音がこぼれてしまいそうだ。


 そう、あの行動にステラを捕えて苦しめようという意図は無かった。寧ろ、俺は被害者だ。

 レヴィさんにテンタクルスライム討伐を命じられた俺は、誇り高き戦士として指名を全うしようとした。

 だが、そんな俺にステラは優しい口調で、「戦う必要はない」と諭してきた。

 一度は、その言葉に頷いた俺だが、ステラの一言で直ぐに気付いた。


『邪悪なる触手たちと戦うのは選ばれし者である魔法少女ステラの役目ですからね』


 触手たち……?

 魔法皇国の脅威はスライムテンタクルだ。だから、レヴィさんも俺にスライムテンタクルの討伐を要請した。

 それにも関わらず、ステラは触手たちと言った。

 そう言えば、ステラは言っていた。俺をぶちのめす未来もあった、と。


 これらのことを総合的に判断し、俺の脳は一つの答えを叩きだした。


 ステラはまだ俺を敵とみなす可能性がある!!


 つまり、先の発言は俺を試すものなのだ。

 もし仮に、俺が戦わない選択をしていた場合、


『触手たちと戦うのはステラの役目だから戦わなくていいですよ。あ、本当に戦わないんだ。ふーん、触手たちと戦えないってこと? 所詮触手か。やっぱり敵ですね』


 となり、俺の命は無かっただろう。

 こう考えれば、俺が戦わなくていいというステラの言葉も嘘のような気がする。

 大体、トップが人の急所を使って脅迫してくるような国だ。

 正義の魔法少女と言っても、その正義が俺にとっての正義かどうかは疑わしい。 

 だからこそ、俺は必死に味方アピールをした。

 しかし、俺の返事が遅かったことが気に入らなかったのだろう。ステラは俺を置いて行こうとした。

 ステラをここで一人行かせれば、俺が後々ステラにぶちのめされることは間違いない。

 いや、そもそもその前に急所が消し飛ぶ可能性がある。

 行かせない。ステラを一人でテンタクルスライムとの戦場へと進ませるわけにはいかない。


 その結果、触手で羽交い絞めにしたというわけである。


 だが、これをレヴィさんに伝えるということは大声で、お前らを疑ってます! というようなものだ。勿論、言えるはずもない。


「ステラが一人で行くって聞かなかったんです。俺はあいつを一人にしたくなかった。確かに、俺はステラより弱い……! でも、だからってあいつを一人にしていいわけじゃない。一人の誇り高き戦士として、幼い子供が頑張ってるのに、俺が戦わないなんて許せなかった。だから、つい……すいません」

「オクトさん……」


 レヴィさんが俺の言葉に瞳を潤ませる。

 その涙はどういう意味か俺には全く分からない。

 暫く、顔を伏せていたレヴィさんだったが、顔を上げて、俺の名前を呼ぶ。それから、深く頭を下げた。


「オクトさん、謝罪させてください」

「え……?」

「私は、あなたを噂通りのセクハラ魔だと思っていました。でも、違った。あなたには私と同じ、ステラのような子を思う心がある。その上で、改めてお願いします。ステラの傍にいてあげてください。どうか、彼女を孤独な運命でから救い出してくれませんか。私にできることがあれば何だってします。ですから、どうか……どうか、お願いします」


 一国の主が、一人の冒険者に頭を下げる。

 それがどれだけ異常なことか分からない人間はいないだろう。

 もしかすると、俺は勘違いをしていたのかもしれない。レヴィさんは純粋にステラを心配しているだけだ。

 自らの身を差し出してまで、懇願するのだ。俺だって、信じなくてはならない言葉くらい理解している。


「レヴィさん、顔を上げてください」

「オクト、さん……」

「任せてください。レヴィさんの願い、必ずやこの紳士たる俺が叶えてみせます」


 真っすぐ、レヴィさんの瞳を見つめれば、レヴィさんの表情が喜色に染まる。

 美人の願いだ。叶えないわけにはいくまい。

 それに、なんでもすると言われたしな。


 何でもする、一国の主が気軽に口に出してはいけない言葉だ。

 だが、レヴィさんはそれを口に出した。つまり、俺がステラを一人にしなければ、魔法皇国にいる美人に囲まれて過ごす生活も夢ではないということ。


「ありがとうございます」

「いえ、当然のことですよ。それじゃ、俺はステラを探しに行きますね」

「お待ちください。せめて、移動くらいはお手伝いさせていただきます」


 レヴィさんはそう言うと、杖を振る。

 それと供に、俺の足元に魔法陣が浮かび上がる。


「それでは、オクトさん。よろしくお願いします」

「はい!!」


 視界が真っ白に染まり、次の瞬間、俺の目の前には巨大なテンタクルスライムがいた。


「……は?」

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触手がラスボスの世界でタコの能力を授けられたが、ハーレムに夢を見る。 わだち @cbaseball7

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