第3話 ガンマ/中路梨里杏

「…………」

 

 5月8日。

 午後5時。

 最近買ったばかりの携帯に向けていた目を、窓の外の騒がしさから布団から立ち上がる。

 夕暮れ時、家の外でランドセルを背負った小学生が何人かで固まって歩いてる。

 

「おはよう」

 

 私が家の下に降りれば充満したタバコと酒のにおいが脳を揺さぶる。

 寝起きに嗅ぎたい臭いではない。

 

「あ、んんっ……ねぇ、もっとぉ、もっとぉ。足りないの!」

 

 聴き慣れた喘ぎ声に私は冷たい目を向けながら玄関に向かった。

 知らない男。

 それも決まった男ではない。

 そんな男を連れてきては情交に耽る母を私はけいべつしてる。

 逃げる様に扉を開けて外に出た。

 

「はあっ、はあっ……」

 

 お金はない。

 居場所もない。

 居場所を見つけられない。

 あの家にいていいのだと、私には思えない。

 公園のブランコに座り込み、ゆっくりと漕ぎ出して。ぼうっと空を見あげる。

 11日の予定を空けておけとアルファには言われたけど。

 ベータがいたから、あそこに居場所があったのだと思う。

 今となってはわからない。

 そもそも、ベータみたいなのは珍しいんだろう。

 

「あれ、中路なかみち梨里杏りりあか、お前」

 

 久しぶりに自分の名前を聞いた。

 親にすら呼ばれなかったし、ベータだって私の名前なんて知らなかったから。

 

「不登校の、引きこもり」

 

 その言葉に一体どんな思いがあるのかはわからないけど、それでも思いやりに欠けている事だけはよく分かる。

 

「…………」

 

 突然現れた男の子、学生服を着てる彼は私を見下してるんだろう。

 

 パシャッ。

 

「え?」

 

 馬鹿みたいな声が出た。

 消させる様に飛びかかる。彼は突然の反応に驚いてよろめいて倒れた。

 それが行けなかったのか。

 画面が見えた。

 

 『引きこもり発見、公園集合』

 

 端的過ぎるほどに。

 気分が悪い。

 

「あ、あぅうう…………っ!!」

 

 何で。

 何で、泣いちゃうんだろう。

 慣れてるのに。

 痛いのは、傷つけられるのは慣れてるのに。

 

「何だよ、泣いてんのかよ」

 

 近寄るな。

 心配なんかしてないくせに。

 

「ほら、顔見せろよ」

「はなしてっ!」

 

 私は立ち上がって逃げ出す。

 嫌いだ。

 嫌いだ。

 アルファも。

 コイツも。

 家族も。

 学校のみんなも。

 大嫌いだ。

 お金がなきゃ飢えちゃうから『ハイド』と関わってるだけ。家がなきゃ死んじゃうから。学校には通わなきゃならなかったから。

 

「〜〜っ!」

 

 どこにも私は居場所がないんだ。

 私を受け入れてくれる場所なんて、どこにもない。

 目の前を通り過ぎていく小学生たちに、私はせんぼうを抱いてしまう。

 スーツ姿のおとこが子供と一緒に横断歩道で立ち止まるのを見て思い出してしまう。

 

 私を置いていってしまったお父さんのこと。こんな事になるなら連れていって欲しかった。

 

「ベータ……」

 

 会えるのなら。

 多分、私は心のよりどころにしてる。

 私が知ってる中で誰よりも優しいから。

 

「クソッ!!!!」

 

 すぐ近くで怒鳴り声が聞こえた。

 機嫌の悪そうな茶髪の男がキラキラした店から出てきた。パチンコ屋だ。大損でもしたのか。

 機嫌が悪そうだ。

 私は逃げ出す様に足を早めた。

 目的地なんてどこにもないのに。ただ、何かから逃げようと。

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リスタート〜犯罪者の俺がボディーガードに?〜 ヘイ @Hei767

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