第2話 アルファ/加藤義昭

 俺は借金まみれだ。

 正直、自分が悪いことはわかってる。

 競馬だとか、パチンコ。他にも電子賭け事にも手を出してた。

 そんなんで返せない金が溜まっていった。

 泥沼にハマった俺はラヴドールの盗難をする『ハイド』に入り浸ることになった。

 俺だってラヴドールの店に入ったこともあるが、俺の好みにゃ合わなかった。

 

 ありゃ、結局は機械だ。

 不自然な音声が興奮を冷ます。

 或いは決まり切った声に興奮がなくなっていく。熱が逃げる様に。

 

 俺が悪いんじゃない。

 あれは……合わなかっただけだ。

 

「……おいおい、アルファ〜」

 

 シャッターの中に取り残されたベータを俺は助けられずにガンマを連れてハイドに戻った。俺の肩に気安く寄りかかってきたのは『ハイド』のリーダーである、ヘルメスさんだ。

 

「今日もお疲れさん」

 

 胸元に四枚の紙幣を押しつけて愉しそうに笑っている。

 気に食わねえ。

 こんなんじゃ、足りない。

 

「あ、あの、ヘルメスさん」

「んぁ?」

 

 俺が呼び止めた事が気に障ったのか、気怠そうに彼が振り返る。

 

「ディーヴァ……ってわかります?」

 

 これは金になる。

 ベータ、後でお前のことは何とかする。後で助けてやるよ。

 

「ディーヴァ、ディーヴァね」

 

 俺は懐からガンマから預かった説明書を取り出してヘルメスさんに見せる。

 

「ちょっと貸せ」

 

 俺の方へと近づいて雑に取り上げてペラペラと紙をめくり、次第にその口角を上げていく。

 

「おい、アルファ……お前、マジで手柄モンだぞ」

 

 手柄。

 俺の。

 

「ほ、ホントすか!?」

「うるせぇ。とりあえず、11の予定は開けておけ。ディーヴァを取りに行く」

 

 手柄。

 喜んでるこの人の顔を見て、俺はなぜかテンションが上がっていた。

 この人が喜んでるからじゃない。

 俺が、こんなクズな俺が初めて誰かに褒められたのだ。

 

「ガンマ!」

 

 俺は仲間のガンマが待っている別室に向かって名前を呼ぶ。

 

「何、アルファ……?」

 

 携帯を弄っていたガンマが顔を上げた。

 どこかテンションが低い。

 

「おい、ガンマ。テンション低いぞ?」

「……ベータ、どうなったかな」

 

 不安を感じてるのか。

 

「そんなことよりだな!」

「そんなことじゃない……。ベータはなかまなの」

「あ、いや、お、俺もそれは分かってる。分かってっけどよ」

 

 何だよ、俺がおかしいのかよ。

 分かってねぇ。

 

「金だぞ! 金!」

「…………」

「最新型を盗む目処が付いたんだよ! その金さえあれば、ベータだって」

「アルファにとって、それはついででしょ」

 

 一瞬、何もかもが爆ぜてガンマの胸ぐらを掴み上げていた。

 

「……っ! はなしてっ!」

 

 図星、だったのか。

 猫みたいに威嚇する様に。

 

 やっちまった。

 

「もう帰る」

 

 かける言葉に迷って。

 

「11は予定空けておけよ!」

 

 事務連絡だけしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 『ハイド』の基地を出て俺はメッセージを確認する。

 

 『おい、義昭よしあき。お前に貸した3万、明日には返せよ!』

 『加藤かとう、7000円』


 ああ、そういやそうだった。

 これ以外にも大量のメッセージ。

 さっきのガンマとのやり取りも思い出して俺は近くにあった自動販売機を蹴り付ける。

 

「クソ!」

 

 ガコン。

 何かが落ちた音がした。

 

「何なんだよ!」

 

 むしゃくしゃする。

 俺は、別に普通に生きたいだけだ。

 タバコ吸って、酒飲んで、ギャンブルやって。そんな日常を送りたいだけだ。それで誰にも文句を言われない生き方をしたいだけだ。

 たしかに良くないのかもしれない。

 真っ当な人間ではないかもしれない。

 ただ、こんなクズな生き方でも人間の生き方の一つだ。

 

 俺だって一生懸命に生きてる。

 ベータとガンマと何も変わらない。

 何も。


 真夜中、俺はアパートに戻ってモヤモヤした気持ちのまま眠りについた。

 

 

 

 

 ────ピピピ、ピピピ。

 

 目覚ましの音が鳴り響く。

 日差しの強い窓の外、カーテンを閉めて眠りに落ちる。

 今日も大学には行けそうにない。

 メッセージの通知音を無視して俺は目蓋を落とした。

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