リスタート〜犯罪者の俺がボディーガードに?〜

ヘイ

第1話 ベータ/鐘崎篤

「心底、気持ち悪い」

 

 思い出すだけで最悪だ。

 ああ、全く持って。

 こんな事をしなければならないほどに俺は落ちぶれている。

 

「おい! ベータ!」

「……くそ」

 

 もう嫌だ。

 嫌だが、こうしなければならない。

 

「良いか、狙いは愛玩人形ラヴドール。ウラが高く買い取ってくれる」

 

 だから、俺らは手足なのだ。

 人間の形をした精巧な作り物を盗み出し、それを闇業者に売り渡す。とは言え、俺たちに支払われる額など、小さな物だ。

 一体につき五万円。

 それも山分け。

 危険を冒してまで盗むと言うのに、この程度など。

 

「おい、ベータ。失敗しくるなよ」

 

 声をかけてきたのはアルファ。

 本名は知らない。

 お互いの顔すらも。

 俺たちは単なる仕事仲間で、お友達ではなく。それぞれに事情があるだけだ。

 俺は生活の為に。

 アルファは何のためにこんな事をしているのかは分からない。並々ならない事情があるのかもしれない。

 

「ガンマ、携帯の電源を切れ」

「……時間?」

 

 やけに幼げな少女の声が響く。

 

「初めて買えて嬉しいのかもしれないけどな、電源ついてるだけで端末情報は抜かれる」

「え、それホント?」

 

 ガンマも初めて知ったのだろう。

 俺は知っている。

 この仕事を始めて一年。アルファもそれくらいだろうか。俺たちのグループとは別で端末情報を抜き取られ、特定された奴もいる。

 芋蔓式に俺たちまで被害を負いかねない。

 

「今度からは携帯は持ってくるな」

 

 気分の悪さを覚えながら俺たちは工場内に侵入する。

 ああ、最悪だ。

 俺は黒色のフードを深く被る。

 

 

 

 

「おい、これ……」

 

 俺たちは別に商品に対する知識がある訳ではない。そもそもラヴドールを取り扱う店に俺は入店できるような年齢をしていない。

 

「新型じゃねぇか……?」

 

 アルファの一言に俺とガンマは首を傾げる。

 

「おい、予定変更だ」

「おい、アルファ……」

「……ベータ、こいつがありゃ俺たちは数十万稼げるかもしれねぇ」

 

 確かに魅惑的な数字だ。

 ガンマもその馬鹿げた数字に惹かれつつある。俺だって、そう言われては手を伸ばしたくもなる。

 

「お寿司……」

「そうだ、ガンマ」

「やきにく!」

「ああ、食える」

 

 新型と呼ばれたそいつは美しい黒髪、綺麗な乳房と色のいい乳首。

 紛れもなく、最新型。

 限りなく人間に寄せて作られたラヴドール。百人の男が、この女のために金を出すと言えるほどの。

 例えるのなら、それは傾国の美女。

 アニメチックに作られた様な物とは違う精巧な物。

 下手な人間寄せのラヴドールよりもアニメの様なラヴドールが人気があるのは知っている。

 だが、これは。

 

「…………あ」

 

 同時に俺はこのラヴドールがどこまでも人間にしか思えてこない。

 一度、こいつが起動して会話を始めたのなら。中身が第一世代AIならば、低レベルな音声装置になっているだろう。

 だがコイツは。

 コイツは、どうなんだ。

 

「アルファ、説明書があった」

 

 ガンマが紙の束を持ってくる。

 

「────なるほどな」

 

 アルファは暗闇の中で情報を適当にだが読み取ったのか、納得した様に呟く。

 

「文字は、はっきり言ってわかんねぇのもあるが、間違いねぇ。コイツは最新型だ」

「……ベータ」

「……ああ、くそっ。コイツは本当にラヴドールなんだな?」

 

 そうじゃなかったら。

 俺は、コイツを盗もうとは思わない。

 

「ここにあって、こんな扱いだ。ラヴドール以外にねぇだろ」

「ベータは焼肉とか食べたくないの?」

「…………俺だって、贅沢したい。普通に生きてぇよ。でも、こんなの……」

 

 良くないだろ。

 

「ベータ。……俺だってな、やりたくねぇよ。でもな、もうズブズブなんだよ。俺にはこのマシンに欲情も同情もできねぇ。どんだけ街に溢れたラヴドールを見ても、金にしか見えてこねえ」

「分かってんだよ! クソ!」

 

 俺だって脳裏をよぎるんだ。

 歓楽街に溢れたラヴドールを見る度に幾らになるか、だなんて。

 

「ガンマ、セーフティの解除を頼む」

「らじゃー」

 

 ガンマはラヴドールの前に座り込み解析を開始しようと、自作PCのコードを繋げる。

 商品としてのコードは登録されていない、OSも自作のPC。

 

「ベータ!」

 

 アルファが叫んだ瞬間に警報が鳴り響く。

 

「くそ! おい、ガンマ! 不味ったか!?」

「……やられた。登録されたPC以外のアクセスだと警報が作動するしくみ……」

「……個人情報は大丈夫か?」

「そっちは問題なし」

「逃げんぞ!」

 

 アルファは脇にガンマを抱えて出口に向かう。こうなっては最早、警報機の事などお構いなしだ。

 最高速度で脱出。それが最善。

 防犯シャッターが降りる前に。

 アルファはフルスイングでガンマをシャッターに向けて投げ飛ばす。

 

「おい! 稼ぎが無いぞ!」

 

 俺はアルファに向けて叫ぶ。

 あまりにも美味しく無い一日だ。

 

「くそ、適当なの何個か持っていく!」

「急げよ!」

 

 警備ロボットが何体か。

 人間らしさの無いフォルム。白と黒、赤い警棒。見慣れた恐怖の象徴に俺は舌打ちをする。

 

「シャッターしまんぞ!」

「こいつとこいつと、こいつ……!」

 

 悠長に選んでる場合じゃない。

 

「くそ、アルファ! 恨むなよ!」

 

 全力でケツを蹴り飛ばしアルファをシャッターの外に吹き飛ばす。

 

「ベータ! おい!」

 

 シャッターが完全に閉まる。

 ああ、最悪。

 本当に最悪だ。

 俺は悪人で、あいつも悪人で。だのに、情なんてもので。

 

「……ホント、恨むなよ」

 

 俺は小さい頃に空手だの、剣道だの、柔道だのをやっていた。結局はどれも合わなかった。

 

「ロボットなら死ぬとか考えなくて良いからな」

 

 俺は加減が苦手だ。

 最後にやったフルコンタクト空手で、相手の頭蓋を砕き、一生物の後遺症を負わせた事がある。

 多額の賠償請求、親の自殺。

 俺は頼る手もなく、こんなことに手を染め始めた。

 

「おらぁっ!!」

 

 警備ロボの頭を右ストレートで弾き飛ばす。

 

 

 

 

 2087年5月8日、日本某所。

 愛玩人形製造施設、アモール製造所にて深夜2時32分、警報装置が作動。

 深夜2時56分。

 警察が到着。

 シャッター内にはひしゃげた警備ロボ10機と一人の少年が佇んでいた。

 少年は一連の愛玩人形盗難事件の参考人として警察署に連行。

 現在、取調べを行なっている。

 

 

 

 

鐘崎かねざきあつし

 

 それが俺の本名。

 ベータとは違う、現実にある名前。

 

「現在は高校2年生」

「…………」

「親に申し訳ないと思わないのか」

 

 例えば、それは本屋での窃盗に対する説教と変わらない切り口だったのかもしれない。

 

「……親に恥ずかしがってでも、俺は生きていたいんです」

「……バイトをするなり、あっただろう?」

「足りないですよ、そんな程度で」

 

 学費、食費、住居費。

 親の保険なんて全部無くなった。

 俺の起こした事故のせいで、殆どの金が大量の賠償請求に消えた。

 

「……警察って正義のヒーローですよね」

「いきなり、どうした」

「憧れなんですよ」

「……なら、何でこんな事をした」

「憧れても、生きていけないんです。憧れで飯食べれたら、ここまで落ちぶれてないですから」

 

 俺としてはもう諦めがついてる。

 捕まった時点で仕方がない。

 

「少年法が無くなった今、君には実刑判決が下される」

「……情状酌量の余地なんてないでしょうね」

 

 前科ありの俺だ。

 金を毟り取られたからといって、その後の行動は自己責任。世間から見れば同情の余地もないクズ人間。

 捕まりさえしなければ。

 そんな考えが出る時点で真っ当にゴミクズだ。

 

「教えてほしいんだ」

「……俺、小さい頃にフルコンの空手で相手に後遺症残るくらいの怪我負わせたんです」

 

 あくまでも自嘲のように。

 俺には救いはない。

 

「そこから、色々ありまして。今はこんなんです」

 

 多くは語らなくていい。

 同情なんかいらないから。

 罰してくれた方が遥かに気持ちいい。

 

「家族は……」

「罰金のおかげで自殺しましたよ」

 

 武道など怪我が付き物で怪我をしても仕方がないと言うのに。余程、俺が気に食わなかったのか。

 すぐに辞めるつもりだったのに、あんな事をして。

 

「……そうか」

「あの、もう良いですか?」

「すまないが……何でそう簡単に諦められるのか聞いても良いかい?」

「それは……さっきも言いましたけど。俺、警察とかに憧れてるんですよ。正義のヒーローって、カッコいいじゃないですか」

 

 悪だと言う自覚はある。

 それでも正義の、味方でいたい。

 だから、さっさと諦めて仕舞えば、それが俺の良心なのだと。

 俺を責めてほしいのだと。

 終わりにしてほしいのだと。

 そんなくだらない正義感の思考回路。何の意味もないことは分かっているんだ。

 

「そうか……」

 

 本当に嫌になる。

 嫌なことばかりだ。

 良かったじゃないか、これで終わりで。もうあんなことしなくて良いんだ。

 

「失礼する」

 

 渋みのある声が響いて俺は顔を上げる。

 

「鐘崎篤。単刀直入に聞くが、歌姫ディーヴァのボディーガードをする気はないか?」

 

 突然に入ってきて何のつもりなのか、この人は。

 

「ああ、失礼。私はこの署の署長の日向ひなた悠河ゆうがだ」

「……それで、ボディーガード……ですか?」

「そうだ。ディーヴァ……君が昨日盗もうとした、あのドールだ」

「ラヴドールじゃないんですか、アレ」

「勘違いさせたなら申し訳ないが……あれは緻密に作り上げたドール。ラヴドールとして利用できるが、目的はそこではない」

「なら、何が目的で……」

「ドールは人間になれるか」

 

 頭が真っ白になる。

 

「……それは」

「上が考えることは分からん。私としても人間になれるかなどと言うのは分からない話だ」

 

 人間になれるわけがない。

 どれほど高性能だろうと機械は機械だ。

 

「君の力は知っている。君の性格は把握した。君の監視任務も並行する。これは執行猶予の様なものだ」

「良いんですか、それで」

「もし、ディーヴァに問題が起きた場合、君は有罪判決となる。そこに君の悪意がなかったとしてもな」

 

 ただ待てば実刑判決。

 ディーヴァのボディーガードを務め、失敗すれば有罪。そこに俺の責任は関係ない。

 最悪だ。

 俺は指を咥えて待つだけなんて選びたくない。

 

 だから、選択肢はなかった。

 

 いつも俺には選べないんだ。

 

 

 

 

 

 

「初めまして、私はディーヴァ、アメノウズメです。よろしくお願いします、鐘崎篤さん」

「……よろしく」

 

 起動したコイツはどこまでも人間らしく、人間としか思えない。柔らかな発声は人間の声と変わらない。

 

「…………」

 

 僅かな緊張と不安。

 彼女の一挙手一投足に注意を払わなければならないのだから、仕方がない。

 

「鐘崎篤さん。今日は私の晴れ舞台です」

「そうだったな」

 

 話は聞いていた。

 今日、彼女は初めて人の前に立つ。俺のボディーガードとしての仕事もここから始まるのだ。

 車に乗せて、国道を走る。

 どうせ、仕事などないだろう。

 などと言い聞かせても、自らのしていた仕事がある手前、何があるかもわからない。

 

「そう言えば、鐘崎篤さん」

 

 隣に座るディーヴァが声を掛けてくる。

 

「鐘崎篤さんは何をなされていたんですか?」

「何、って」

 

 俺が答えようとした瞬間に車が急ブレーキをかけたのか巨大な遠心力で振り回される。

 

「なっ、何だよっ!?」

 

 突然どうしたのだと運転手に怒鳴る様に声を掛けながらフロントガラスから外の様子を伺う。

 

「おい! ディーヴァ……だったか?」

 

 何で情報が抜かれて……まさか。

 

「そいつをこっちに寄越せ。説明書と一緒にアンタらの予定も書いてあった。だろ、アルファ!」

 

 アルファの奴が。

 クソ、どうする。少なくとも先日まで仲間だったんだ、俺たちは。

 だからって。

 

「鐘崎篤さん……」

 

 見知った仮面の連中。

 フードを被った奴ら。中にはアルファとガンマもいる。ただ、人数は明らかに二人ではなく数台の車で当たりを囲っている。

 

「俺、は」

 

 俺は。

 

 どうなりたかったんだ?

 

 もう、あんな事したくないんだ。

 もう、正義の側に立てるんだ。

 アルファもガンマも、あっち側で。

 俺はこっち側。

 なら、それでいいんじゃないか。

 俺は車の扉を開けて、一人で外に出る。

 かつての仕事仲間だったとしても。

 

「悪いけど、引き取ってもらおうか」

 

 慣れないネクタイを緩め、俺は正面にいる男を睨みつける。

 赤い短髪の体躯の良い男。狼の面を被り、明らかに堅気の雰囲気ではない物を感じさせる。いや、事実堅気ではないのだから。

 

「────犯罪者共」

 

 踏ん切りをつけるつもりで俺は吐き捨てる。ベータとはこれで、関係ない。


 俺はディーヴァのボディーガードの、鐘崎篤だ。

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