第三話





 ユナリー・シグフォン。本当の名前は誰も知らないらしい。それはなぜか。彼女は彼女には『実体がない』からだ。それは文字通り体がない。人としてあるべき体を持たず、されど彼女はこうして僕の目の前に立っている。優しげな目を柔和そうに歪め、微笑っている。彼女曰く、「本の妖精」なのだとか。


僕は本を閉じて本棚に戻す。


 「生憎ですけど、僕には使えませんね。僕は魔力量が少ないですし、それにコレがありますから」

 「そっか。それなら無理に引き止めはしないよ」

 「珍しく引き下がりますね」


 僕は軽く笑いつつ歩を進め図書館棟内部にある東屋に向かう。


 「私だってぐいぐいいかない時だってあるんだもしかしてきみ私のことそんな面倒くさい人とか思ってる?」


 片側に座れば、ユナリさんはもう片方の椅子に座る。するとどういう仕掛けなのか何処からともなく紅茶カップとポッドが出てくる。


 「まぁ………そうですね」


 少し考える素振りを見せつつほんの少しのイジワルな微笑みを浮かべ頷く。


 「あ〜いっけないんだ〜」


 ぷくっと頬を膨らませて拗ねるユナリさんはまるで僕たちと変わりない様な年相応な反応を見せてくるあたり僕は彼女のことを一層不思議に思うのだった。


 「ごめんなさい。この通りです」

 「ほんとに謝る気あるの〜?」


 両手を合わせて謝るとそう返され頷く。チラッとそちらを見ると、唇を窄めそっぽを向くユナリさんが見えた。


 「どうしたら機嫌を直してくれるんです?」

 「べっつにぃ〜?機嫌なんて損ねてないし」


 いやこれは拗ねている。確実に拗ねている。さて、どうしたものか。


 「……あ〜えっと……紅茶……飲みます?」


 この様な経験など皆無に等しい。確実な解決策などあろうはずもなく。こんなふうなことしか言えない。


 「もぅ………ほんとに拗ねてないのに」

 「え?なんて言いました?」

 「なぁんにもいってませ〜ん」


 そう言いつつカップをこちらに向けてくる。僕はそっと中の紅茶を二つのカップに注いでいく。


 「………」


 少し気まずい。カップを置いてそっともう一つのカップに口をつける。


 「あ、美味しい」

 「ふふっ。口にあってよかったわ」


 どうやらほんとに拗ねてないようだ。僕はカップをソーサーに置く。


 「そういえば、錬金術も禁忌と言われるものってありますよね」

 「えぇ、あるわね。それが?」


 僕は息を飲んで厳かに唇を動かす。その内容はユナリさんの顔を驚愕に染めるに十分だった。





 だだっ広い家屋———和風建築の家だが、その実家屋内は洋風だったりする一見訳の分からない作り方———の庭にひとりの女性が佇んでいた。


 「早く帰ってこないかなぁリンくん」


 陽も落ちかけたそんな幻想的な空を見上げ独り言ちると風が吹き、瞬間その女性は何処かへと消えていった———。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Le Mat Mort 海澪(みお) @kiyohime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ