推しじゃなくてオレにしろ
結城暁
推しじゃなくてオレにしろ
「尊い……」
「は?」
いきなり同僚に拝まれれば誰だって声のひとつやふたつ上げると思う。
オレは会話の途中でいきなり合掌してオレを拝み始めた同僚の
大植はバイト先の同僚で、たまに休憩が一緒になって話す程度の仲の知人以上友達未満の間柄だ。昼のピークを過ぎて客が全くいなくなり暇になったオレらは仕込みをしながら駄弁っていたのだが、いきなり拝まれて困惑するしかない。
「いきなりなに? どうしたん?」
「アッ、ごめん、すみません!」
大植はなにもないです、と縮こまる。
「なんでもないのに人を拝むわけないじゃん。なに? オレから後光でも射してた?」
「イヤ、えっと、ちが、その、お、おし……」
おし? オシ? 推し? あー、推しね。アイドルとか芸能人とか好きなやつを応援するとかいうやつ。
「そんなにオレが大植の推しに似てた?」
からかい半分で口にすれば大植はアッ、とかエッ、とか言いながらモゴモゴ口を動かしていたが最後に小さな声でハイ、と返事した。
マジか。そんなに似てんのか。
「オレが推しに似てるからって拝むなよ」
笑いながら言えば大植は恥ずかしいのか顔を赤くして再度すみません、と謝ってきた。
しかしキャベツを切りながら会話してるとカブる推しってどんなだ?
「大植の推しって誰? オレの知ってるやつ?」
「あー~~……、えーっと、知る人ぞ知るっていうかなんというか、あの、知名度はたぶんないほう、ですかね……?」
「ふーん」
「アッ、エット、地下アイドル的な……? 近くにいるアイドルみたいな感じ? です……ハイ……」
「へー」
話している間もキャベツを切り刻んでいくとボール一杯たまったのでキャベツ缶に移し日付シールを張って冷蔵庫にしまう。ピークを過ぎた店内には今日も客がいなかった。だから駄弁っていられるんだけど。この店大丈夫か。潰れたらめっちゃ困る。
「その推しってどんなの?」
「エッ?!」
会話が続くと思っていなかったらしい大植の声は裏返っていた。焦りすぎじゃね?
追加のキャベツを刻みながら大植を見ると引き続き真っ赤な顔をしていた。そんなに推しのことが好きなんか。
「や、やさしくて、笑うと幼い感じで、たくさん食べるひとですね……」
「どこが好きなん?」
「うぇっ?! あの、エト、……やさしくて、笑顔が素敵なところ、ですかね……?」
「ふーん」
なんで疑問系? 特徴と好きなところだいたい被ってんな。
「あの、みりんが少なくなってたので持ってきておきますね!」
恋バナに似た会話にいたたまれなくなったらしい大植がレモンを切り終えて倉庫に行こうとした。
待て待て。業務用みりんなんて重いだろうが。
「重いだろ、オレが持ってくるからキャベツ切ってて」
「ハヒェッ」
なんだその返事。思わず吹き出してしまって、やべえ気ィ悪くさせたかな、と大植を見ると予想に反してポカンと口を開けていた。
笑いのツボが浅すぎて呆れられたんかな。普段は別にそんなことねーし。
「他に少ないやつあったけ?」
「あ、えと、調味液もです」
「じゃ持ってくるわ」
「あ、はい、ありがとうございます」
なぜか真顔になった大植にキャベツを任せて倉庫に向かう。倉庫は食材置き場にもなっているので一年中気温が低く設定されている。冷え性だって言ってた大植にはキツイだろ。
業務用のみりんと調味液を抱えて戻ると両手が塞がっているオレの代わりに大植が扉を開けてくれた。やっぱ気ィ使えるやつだよな。
「ありがと」
「いえ、どういたしまして」
微妙にぎこちない笑顔で礼を言われる。客相手にはそんなことないのに不思議だ。
それからもぽつぽつと会話をしながら仕込み作業をして、ちょうど仕込みが終わったところで休憩をしていた店長が戻ってきた。
「二人ともお待たせ、休憩行っていいよ」
「ウッス」
「はーい」
賄いを休憩所に持っていって並べると違いがはっきりと分かる。丼に山盛りのオレと、ちっさい茶碗に並盛以下の大植。料金が変わらないなら大盛りにしたほうが得じゃね?
昼のピーク時に大量に揚げて余った唐揚げをおかずに二人して黙々と食べる。次の賄いは魚にしようか。
一口の差なのか量は違うのにだいたい同じはやさで大植の食事が減っていく。口がちっせえんだな。
オレの見た目のせいか、オレと話す大植はいつも緊張している。今だってそうだ。他の人にはそうでもないのに。なんか腹立つ、とは違うけどもう少しなんとかなんねえかな。
「大植の推しってさー」
「んぐ?! ハヒッ?!」
「アイドルだっけ。歌ってんの?」
「エッ、ハイ、歌ってます……ね……」
「ライブとか行ってんの?」
「行ったことはないです……」
「ふーん。チケット取れねーの?」
「えっ、あっ、えっと、ライブはときどきやってる? らしいんですけど、なかなか機会がないというか、後からライブしたって知ることが多いです……」
「へー」
あれか、マイナー故にか。もっと告知してやれよ。ツイ◯ターとかしてないんか。
「オレもバンドやってるんだけどさー」
「アッハイ、存じてます」
「なんでそんなかしこまんの」
大植はいつも敬語だけど妙なタイミングで更にかしこまる時がある。冗談の一種か?
そーゆーのがいつもツボに入って笑っちまうからやめて欲しい。うそ。面白いからやめなくていい。
「っふ。んで、今度の金曜の夜にライブやるんだけど、見に来る?」
「…………はぇ?」
オレの誘いは予想外だったらしい。大植が口に運ぼうとしていたからあげが箸から落下して残り少ない白米の上に着地した。
「もちろん予定が空いてたらでいいけど。推し以外のライブは興味ない感じ?」
「……ッ行きます! ヒマなんで! その日はめちゃめちゃヒマなんで! 予定空きまくってるので!」
「その日はシフト入ってなかったっけ?」
「アッハイ! でも行きます!」
大植の勢いにまた笑ってしまった。ライブは好きらしい。
「チケットまた持ってくるわ。千五百円な」
「え、千五百円でいいんですか? 五千円くらいするかと……」
「プロじゃねーし、そんな高くねえよ。ホントは二千円だけど、同僚価格で値引きしとく。見に来てよ」
「ヒェ……。あ、ありがとうございます……」
もそもそとお礼を言って賄いの片付けに入る大植に習ってオレも残りの賄いを食べてしまう。それにしてもさあ。
「オレも大食いだし、大植にやさしくしてると思うし、歌もやってるからさあ、ライブに行けない今の推しじゃなくてオレにしとけば?」
大植は食事のしめに飲んでいた茶を喉に詰まらせて盛大に咳き込んだ。
「ゲホッ!! ゴホッ!! ゲッホッ!!」
「うわ、大丈夫かよ、茶ァ飲め、茶ァ!」
客がいないせいで大植の咳はよく響いた。店のほうから店長の声が飛んできた。
「なにやてんだ押見~! 大植ちゃんを困らせてんなよ~!」
「困らせてねえッスよ!」
怒鳴り返せば本当かよ~、と笑い混じりの店長の声が帰ってくる。冤罪もいいとこだ。
「まじで大丈夫か? 大植ちゃん」
「ゲホッ!! ゲホッ!!」
背中をさすってやりたいが、昨今ではセクハラになるのでおしぼりを手渡すくらいしかできなかった。
「お、押井君……大丈夫……だから……ェホッ」
「そうか?」
まだ咳き込んでいる大植を安静にしておくべく大植の分も皿を片付けた。
で、結局推し変はしねえの?
推しじゃなくてオレにしろ 結城暁 @Satoru_Yuki
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