玖 緋織、偽物の神様となる。
一か月後……。
月ノ神村のはずれ、山を少し歩いたところに、小さな、古びた社が――そこにはなかった。跡は残っていたが、原型はなく、社はどうやら完全に壊されたようだった。
残っているのは、小さな祭壇が一つ。
と、それから、祭壇の前にちょこんと座る、少女が一人。
「おー、やってるか。緋織」
叶衣が米俵を持って、山を上がってきた。
「叶衣。お母様は?」
緋織は立ち上がると、羽衣と装束を揺らしながら駆け寄る。
「大丈夫だよ、もう。今はピンピンしてる。うざいくらいさ。今日だって、お供え物はこれだっつって、米俵持ってこさせたんだから。あー、疲れた……」
彼は壊れた社の傍で腰を落ち着けた。
「それにしても……社を壊すだなんて、無茶苦茶するなあ、新しい神様は」
「この社には助けられたけどさ。でも、もう、皆はこんなものがなくても、ちゃんと私を頼ってくれるから、もういらないよね、って思ってさ」
「まあ、緋織がそう思うなら、それでいいけどな」
彼は息をついて、彼女の頬の火傷痕に目をやった。
しばらく沈黙が続き、それを打ち破ったのは新たな来訪者だった。
「ぜぇ、ぜぇ……神様ー……おー、おったおった」
山の方から、もう一人、男が上がってきた。彼はひぃひぃ言いながら、祭壇の前に座る。緋織も慌てて、男と対面するようにして祭壇の傍で膝を折った。
「どうされましたか?」
「それが……村上さんと中川さんが喧嘩しちまってよ! 一緒に止めてくれねえか? 神様が言えば、きっと二人とも矛を収めてくれると思うんだ」
「あー、もう。あの二人、またあ? しょうがないなあ」
緋織は面倒そうに立ち上がった。この依頼は何度目だろうか。
神に頼る内容じゃないだろう、と叶衣は思ったが、口にすることはなかった。なぜなら、そういう依頼ばかりであることは、村が平和である証明だからだ。つまるところ、野暮なのだ。
「じゃあ、ここで待っておくから、早めに片付けておいてくれよ、緋織」
「えー、叶衣もあるの?」
「そのための米俵だよ。あ、ああ、あと、緋織じゃなかった。行ってこい、ヒオリノヒメ様」
「やめてよ、それ。言ったでしょ。私はさ……ただの、偽物の神様なんだから」
微笑して、ヒオリノヒメ様は羽衣をたなびかせながら、山を下っていく。
村の旗もまた揺れる。中心に、小さな火が横に流れるマークが刻まれていた。それは、ヒオリノヒメ様の頬の傷にそっくりだった。
偽物の神様 野原 駈 @dash_walk
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