第3話

「オイ、雫! お前、今何を言って……」

「弟か妹が出来たって言ったんですよ。雫ちゃんは!」

「え……え!?」


 帰らせようとした彼女からそう言われ、オレは人生で一番と言っていい程に狼狽えていた。


「あ、あのキミ。それって……?」


 恐る恐る尋ねると、彼女は深刻な表情でコクリと頷く……それと同時に、オレが全身から一気に血の気が引くのを感じた時だ。


「うわああ~ん! いなくなっちゃうよ~! 私の弟がぁ~!妹がぁ~!」


 突如泣き叫ぶ雫へ彼女がそっと寄り添う。そして、オレの方を向いて言う。


「課長……いいですか?」

「は、え、ハイ、なんでしょうか?」


 しどろもどろに、どうにか返事。


「覚えてますか? 三ヶ月前にやった会社の飲み会を……」

「……三ヶ月前? 我が社が長年関わっていたプロジェクトの成功を遂げた際に開いた祝宴のことを言ってるのか?」


 確かあの時は、年甲斐もなくしこたまに飲んでいて……それで酔いつぶれたところを彼女に介抱されてから…………!?


「ヤバイ! その先のことをがぜんぜん覚えてないぞ!!」


 記憶の消失にあたふたしてたところへ、さらなる追撃が襲う。


「あの課長……本当のことを言うと私、今日はアナタの顔を一目見たあとにアナタの前から永遠に姿を消すつもりだったんです」

「なっ! それは……どういうことだ!?」


 オレは思い詰めた表情で話す彼女に驚く。


「だってそうでしょ? 私が近くにいたら課長はおろか、雫ちゃんにまで迷惑がかかってしまう。だから……」


 こ、これは……本気だ。彼女は本気でオレの前から消える気だ!


「ま、待ってくれキミ! オレは……」

「大丈夫ですよ課長。私、これでも強い女ですから……では」


 言い終えた後。彼女は娘から手を離して自分が入って来た玄関へ向かう。


「待ってくれ!」


 オレはとにかくそんな彼女を止めたくて、手を伸ばそうとするが……


「課長……サヨナラです」


 その行為は悲しいセリフと共に拒まれてしまった。


「ダメだ! ここで彼女をいかせては!!」


 だがどうする? どうすれば彼女を止められるんだ!?


 悩みあぐねるオレは、不意に仏壇に飾った妻の写真を思い出す。


「なぁ、妻よ……オレはどうすればいい? どうすればいいか教えてくれないか?」


 自分が取るべき行動を乞うが、亡くなった人間が答を教えてくれるわけがない。


 それに、そもそも答えを出すのは生きてる人間……つまりオレなんだ!


「待ってくれ!」


 意を決し、玄関へ走って彼女の手を握る!


「か、課長。私は……」

「いいから!」


 戸惑う彼女を強引にリビングへ連れ戻すと、泣いてる娘の横に並ぶ形で座らせる。


「あの、私は……」

「すまないが、そのまま聞いて欲しい。雫、お前もだ。いいな?」

「う、うん……ひっく!」


 出すべき答えは決まっている。そう……決まっていたんだ最初から。


「すまなかった!!」


 オレはまず彼女に向かって土下座した。


「え、え、課長? なんですかいきなり!?」


 相手は頭に「?」が浮かんでいるが、それでもオレは人として……いや、男として自分がやらかした行動、罪について全力で謝った!


「飲み会の件は本当に申し訳なかった!!」

「えっ? 申し訳なかったって……そんなのひどいですよ課長!!」

「すまん!!」


 ひどいのは重々理解している。しかし、この謝罪こそがオレの出すべき“答え”でしかない。


「う、ううう……」

「泣かないでお姉さん。私はお姉さんの味方だから……ね?」

「う、うん。ありがとうね雫ちゃん……」


 隣に座る娘が彼女を慰める。そうなった原因を作ったのが自分の愚かさだと知っているので胸が痛む。そして、娘はそんな父親が許せなく、オレを睨みつけて言い放つ。


「お父さん! お姉さんにちゃんとしてあげて!!」

「あ、ああ……わかってる」


 娘にここまで言われるとは……もはや父親失格としか言いようがない。


「もちろん責任は取る。彼女には慰謝料と養育費をちゃんと払う!」

「慰謝料ぉ~!?」

「養育費ぃ~!?」


 ここで二人が揃って「コイツ、何を言ってるんだ?」という顔をしてくるので……


「ふ、不服とあれば、裁判を起こしてくれてもかまわない。全てはオレの不徳が責任だ」


 オレは尚も自らの過ちを認め、徹底的に罵られることを覚悟していた……が?


「ちょ、ちょちょちょっと課長! もしかして“責任”って意味を勘違いしてませんか!?」

「勘違い? オレがか?」

「そうよ、お父さん。それはちょっと違わない?」

「雫まで……一体二人は何を言いたんだ?」

「あ、いや、そのですねぇ~」

「う~ん……」


 何だこの奥歯にものがひっかかった感じは? 言いたいことがあるなら、この際はっきり言ってもらった方がありがたいのだが……


 なんてことを考えていたら、娘が冷静な口調で話しかけてきた。


「あのね、お父さん? ちゃんとした責任の取り方って、そんなんじゃないと思うよ?」

「そうなのか? でも、大人の責任の取り方というのはだいたいがこんな感じで……」

「わ、私、そんな責任の取られ方は嫌ですよ!!」


 彼女も違うと抗議するので……


「そうか。ならば、キミの口からどう責任を取ればいいかのかを言ってくれ。できるだけ望んだ形に応えるよう……」

「いや、そういうことじゃ――――」


 彼女が何かを口にしようとしたその時、娘が話に割り込む。


「お父さん! 男が女の人への責任の取り方は決まってるよね!?」

「ああその通りだ。だからこそ、彼女には慰謝料と養育費のを……」

 バンッ!!

「そうじゃないでしょ!!」


 怒り任せに思い切りテーブルを叩く娘。この辺りでさすがに何かがおかしいことに気づく。


「いい加減面倒臭いなぁ! お姉さん、もういいからハッキリ言ってあげてよ!!」

「ハ、ハハハハイ! おおお任せ下さいいいぃ!!」


 胸を叩いて引き受けたとする彼女。何だかえらくテンパってるように見える。


「か、かかか課長! わわわわ私と結婚して下さい!」

「…………」


 思考が一瞬フリーズし、数秒後に動き出す。


「え、あ……『結婚して下さい!』と聞こえた気がしたんだけど?」

「そう言いました!」


 再びフリーズ。


「ほら、お父さん。何か言うことは?」

「えっ? あ、え~と『よろしくお願いします』……で、いいのか?」


 オレは訳がわからないまま取り敢えず答えた。すると彼女と娘は、その答えを見計らっていたようにお互いにガッチリと抱き合った!


「やったー!!」

「おめでとうー! お姉さん!!」

「ふむ……何だかか知らんが、二人が喜んでくれて何よりだな」


 とは言っても、オレは彼女が『結婚して下さい』と言ったから、単純に返事をしただけで…………え?


「オレ……今、何を………ああああぁぁぁぁーーー!!!」


 ことの重大性に気がついて叫ぶオレ! その一方で二人は……


「本当にありがとうー! 雫ちゃん!」

「こちらこそ本当にありがとう。お姉さん! 私のお母さんになってくれて!!」


 仲良く手を取り合って、小踊りさえ始める始末。


「……ま、まぁ何だ。二人が喜んでくれたらそれでいい……のかな?」


 釈然としないまま妻の遺影へ視線を移すと、そこに映った笑顔はいつもより微笑んでるみたいだ。


 ゴーン! ゴーン! ゴーン……!


「おっ、もう除夜の鐘かぁ……今年もこれで終わりになるのか」


「「やったー♪ やったー♪」」


 感慨深く振り返っている間も、娘と彼女は引っ切り無しに喜び合ってる。


「やれやれ、これは来年の大晦日はどうなることやら?」


 オレはそんな鬼でも笑いそうな未来を呑気に想像しつつ、テーブルに置きっぱなしになっていた残りのビールを一気に飲み干す。


―――終わり

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