終末の世界で今夜彼女は緑を探す

@kei100

第1話 エリア06

(序)


沢山の戦争があった。

大地は死体で覆われ、川には血が流れ、海は重油に満たされ、空気は目に見えぬ核物質で汚染された。世界は何度も戦争を繰り返し、人間は自らが住む地球を汚し続け、死で満たした。

しかし30年続いた戦争は突如として終わりを迎える。歴史書によるとたった一人の人間が押し間違えた核ミサイルのボタン一つで、地球上の人間の約8割が死に、地上の約7割は人が住めぬ不毛の地と化し、海の半分は赤黒く染まった。

残された人間は緑の無い灰色の世界をこう呼んだ。

−…終末のサハラ。

ここには何も無い。あるのは生き延びてしまった人間の地獄だけだ。

そして今はその戦争から120年。もう誰もあの戦火を覚えている人間はいない。地球は今も尚、腐ったままで、この世界の人間の殆どは緑を一度も目にしたことがない。


(1)


見渡す限りの砂、砂、砂。エンジンを思い切りふかせ、砂漠の道の上に強引に車を走らせる。一世紀前に作られた車だが、ソノラが何度も修理し、その度に改造をしているせいか昔よりも丈夫になっている様な気がする。

砂が目に入らない様にはめたゴーグルが強い風で額にずれる。私はゴーグルを再びはめ直すと、力一杯アクセルを踏んだ。


「スピード出しすぎじゃねぇの?エンジン焼けるぞー」

「なに?よく聞こえない!」

「だーかーらー、スピード出しすぎなんだって!」


隣に座っているソノラが大声で私にそう叫ぶ。横を振り返るとゴーグル越しに彼の赤い目と視線が合った。瞳と同じ赤い髪の毛は砂漠の風によって大きく後ろになびいている。


「早く行かないと配給無くなっちゃうかもしれないでしょ!?」


私は彼にそう叫び返すと、スピードを維持したまま真っ直ぐ車を走らせた。

戦争が終わって120年。地球上の生命体は殆ど死に絶え、植物や肉は貴重な食料として高値で売買されている。肉や野菜を手に入れれるのは一部の金持ちだけで、殆どの人間は滅多にその姿すら拝めやしない。まして私たちが暮らすエリア6にそういった類の食物が入ってくることはまず無い。


戦争が終わり生き残った人間は汚染されていない土地に集まり、一つの集合体を作った。小さな国家といったものだろうか。地球復興を夢とする教皇をトップに教団と軍がこの世界の仕組みを作り直し、不運にも生き残った人間をまとめている。

しかし人間は何度過ちを犯そうと学ばない生き物だ。人々の生活するエリアは6つに分けられ、1の数字に近づくほど汚染が少なく、食料も豊富な地域に変わる。エリア同士は大きな石の塀で囲まれており、自由な行き来は許されていない。

富める者はいつの時代も優遇され、貧しいものはいつまでも搾取され続ける。このエリア6は所謂この世のスラム。一番の最下層だ。


「エリア1なら全員に行き渡るだけの配給があるのかな?」


私の問いにソノラは鼻で笑うと「1なら肉も魚も果物だって食い放題だよ」と吐き捨てた。

塀の近くに向かうと軍のトラックが3台目に入った。この前は4台だったのに今週は一台少ない。ただでさえ食料が少ないというのに、これ以上配給が減らされたらエリア6に住む人間全員は生きていけないだろう。

私はエンジンを止めるとリュックを片手に車を飛び降りた。


「じゃあ私配給貰ってくるから」


そう言ってソノラに背を向けようとした瞬間、彼が私の名前を呼んで引き止めた。

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