真面目な私と不良な貴方
「ついにこの日が来たか……」
学校の正門には『学校祭 ハピネス』と書かれたアーチ状のゲートが生徒たちを出迎えている。昨日生徒会が飾り付けを行ったのだが、当日にこれを見ると迫力とワクワク感が桁違いだ。
「美優緊張してんの?」
後から来た美華が美優の顔を覗き込む。
「違うし! どうせ美華だって、直前になって吐きそうとか言うんだろ」
「言わないから!」
馬鹿にする美優を美華が校舎まで追いかける。その後ろを追いかけた。靴を履き替えて2人を探す。目線の先には、2人ではなく悠里がいた。何を言えばいいのか分からなくて俯き加減で目が泳ぐ。
「2人だったら向こうの渡り廊下走って行ったよ」
パッと顔を上げると悠里が先程よりも近くにいた。今は2人を探しに行くのは違うのだと察した。
「……ありがとう」
「今、楽しい?」
目線をそらさず、しっかりと私の目を見てくる悠里にたじろぐ。左耳たぶをつまむ。
「楽しいよ」
「そっか。……ずっと2人見てたよ」
「え?」
「桜井と関わるようになって、2人が演技指導してるのとか2人が喋ってるのとか。変わっていってるなーって思った。真面目だから枠からはみ出ないように慎重に生きてる奈央ばっかり見てたから凄い変わったなって」
「そうかもしれないね。でも私、真面目じゃないよ。こうやって、ピアス開けたし学校抜け出したし演劇部見捨てるような事したもん。真面目なんかじゃないよ。……ずっと、こうなりたかった」
「正直さ、ムカついてたし悔しかった。奈央にじゃないよ。……ずっと一緒にいたのに、ずっと一緒にいた人が知らない誰かと関わって、変わっていくのがムカついたの。しかもいい方に変わっていくのが。桜井と関わるようになって、前より明るくなったし周りの人とかと積極的に関わるようになったし、私には出来なかったことが桜井には出来たんだっていうのが凄い悔しかった」
悠里は怒っているとも取りにくい感情で、思っていた事を全て話してくれた。ずっと一緒にいたのに、知らなかった部分がポロポロと見えてくる。
「前は、あんな事言ってごめん。部室で1人でいたらなんか、こうじゃないなって思って。何がそうだったのか、ずっと分からなかった。……でも今やっとわかった。羨ましかったんだ。でも1回あんな感じになっちゃったら自分の意見折れないし、遠くから見てることしかできない出来なくて、余計皆と距離置くようになってた」
「私こそ、ごめん。悠里と会話するの避けて、自分の事で精一杯になって、あの環境が楽しくて周りが見れなくなってた。だから演劇部から消えるように引退する事になってさ……」
悠里はゆっくりと近づいてきてそっと手を握った。
「演技、頑張ってね」
そう言って悠里は階段を上っていった。関係をこじらせた原因を作ったのは間違いなく私なのに、悠里が先に謝った。それが凄く申し訳なくて胸が苦しくなる。
でも今は悠里の言葉をしっかりと受け止めて演技をするべきだと思った。
文化祭の大トリを努めるのは私たちのチームだ。それまでに最終確認を行い、本番に臨む。あと7時間後だ。
「やばい! マジで心臓爆発しそう」
本番直前となり、美優は先程までの平然さを捨てて舞台袖で胸をずっと抑えている。反対側、向かい側の舞台袖には美華と香苗がガッツポーズを構えている。客席の前から2列目、真ん中に白浜先輩は座っていた。
「題名変えちゃったけど気づくかな」
「わかんないけど、絶対大丈夫」
「ついに最後のパフォーマンスとなりました!」
「来た!」
「演劇部以外からの参加は初となる、演技の部です! 作品名は『真面目な私と不良な貴方』です! どうぞ!」
体育館内が暗くなる。静かなBGMに合わせて15秒以内に最初のシーンのキャストが準備を済ませる。舞台上の明かりだけが付き、教室に見立てた場所で私と美華は喋り始めた。
真面目な私は周りからの期待の目にストレスを感じていた。そんな時に出会ったのが不良な貴方だった。貴方私を見ては「誰かからの期待に応えようとしてる君、似合わないよ」とだけ言い捨て去っていく。
次に貴方に再会した時、貴方は自分の夢だけを真っ直ぐに見つめ、精一杯努力をしていた。その姿に惹かれた。
私は貴方しかいないと感じた。だけど周りは貴方といる私を否定した。遠回しに貴方を否定されていたの。それが許せなくて、逃げた。それを知った貴方は、私を受け入れてくれた。少しずつ貴方を知っていくうちに、1つの縁が切れた。それでも構わなかった、貴方がいれば──
ラストのシーン。私と美優の掛け合いのシーン。そこで美優はセリフを変えた。
「奈央、こんな私の頼みを聞き入れてくれてありがとう」
「え」
本来なら「誰かに頼られるなんて、この先ないと思ってた。私に奈央の世界を変える手伝いをさせてほしい」のはずだった。頭が真っ白になる。
「今日、この演技を見に来てくださった皆さん! 本当にありがとうございます」
美優は客席に向かって深くお辞儀をする。
「この台本を書いたのは、2年前、ここを卒業した演劇部部長、白浜結衣です! 本当にこの台本で演技をさせてくれて、ありがとう。でも、ここにいる生徒会長、寺崎奈央がいなかったら、今日ここでこの演技が出来ていなかった。ずっと私はクラスで浮いてて、誰かとこうして舞台に立てるなんて想像していなかった。奈央のおかげで、夢が叶いました。奈央、夢を叶えてくれてありがとう」
何も言えなくて首を横に振る。客席にいる白浜さんは口元を抑え小さく拍手をした。
「今日演技をしてくれたメンバーも、奈央のおかげで集める事ができた。本当にありがとう感謝してる」
「違う。違うよ」
本当は文化祭が終わってから言うつもりだった。
「私はずっと、真面目だと思われている事が苦しかった。みんなに見てほしいものがあります」
髪をかきあげ少しだけ横を向いた。
「私は数ヶ月前、ピアスを開けました。校則としては禁止になっています。それでも開けた理由は真面目だと思われないようにしたかったわけじゃありません。変わりたかったんです。ピアスを開けてから、クラスの人と自分から積極的に話せるようになりました。これまで以上に自分から行動できるようになりました。まだ、どこまで変われたのか自分でもわかっていませんが、確実に言えることは、美優が私を変えてくれたということです」
美優と向き合い手を取る。
「私の世界を変えてくれて、本当にありがとう」
「こちらこそ、ずっと1人だった私を人の輪に入れてくれてありがとう」
美華が舞台袖から出てくるのが視界の端に映る。その手にはマイクが見えた。
「こうして、混ざり合うはずのなかった2人はお互いを必要とし合い、お互いを変えていく必要な存在となっていきました。この物語はフィクションから始まりノンフィクションへと繋がっていく。白浜さんの書いた作品は物語を越え、1つの友情を作り出したのです。……これで演技を終わります。ご清聴ありがとうございました!」
終わりを見失っていた私と美優を見かねて出てきてくれたのだろう。本来の完結より充分にいいと思った。
舞台袖からメンバーが全員出てくる。整列してお辞儀をすると観客席から大きな拍手が飛び交う。体育館の端の方で武田先生は小さく手を打つ。悠里を見つける事はできなかったけど、どこかで見てくれていた事を期待した。
司会者の合図で私たちは舞台をはけ体育館裏でお互いに拍手をし合った。
「お疲れ様ー!」
「美華の最後のナレーション、めっちゃ良かった! ありがとう!」
「練習と違うことし始めたからびっくりしたよ。香苗と「どうしようどうしよう」って言ってね」
「そうそう」
皆で笑い合い、打ち上げをどうするか話し合ったあと、それぞれに教室の片付けへと移った。
「美優!」
「ん?」
解散したあと、私は美優を呼んだ。変わるために。
「まずはお疲れ様。初めて話した時、こうなるなんて全然想像してなかったね」
「そうだな。お互いめっちゃ気遣ってたし」
「それでね、聞いてほしいことがあって」
「なんだ?」
「……私ね、女優を目指そうと思うの。誰にも相談したことなかったんだけど、美優になら言える気がして。変じゃないかな」
「全然変じゃない! むしろめっちゃいいと思う」
美優が肩をガシッと掴む。
「奈央なら大丈夫だよ。応援する。頑張ろうな」
美優は拳を向けて口角を上げた。私もその拳に自分の拳を当てた。
「誰かの夢応援するのなんて初めてだよ。なんかワクワクするな!」
そう言って教室に向かっていく美優の背中を見て、私の世界がまた動き始めるのを感じた。本当に彼女は素晴らしい。私の世界の原動力だ。
強い風が吹いて木々が揺れる。
だから私は、彼女の事が「好きなんだ」
真面目な私と不良な貴方 青下黒葉 @M_wtan0112
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