有志の演技

『ねえ、美優? 私に真面目じゃない世界を見せてくれませんか?』

『誰かに頼られる事なんて、この先ないと思ってた。私に奈央の世界を変える手伝いをさせてほしい』

『喜んで!』


 15分間の演技が終わり、目の前にいる審査員の先生達に舞台袖から出てきた演者たちと共に深いお辞儀をする。私たちの演技は完璧だった。体育館の端で私たちの演技を見ていた有志の出演者も大きく拍手をしている。

 6人中5人の先生たちはお互い顔を合わせて頷きあっている。1人を除いて。武田先生はボールペンを顎でカチャカチャしながら書類を眺めている。

 武田先生は手元にあったマイクに手を伸ばし「あーあー」と音が出ることを確認し私たちの方を見た。

「この台本さ、誰が書いたの?」

 隣に立っていた美優が私に「私が答える」と小さな声で伝えてきた。それに対して私は深く頷く。

「この台本は2年前、演義部の部長をしていた白浜結衣が書いた物です。武田先生も読んだはずです」

 武田先生はマイクに入るか入らないかくらいの声量で「はぁ」と呟く。

「私はこの演技に点数をつけたくないと思っているのですがよろしいですか」

 周りがザワザワし始まる。もちろんそれは5人の先生たちも例外ではなかった。「この人は何を言っているんだ」と皆がそう思っただろう。それでも誰もそう言い返せなかった。

「別にあなたの点数は必要ありません。審査員はあなた1人ではないので」

 美優がこれまで以上に低い声で、でもきちんと聞こえる声でそう言った。誰かが「ナイス」と言ったのが聞こえる。

 武田先生は何も言わずにマイクを置き、ほかの先生たちも様子を見ながら好評をした。しかし最後に好評した先生は違った。

「15分間、お疲れ様でした。とても素晴らしかったです。主演のお2人はー、それぞれにぴったりな役柄ですね。凄く入り込みやすかったと思います。原稿を書いたのは白浜さんなんですね。彼女からはよく相談を受けていたものの作品を読んだことはなかったので知らなかったのですが、とてもいいものを書くんですね」

 先生がにっこりと微笑む。その好評を聞いて美優も嬉しそうに微笑んでいる。

「私は、あなた達の演技をここにいる人だけじゃなくて、文化祭で来てくれる多くの人に見てもらいたいと思っています。結果は1週間後になりますが、期待しててほしいなと思います。以上です」

 皆が顔を合わせて「やったね!」と言い合う。私も美優と顔を合わせて微笑み合った。

 1週間後、校内の掲示板に有志の出演者が大々的に張り出された。それを見るまで、私達も報告を受けていなかったが、そこには間違いなく『演技の部 「真面目な私と不良な貴方」』と記されていた。美優と私はそれを見て飛び跳ねて喜ぶ。後から来た美華と香苗も嬉しそうにハイタッチを求めてきた。

 その放課後、メンバーを空き教室に呼び集めこれからのスケジュールを立てることとなった。

 もう部活動の事は気にしなくてもいい。この一週間で部長を決め、異例ではあるが希望する3年生はそれぞれに片付けを済ませ引退した。悠里はまだ引退していないそうだ。美華と香苗は早々に準備をし引退した。私も2人を追って引退した。

 部長決めの話し合いは直ぐに決まった。皆が悠里といることへの気まづさを感じていたのもあるだろう。その反対も有り得る。皆は私が出した提案に乗り1分も経たない頃に決定した。部長は服部すみれ、副部長は橘このはとなった。ミーティングが終わり、部室でその報告をした時、服部さんと橘さんは「よろしく! 頑張ろうね」と声を掛け合っていた。いいペアとなるだろう。板東くんは少し不服そうな顔をしたものの、立候補をしていたわけでもないので何も言わずに納得そうにした。

 その後服部さんから声を掛けられ2人で話すことになった。

「選んでいただいてありがとうございます」

「服部さんから部長になりたい、板東くんは選んだらダメって言われた時は本当にどういう事なのか分からなくて、ずっと悩んでたけど服部さんを選んでよかったと思えるよ。板東くん、友達といるとあんな感じの性格なんだね」

「はい。私も知らなかったんですけど、実際あんな所見ちゃったら部長にさせちゃダメだなって思って……」

「そうだね……。本当にありがとう」

「いえ、こちらこそです」

 これからの演劇部がどうなっていくのか、私には知る権利がないのかもしれない。その権利を持つのは悠里だけ。

 今はただ、文化祭までの間、全力で練習する事だけだ──

「皆に聞いてほしいことがある!」

 放課後のミーティング中、美優が立ち上がってそう言った。

「皆で舞台に立てるのはこの原稿があったからだと思ってる。だから、この原稿を書いた人に文化祭に来て、見てもらいたい。サプライズで」

「いいじゃん」

 美華のそれを筆頭に皆が「え、めっちゃ楽しみ」「喜んでほしいよね!」と口々に言う。

「私も、結衣先輩に見てもらいたい」

「だよな!」

「よしっ! 皆で結衣を泣かせるような演技にしてやろうぜ!」

『おー!』

 変わっていく。今までいた四角い場所から壁のない広い花畑のような、煌々とした光に包まれる場所に。息苦しさから解放されて、全身に新しい風が吹き入る。きっと変わったのは私だけじゃない。美優も美華も香苗も、ここにいる全員。特に香苗は私たちから見てても変わったと感じる。元々、優柔不断で流されがちだった性格が、いつからか自分の意思をはっきりと持って自分の意思で行動するようになっていた。こんなふうに皆を変える原動力となったのは、間違いなく美優だった。関わるはずのなかったそれぞれが関わった事で、変わるきっかけができたのだ。変わることは容易にはできない。誰かからの視線を気にして、変わる機会を伺って、それでも逃げてしまう。

 行動できる人はかっこいい。ずっとそう思っていた。私の目の前に現れた彼女は私の理想で憧れだった。それは、今も昔も、ずっと。

 誰かのきっかけにすがるのも生き方なのだ。

「美優」

「ん?」

「本番も頑張ろうね」

 そして私は最後の最後に変わるきっかけを握りしめた。

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