翠のきつね

高校の入学式の次の日、にわか雨に降られた。

私は傘を持っていなくて昇降口でボンヤリ雨空を見上げていたら、不意に傘を差し出された。


「俺、姉ちゃんと一緒に帰るからこれ使いな。後で返してくれればいいから・・・」


それが桜井優サクライユウとの出会いだった。

その日の私は大きめの黒縁メガネをかけたジミな印象だったと思う。

そんな私に傘を貸してくれた優くんにこの時から淡い恋心が芽生えていた。

私は高校でイメチェンしようとコンタクトレンズにかえる。

印象は少しは良くなっただろうか?


後日、傘を返そうと優くんに声をかけようとしたがタイミングがつかめない。

そんな時、お姉さんの茜ちゃんに声をかけられ傘を返す事か出来た。

茜ちゃんは誰とでも表裏なく接してくれて、とにかく"太陽の様に明るい人"という印象だ。


茜ちゃんとはすぐに仲良くなり私の恋の相談相手にもなってもらえた。


優くんの事を楽しそうに私に話してくれる。


「優はああ見えて抜けているトコロがあってね・・・ 中1の最初のテストの時、徹夜で勉強したんだけど・・・ 自分の名前の"優"って字の心を書き忘れて・・・ 先生と母に"アンタの優しさには心がこもってないんだよ"って言われたんだ。」


茜ちゃんは優しそうな目で笑いながらそんな話しをしてくれた。

私は優くんの抜けたトコロも好きになった。


GW前の晴れた昼休みの教室に蜂が舞い込んで来た。

後でよく考えてみたら黒くて細長かったので蜂ではないかもしれない。

私はとにかく虫がダメだったので外に追い出そうと箒を振りまわしてた。

窓際に追い込んだので窓枠に乗っかって蜂を追いはらった。

ふっと気が抜けて下を見たら・・・

優くんが私の足下で私を見上げている。


「何でそこに居るの?」


ハッ! 今日私スパッツ履いてない。

優くんと目があって顔が熱くなるのを感じた。

私は慌ててそこを飛び降り茜ちゃんの元に走って行った。


「茜ちゃん、優くんにスカートの中見られた。」


後は茜ちゃんが優くんと何か話していたが・・・

恥ずかしくてあまり覚えていない。


「ごめんね翠ちゃん。出来る限りのお詫びはするから。」


私が"気にしないで"って言おうとしたら・・・


「そう? それじゃ〜 GWに翠ちゃんが観たい映画があるんだって!バカオの小遣いでチケット買って一緒に観てきなさい。それでイイよね翠ちゃん?」


茜ちゃんが話しをまとめちゃった。

恥ずかしくて私は小さく頷く事しか出来なかった。


これってデートじゃない?

なんだかドキドキしてGWが待ち遠しかった。


###

GW初日、優くんとのデートの事を相談したくて茜ちゃんの家にやって来た。

茜ちゃんの家って・・・ つまりは優くんの家だよね?

もしバッタリ会ったりしたらどんな顔すればいいんだろう?


「もうお昼だね。何もないんだけど・・・ よかったらそのカップ麺食べる?」


「エッ、いいんですか?優くんと食べるんじゃないですか?」


「優はなんでも食べるから大丈夫だよ。赤いきつねと緑のたぬきのどちらを食べる?」


「それじゃ〜 赤いきつねでいいですか?」


「では、私は緑のたぬきね!」


茜ちゃんはケトルのスイッチを入れた。

お湯が沸くのが待ち遠しい。

お腹空いた〜。

カップ麺のフィルムを剥がし赤いきつねと緑のたぬきの蓋を少しだけめくっておく。


茜ちゃんがマジックペンを持って来て何かを書き始めた。

赤いきつねのラベルの"赤い"を消して"みどりの"と書き加える。

緑のたぬきの方は"緑"を消して"アカ"と書いてた。


「これ何?何かのおまじない?」


「食いしん坊が間違えない様にする為のおまじない!なんて嘘よ。ただ名前を書いただけ。」


"茜ちゃんてなんかカワイイな〜"って思っていたら、ケトルがパチンって音をたてた。

「用意くらいはしなくちゃ。」って私がカップにお湯を注ぐとダシの香りが部屋にほのかに拡がった。


お湯を注ぎ終えると茜ちゃんが思い出した様に言った。

「優の分のカップ麺が無い事をまだ伝えてなかった。チョット優の部屋行って来るね。」


「アッ、私も行きます。」


優くんの部屋ってどんな風なんだろう?

ちょっとだけドキドキする。

私達が優くんの部屋を訪れるとそこには優くんの姿が無かった。

私は部屋の中をいろいろ見て居たかったけど・・・

「麺がのびちゃうからもう行こう。」

って茜ちゃんに言われ、ダイニングに戻って行ったら・・・


優くんが赤いきつねのフタを開けてひとくち食べ始めていた。


「エッ、食べちゃたの?ちゃんと名前書いてあっただろう?バカオは食パンでもたべてろ!ゴメンね翠ちゃん。バカオが一口食べちゃたみたいだけど・・・」


「別に・・・ それ食べるからイイよ。」


カップルがアイスをシェアしたりしているのは普通だし・・・

赤いきつねを優くんから受け取って茜ちゃんと向かい合って食べ始めたら・・・


「アッごめんね。箸舐めちゃってた。」


突然の優くんの言葉に・・・


「プッ ゴホゴホゴホ。」

なんだかむせてしまった。

明日はどんなデートになるんだろう?

今からドキドキが止まらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミドリのキツネ アオヤ @aoyashou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ